聖バレンタインの日の約束 7
姿を現したのは人型の姿にドラゴンの顔に体躯、そして背中には堕天使を思わせる12枚の黒い翼を持ったフロアボスに登場しそうなほど、稀有な姿をした合成獣型の竜人モンスターだった。
その右手には奴の体長ほどもある歪な形状に、刃の裏側の景色を見通せるほど透き通った幅広の薄く黒い刀身を持った大剣が握られていた。
その長さ大よそ3mほどもある。
俺とアキはそのRBMの圧倒的までの姿に唾を呑み込んだ。
「なにあれ……化け物」
怯えたアキが俺の袖口を摘まんだ。
頭の辺りにあるHPゲージの数を確認すると、左右に4段づつ計8本のHPゲージがあるように見えた。
まだエンカウントが成立していない状況ではゲージのどれだけをライフが満たしているかまでは見えかったが、直感が俺に訴えかけてくる、あれはヤバイ物だと。
なんでこいつが……こんなファーストフロアにイベントRBMとはいえ、出現するんだよ。
βテストの時にこいつは確か、100ヶ国目を攻略した辺りから登場したキメラ型モンスターじゃねーか。
なんでこんなところにイベントとはいえ出現するんだ。こんな奴今の俺たちじゃ到底手に負えるもんじゃない。
「アキ、逃げるぞ。まだあいつがこっちに気付かいていない、アイドリング状態の内に」
「……うん」
俺はアキの手を取り、ゆっくりと後退りを始めた。アキも俺の動きに合わせてゆっくりと動き出す。
背は向けずRBMを見据えたまま、気付かれないように慎重に、ゆっくりと後退を続けた。
一瞬でも目を離した隙に気付かれ、襲い掛かられては堪ったもんじゃない。
回帰結晶で一瞬の内に何処かの街に転移したい、衝動に駆られるが場所指定をする際に声を上げなければならない。
万が一、その瞬間にエンカウントされ、もし回帰結晶無効化フィールドで使えなかったときのことが頭を過った瞬間、言葉を出すことすら憚られた。
じりじり広場に生えた草のオブジェクトを踏む音すら出さないように、慎重に慎重を重ねて中央広場の外へと向かった。
パキッ。
街や木々などのオブジェクトは非破壊な筈なのに、小枝でも踏み折った時のような音がして、足元に目をやった。
アートリー名物のひとつ、珍味青イボイノシシのイボ串焼きの串が足元にあった。
誰だよ、こんなところに串をポイ捨てした奴は、ポイ捨て反対、マナー守れよな。
「お兄ちゃんっ! 気付かれたっ」
顔をあげるとモンスターが俺たちに気付いて距離を詰めだしていた。
「アキっ全力で走るぞ」
「う、うん」
振り返りその瞬間から敏捷性ステータス最大の走力の限り脇目もくれずに走り出す。
しかし中央広場の出入り口付近まで来て、背後から感じる圧倒的な威圧感で、俺は咄嗟に逃げ切れないと判断し、アキを抱き抱え筋力値の限りを尽くしてアキを出口に向けて放り投げた。
「お兄ちゃんっ」
投擲スキル発動のライトエフェクトに包まれたアキの身体が中央広場の出口を潜ったところで俺は踵を返し向かって来るRBMに対して戦闘態勢を整えるが如く、腰の帯剣から片手持ち直剣を抜いき放ち、間髪入れず突っ込んだ。
その瞬間、RBMとのエンカウントが成立しバトルフィールドが展開された。
「畜生っ、やってやるやってやるさっ! お前をここから出すわけにはいかねぇーんだよっ」
恐怖を振り払うように叫んでカウンター狙いで突っ込み、RBMと進路が交差する。
交差する直前でスキルを発動しライトエフェクトを纏った剣を、システムに任せて振り出した。
行き違い様に刀身を叩き込み、一瞬でRBMとの位置が入れ替わる。
カウンターによるダメージ補正が加わった攻撃は渾身の一撃となった。
手応えはあった。
しかしまったく致命傷を与えた感触は伝わってこなかった。
フィールドを踏ん張って勢いを殺し、そのまま切り替えして次の攻撃に移る。
その際にRBMのHPゲージを一応確認して、目を疑った。
HPゲージのライフが危険域を示すレッドにまで割り込んでいた。
そこまでの攻撃力は今の俺には無く、あのRBMの防御力が低いとも思えず、一体なにがどうなっているのか見当もつかない。
しかしそんなことで動きを止めるわけにはいかない、油断すればその瞬間に俺は死ぬ、なぜだか言い知れぬ予感を直感したからだ。
再度の攻撃を持てるだけの戦闘能力で、兎に角敵に応戦の隙も与えてやるつもりはなかった。
何れ俺かRBMのどちらかが力尽きるまで、繰り返し繰り返しダメージを与えHPを削り続けてやる。
こいつをバトルフィールドの外へなんてだすもんか、空ちゃんは、妹は絶対に俺が守る。
そう決意して望むも、そう簡単には行かなかった。
RBMは今の俺より遥かにレベルが高い。
スピードでもこっちが有利に立てるはずもなく、俺の攻撃は躱され態勢を入れ替えたRBMの手に握られた大剣が俺の頭上から襲い掛ってくる。
身を翻し間一髪躱すことに成功するも追撃を受ける、がギリギリのタイミングで剣で受け止めた。その衝撃で俺の剣は砕かれ、消滅エフェクトの光と共に四散した。
辛うじて剣で軌道を変えた刃が身体の側を通り過ぎる際に、互いの刀身が生み出した衝撃波だけでHPのほぼ大半を削り取られた。
刃に触れていたら死んでいた。
押し殺していた恐怖心が蘇ってくる。
「ち……畜生っ! 負けるかよ負けてたまるかっ、こんな世界に、デスゲームの中に空ちゃんだけ残して死ねるかよっ」
蘇る恐怖心を再び気合で捻じ伏せた。
今まで気づきもしなかったけれども、我ながらとんだシスコンぷりである。そりゃ空ちゃんもキモイって言うよ。
回復結晶を取り出し、頭上に掲げ失ったライフを回復させ――られない。
やはり結晶無効化フィールドだったか、空ちゃんを逃がして置いて良かった。
大幅にライフの回復を望める結晶での回復を諦め、ポーションでの回復に切り替える。
回復ポーション入りの青いガラス製の小瓶を取り出し、一気に煽る。回復は微々たるもので、全快には程遠くHPの半ばにも届いていない。
もうひとつポーションを取り出した瞬間。
大気ごと揺るがす咆哮をRBMが発した。その衝撃で体勢を崩された挙句に僅かにHPを削られ、手に持っていたポーション入りの器も砕かれた。
畜生っ! 体勢を崩され発生した硬直時間で身動きが取れない。
RBMはその隙を見逃してはくれず、身の毛もよだるほどの大剣を天高く振り上げ俺に狙いを定めた。
動け……動けっ動け動け動けっっ! 俺の身体っっっ! まだ死ねないんだよ俺は、こんなところでっ。
俺の叫びは届かない。
無情なまでのシステム上での絶対的なルールに身体は縛られたままだった。
「ごめん、空ちゃん……お兄ちゃん、この先お前を守ってやれそうにないや」
『もうっお兄ちゃんは諦めが良過ぎるっ』
空ちゃんに怒られちゃった。でももう駄目だ今回ばかりは――。
「だっしゃぁーーーーっ」
甲高い音とおっさんめいた咆哮が、全てを諦めていた俺の鼓膜を揺らした。
ガッキィィィーーーーン。
「アキさん、ポジション入れ替わりですわっ」
「任せてっ、ラスクさん。ばっちこーいっ!」
次いで聞き慣れた残念な気合と甲高いスキル発動音の共振が聞こえる。
……双剣使い独特のスキル発動音と4連撃【スクエアスプラッシュ】は、空ちゃんなのか?
「腐れモンスターっ。ザマーーーーっ」
一際眩いヒットエフェクトがモンスターの胸元に発生している。
一撃は軽いが、双剣使いの特徴である、クリティカルエフェクトを喰らったRBMは目に見えてライフを減らし、後ろによろめいた。
「もうっお兄ちゃんは諦めが良過ぎるっ」
頬を膨らませ口を咎させた妹が、腰に手を当て極薄の胸を大いに張って俺を見下ろしていた。
「ちょっと? お兄ちゃん。さっきのはどういうことっ! アキを投擲ナイフ扱いしてっ! アキは武器じゃないんだから乱暴に扱わないでよねっ。女の子は優しく扱うものなのよっ」
「アギト様、御無事でなによりですわ。間に合ってよかった」
「ラスク? なぜ君まで」
巨大槌を軽々と肩口に担いだピンクのお姫様が手を差し伸べている。
「さぁ参りましょうかアギト様。腐れモンスターのとどめを刺しに。アギト様これを」
ぽわぽわ笑顔を浮かべたラスクが俺の手を取り、引き起こしてくれ、折れて砕けた剣の代わりを手渡してくれた。
「ああ行こう、ラスク」
もうこれ以上戦いを引き伸ばすわけにはいかない。
アキとラスクが戦いに加わった以上、彼女たちをこの危険な状況下から一分一秒でも早く、安全な場所に帰さなければならない。
それは俺が、俺自身がこの戦いの前に誓った約束だ。
妹の空ちゃんをこの世界でデスゲームから守り抜く、俺を信じて力を貸してくれ、助けてくれたラスクに無事に帰ると約束をした。
この命に代えても、いや、この命と共に彼女らと交わした約束を俺は守る。
次の一撃で決める。
狙いはカウンターによるクリティカルヒット補正で得られる渾身の一撃。
異形のRBMと対峙し、剣を身体の前でひと薙ぎし構えた。
俺に狙いを定めたRBMは大剣を振り上げ突進を開始しする、俺も残った力のの全てを賭けて突進を開始した。
あんなにも恐怖した怪物相手に突進しているというのに俺は今、恐怖を感じていない。
俺の後ろには護るべき妹がいて、約束を果たすべき人、ラスクがいる。
スキルを発動しライトエフェクトが刀身を包む。最後の一撃は俺が今持っている最大の技能【トルネード・バーニング】で決着を着ける。
「うおぉぉぉぉーーーーっ」
RBMとの擦れ違い様に渾身の力と想いを込めた刀身をスキル発動と共に全てをシステムに委ねた。
RBMの身体の周りを舞い踊る様に、スキル発動で無駄のない動きにシステム補正された剣が左右上下、そして交差に切り上げ切り下した。
カウンターによるクリティカルが発生し、より眩いヒットエフェクトがRBMの全身に傷を刻んだ。
最後の一撃を叩き込むことに成功はした。
力の限りを尽くし跪いた。あとはRBMのライフがゼロになっていることを祈るばかりだ。
俺は祈りながら擦れ違って背後にいるRBMに視線を向けた。
……あと一歩届かなかったか、あとは任せてもいいよな? アキ、ラスク。
結局最後はなにも守れなくてカッコ悪いぜ、まったく。
……ごめん。
RBMが俺に向けて容赦なく大剣を振り上げた。
「お兄ちゃんっ」
「アギト様っ」
……ごめん、本当に本当にごめんな。
【アギト、アギト。訊いて下さい。わたしはブレイク・ザ・ワールド・オン・ソード管理プログラムAI。コードネーム:アリス】
To Be Continued
ご拝読アリガタウ。
また沢山の方々が来てくれて、お気に入りまでして頂きまして本当にアリガタウ。
まさか、ブレイク・ザ・ワールド・オン・ソードをこれほどまでお気に入りして下さる方がいるとは正直思いませんでした。><
正直直ぐに下げようか、打ち切りにする予定だったのですが……、今後の経過を見て二章以降の執筆も考えます。
では次回もお楽しみにっ!