聖バレンタインの日の約束 9 第一部 完
ヴォルテールの固い皮膚を突き破りクリティカルエフェクトが発生し、そのまま剣先を突き立てる。
だがまだほんの剣先だけ。
「まだまだーーーーっっ」
柄尻に左手を沿え、懇親の力を込めて押し込んで行く。
剣が突き立った辺りから、破壊エフェクトが噴出すように大気中へと拡散し消滅して行く。
「うおぉぉぉぉーーーーっ」
剣の半ばほどまで突き入れたところで、もう一押し刃を捻じ込んだ。
ヴォルテールの皮膚は固く、刀身は軋みひび割れが生じ始めやがて折れた。
剣が折れ支えを無くした俺は地面へ落下した。
ヴォルテールの胸に刺さった剣の辺りからは、継続して破壊エフェクトが発生している。
どうなった奴のHPは?
ヴォルテールの頭の辺りに表示されているHPゲージは、最早空になっている。
やったのか?
ヴォルテールの胸元に刺さった剣の辺りから、全身に広がるようにひび割れ、やがて死亡エフェクトと共に身体を形成していたポリゴンを四散させ消えた。
と同時に手元に握っていた折れた剣も破壊エフェクトと共に消え、間を置かずバトルフィールド共々去った。
「ふぅ~」
思わず安堵の長い溜め息が出て、肺内の失った酸素を取り戻すべく大きく息を吸い込んだ。
「あはは……やったぜっ、畜生っ」
アリスとか言ったか? 相当ヴォルテールのデータを改変し脆弱にしてくれていたとはいえ、ファーストフロアにあんな化け物で現れやがって……。
戦闘終了後に開いたアイテム入手通知のポップアップウィンドに記されたRBMボーナス【使い魔ヴォルテール】【魔剣ヴォルテール】【アリスの意志】その他のアイテムを確認してウィンドを閉じた。
【アギト、アギト。わたしはアリスこの世界の調整者だった管理プログラムAI。アギト、アギト、これからわたしはヴォルテールと同化しあなたと共にこの世界を、ヴォルテールとなったわたしと共にわたしの魔剣ヴォルテールで、この変わり果てた世界を壊してください】
そういやそういうオプションだったよなアリス。
俺は救世主って柄じゃない、利己的で自己中でぼっちでどうしようもない奴だけど、まぁ妹を守るついでに俺の出来る限りでアリス、お前に協力してやるさ。
【アリガトウ、アギト】
暫く中央広場に敷かれた芝の上で晴れやかな青空を眺めていた。
「よっこらしょ」
いけね、ジジ臭い掛け声を出して身を起こしてしまった。
空ちゃんが見ていたら「お兄ちゃんジジ臭っ、死ねよ」とか言われそうだ。
全身に感じる気だるい疲れがあるものの、早く事態を外でプレイヤーのガードに当たっている空ちゃん、ラスクを始めとしたギルドの連中、そしてイベントの謎を解きここに来ていたプレイヤーたちに報告してやらなくっちゃな。
「ありがとうございましたアギト様、アートリーに居るプレーヤーの皆さんとこの街に被害が出なくてなによりでしたわね。すべてアギト様のお陰ですわ」
「いやそんなことはない。ラスク、君たちのギルドが街を救ったんだ。それに礼を言わなくてはならないのは俺の方だ。街の非破壊オブジェクトに被害が出るかどうかまでは俺には分らなかったし、結局中央広場で事は納まったからな。俺の妄言としか思えなかっただろう話を信じてくれてありがとう、ラスク」
「どういてしましてアギト」と言ってくすりとラスクが笑んで言葉を紡いだ。
「全プレイヤーにとっての朗報ですわ。アギト様、未だに発見されていなかったフロアボスの住処をアースガルズ北の迷宮でわたくしたちのパンティーを見付け出すことに成功いたしましたわ」
………………………………………………?
「ラスク様……あのっ」
「少し黙っていてくださいませんか? わたくしはアギト様に重大なことをお知らせしている最中ですので……」
「あっ、でも……はい、では後ほど」
………………………………………………………………。?
「そ、それは良かったですね、ラスク? 見付かって……」
「はいっアギト様♡ アギト様もお探しだったのでしょ? この街を救って下さったお礼に差し上げますわ」
「あ、いや……その、えと貰っても良い物なのでしょうか」
「はい勿論ですわ。アギト様に貰って頂けるならわたくしはとっても嬉しいですわ。どうかアギト様の役立てて下ださいな」
ラスクから貰い受けるパンティーを役立てる方法って……つまりは“あれ”にってことだよな? わたしのパンツで、なにのネタにしろってことだろ?
「えと……役立てるって、つまりは……あれ、にってことにですよね?」
「はいっ勿論ですわ」
「もしかして……使用済み? じゃないですよ、ね?」
「新しい物ですが……えと、新しいとお役に立ちませんか?」
「いやいや、それでも十分役立ちますともっ」
「……あの、ラスク様、先ほどのラスク様のお言葉のことなのですが……、パーティーが見付けました、です」/////
堪り兼ねた護衛の女性が顔を赤らめてラスクに小声で耳打ちをした。聞こえてたけど。
ラスクはきょとんと首を傾げ、暫く記憶を辿って、その数瞬の後に熟れ尽くした林檎のように顔を赤らめた。
「え、えとっ……い、言い間違いましたっ」
ラスクが目を><←バッテンにして、顔を真っ赤にしていた。
「あの……でもアギト様がお望みなら……わたくしは差し上げても……きゃっ」
「ラスクさんっ、アギト君を変な物で誘惑しないでっ!」
「あら? わたくしの下着は変なものではございませんわ」
「いや、それ違くて……そういう意味じゃなくて、あれ? そういう意味でもあるのかな? 兎に角お兄ちゃんを――」
「ごめんねアキさん。アギト様はあなたの恋人ですもんね。わたくしがちょっかいを出していれば面白くはないですわよね」
「別に……お兄ちゃんはそんなんじゃないけど……」
「それは良かったですわ。わたくしもアギト様にトキメイてしまいましたし、この気持ちに嘘は言えません。でもアキさんがいらっしゃったので諦めねばと自分に言い聞かせていたのですが、アキさんもまだ一方通行でいらしたのですね。ならわたくしは今日からライバルということになりますわね」
「ちょっ……ラスクさんっ! もうっお兄ちゃんからもなんか言ってよっ」
「時にアキさんは、なぜアギト様をお兄ちゃんと時折お呼びしておりますの?」
「そ、それは……アギト君が、お兄ちゃんって呼べって言うから……」
「アギト様? これからはわたくしも。あの……お、お兄ちゃんとお呼びした方が宜しいのでしょうか」
「えっ? なんでラスクが俺をお兄ちゃんって?」
そうかそうか、ラスクは愛情ではなくて家族愛的な気持ちから、俺に好意があるんだな。そっかてっきりラスクが俺のことを好きだなんて勘違いするところだった。
「アギト様は、恋人にお兄ちゃんと呼んで貰う方が嬉しいのですわね? い、妹プレイがお好きなのでしょ?」
アキは本当の妹なんだが? なんでこうなった?
「お、お兄ちゃん、本当にありがとうございました。……あはっお兄ちゃんって呼んじゃいましたっ、きゃっ♡ い、妹プレイですか……なんだかとっても背徳感をわたくし感じてしまいましたわ。でも……これはこれで結構な羞恥プレイですわね、アギト様」
……なんだかとっても愉快な勘違いをしているラスクさんだった。
「じゃあラスク。俺たちは先に行くよ、このデスゲームを終わらせるための最初のステージに立ってくる」
「お気をつけて行ってらっしゃいませアギ……お、お兄ちゃん。わたくしも後に参りますわ」
だからラスクはお兄ちゃんと呼ばないでください、お願いしますっ。
その後、俺たちはラスクたちと別れ、アートリーから直接フロアボスの住処がある迷宮に向かうことにした。
「アキ」
「なにお兄ちゃん」
「ちょっと武器屋のおっさんに挨拶して行きたいのだけど、いいか?」
「お兄ちゃんっ! 武器屋のおっさんってNPCだよねっ」
「うん。だけどとっても良い人なんだぞ。100回値切り交渉すると負けてくれるんだ」
「うん、じゃないっ! もっお兄ちゃんも少しはNPC以外の人とコミュ取ろうよ? 100回以上も通って、そんな裏技見つける前に……しかも値切った回数まで数えてるし」
「あはは、それ無理っぽ」
「もっ……あはは、じゃないってーの。一緒にいるあたしまで恥ずかしい思いをするんだからねっ!」
「しかしラスクも大変だよな。この世界で初めてのギルドを立ち上げてしまったのだから、嫌でも最初のギルドって肩書が付いて回る。そしてこれからも大勢の人が集まるギルドを纏めて行かなくちゃならないし。でもまぁラスクなら大丈夫そうだけどな」
「そだね、人が集まるとどうしてもあのDQNみたいな奴もでてくるだろうしね。人を纏めて行くって難しいよね」
「そうだな。まぁ俺には無理だ」
「ねぇ? お兄ちゃん」
「なんだよアキ」
「あたしもいつかギルド作りたい。人が寄るといろいろとややこしいこともあるけど、あたしは皆が集まって笑い顔の耐えないギルドを作りたい。こんな世界だから皆が思いを一つに出来る、そんなギルドを作りたいんだよ。いつかは現実に帰る、だけどそれまでの間はこんな世界だからこそ笑顔が溢れれば、こんな世界にだって生きる、生きているって喜びが得られるんじゃないかって思うんだよね」
「そうか、こんな世界だからこそ笑顔の溢れるギルドを、か。アキの夢が叶うといいな」
「うん♡ そんなときが来るといいね、お兄ちゃん。笑顔の集まるギルドを一緒に作ろうね、約束だよ」
「ああ分った。約束だ」
聖バレンタインの日の約束。 おわり
ご拝読アリガタウ。
まことに申し訳ございませんが、本作品は諸事情により一時休載させて頂きます。