聖バレンタインの日の約束 5
「あははっ、バカなことを。街はシステム上で守られた安全圏だ。確かに何者かによる改変でデスゲームは始まった。しかし奴は基本的にプレイヤーを保護しているシステムやBWSの基本システムやロジックまで改変した様子はこれまで見られない。寧ろそのあたりはフェアと言っていい」
「俺もそれは感じている。しかし俺の解釈が正しければ、RBMはこの街の中央広場に現れるはずなんだ」
「聞こうか。アギト君の解釈とやらを」
「もうあんたなら粗方読み解いていると思うが、RBMが出現する時間、魔物の刻とは逢魔刻を指している、力の塔をピラミッドと考えるのは妥当な線だ。しかし見落としているだろ? このアートリーの中央広場にはオベリスクがある」
オベリスクとは古代エジプト時代に(特に新王国時代)期に製作され、神殿などに立てられた記念碑の一種で、オベリスクの名称は後世のギリシャ人たちがオベリスコス(串)から名付けたものであり、本来は「テケン(保護・防御)」と呼んでいたそうだ。
オベリスクのほとんどは四角形の断面をもち、上方に向かって徐々に狭まった、高く長い直立の石柱である。大きいものではその重量が数百トンにも及び、先端部はピラミッド状の四角錐になって、太陽神のシンボルとして光を反射して輝くようにされていたとされる物を見た。
「オベリスク、……ピラミッドがここアートリーにもあったのか……」
「そうだ。俺も最初は力の塔を南の砂漠地帯にあるピラミッドダンジョンだと考えていた。ピラミッドパワーってのは良く耳にするし、しかもアートリーにあるオベリスクは街の中に存在し安全圏だと俺も最初は気にも留めなかったし見落としていたんだ」
「他に根拠はあるかい? それだけじゃまだピラミッドを出現地と見る方が有力じゃないかい」
「まぁな。しかしオベリスクは古代文明で影を利用して日時計としての役割も果たしていた。力の塔が指す場所とは魔物の刻、つまり逢魔刻を指す時計の役割も果たす力の塔、オベリスク自体を指し、オベリスクがある場所がRBMの出現する場所なんじゃないかと気付いたんだよ。中央広場は確か円状になっていたし、あの日、デスゲームが告げられた日にアキと待ち合わせていた中央広場が実際に日時計になっていたことを思い出したんだ。ここに来る前にふと時間を確認した時にな」
と視界の右上に表示されているデジタル表示の時計を指した。
カエサルがゴクリと唾を呑み込んだ様子が見て取れた。
「しかし街は安全圏内だ。街やフィールドを問わず建物や木々のオブジェクトは非破壊造形でもある。街にモンスターが現れるなんてことは考えられない」
「現れるのが本当にモンスターならな」
「アギト君、君は一体なにが言いたいのだ? モンスターでなければ一体なにが現れると……」
「まぁそれは冗談だ。中央広場は円状にアートリーに囲まれる形になっているよな? だから街の一部って解釈しがちだけど、もし仮に中央広場がフィールド指定になっていたらどうだ? その可能性を否定出来ないだろ」
「確かに言われてみれば、そうも取れるが……あの場所には食料になる野生のニワトリやイノシシくらいしかポップアップしない……ってまさか食用動物だと思っていたニワトリやイノシシがモンスターだったのか」
カエサルはまだ納得出来ない、信じられないといった様子だ。
「カエサルさん。ギルドのメンバー全員にメールを、皆さんを呼び戻して下さい大至急」
ラスクが真摯な面持ちでカエサルに告げる。
「しかしイベントに向かったメンバーを呼び戻すなど、彼らは納得しませんよ。このイベントに出現するRBMがドロップするアイテムは、今後のサバイバルを大きく左右します。ギルドでトラブルが起こることを回避するために、そういったイベントに限りメンバー個々の判断に任せる自由行動を取らせているのですから」
「時と場合によります。もしアギト様が仰っている通りであれば、事は重大です。我ら聖杯与し銀の騎士団は、なにを目的に設立し想いを同じくする者たちが集って来たのではありませんか」
「分かりましたラスク様」
「余り時間がない。俺たちも直ぐに行動に移ろう。ギルドに残っているメンバーに協力たのめるかラスク」
「はい、畏まりましたアギト様」
ギルドの協力を経て、俺たちは動きだした。
街に出て行き交うプレイヤーに声を掛けるが、反応はカエサルがそうだったように芳しくなかった。
殆どが話を信じるどころか取り合いもしない。
もしかしたら謎に気付いてオベリスクに見当を着けていたここに来たプレイヤーが数人は居ると思っていたが、思惑通りには行かないもんだ。
ギルドに居たメンバーもラスクの命令で協力はしてくれているものの、自身が信じていないことを人に説明しても伝わるはずもなかった。
デスゲームによる死を恐れ、細々と街に籠っているプレイヤーたちを避難させることは困難を極めた。
「皆さん、一時街の外に避難くださ~い」
「なんやなんや騒がしいのぅ」
「あっ、魔裂姫さん。ちっす」
「一体なんの騒ぎや、俺を呼び戻しよってイベントのモンスター倒してレアアイテム取り損ねたやろ」
何処からかって、聞こえてきた会話から、予想するにラスクの命令で回帰クリスタルを使って、アートリーの転送ゲートに帰って来たギルドのメンバーだろう。
5人の人間を引き連れ、ガラの悪い見た感じ二十歳くらいの奴が来た。
「それが魔裂姫さん。あいつらが……」
口元を手の平で隠してなにやら耳打ちをしている。
「なんやて、それほんまか」
「本当ですよ。ラスク様がそう仰って、あいつらに協力するようにと」
「ラスク様が? まあええわ。おいそこのチビども、その話ほんまなんか」
いきなり失礼な奴である。
身長そんなに変わんねぇーじゃん。チビにチビって言われると無性にイラッとくるよな。
「ちょっと? あんた今、チビにチビって言ったか? そういうあんたもチビじゃん」
俺の心の声を代弁してくれるとは逞しい妹だ。
「なんや? この女。まぁええわ、わいは魔裂姫ちゅうもんや。あんたらの言う話詳しく聞かしてんか。ここに例のイベントのモンスターが出現するってほんまの話か」
「多分な」
「多分? なんやそれガセかいな。ラスク様もこんなアホの言うこと鵜呑みにして、イベント行ってたわいらを呼び戻したんかい」
「兎に角、もう時間がない俺の推測が正しければ、日没と同時にこの街にMOBが出現する。それまでに街の人を全員フィールドに避難させてモンスターからガードしてやって欲しい」
「で、お前はどないすんねん。RBMと遣り合うつもりかいな」
「必要ならな」
「RBMってなんや教えろや」
「RBMっていうのは各フロアレベルに関係なくフィールドにランダムに出現するボスクラスのモンスターのことだ」
「なんや聞いた事ないモンスターやな。さてはお前β上がりかいな」
「そうだよ」
「けっ、チート野郎かムカつくのぅ。そんでそのチート様がRBMとやらをひとり占めしようって腹か。っつーかお前アホやろ街の中はシステム上保護された安全圏内なっとってモンスターも現れへんし、圏内ではプレイヤーはバトルモード以外は絶対傷付けられへんわ、ど阿呆が」
「ちょっといいですかっ」
唐突にアキが話しに割り込んできた。
「なんや、貧乳」
「ひっ(rt……。え、えとですね、気になっているのですが、まさきさんって名前ちょーカッコイイですよねっ、どんな字なんですか」
無駄に丁寧な物言いになっている妹の口調に、ちょっぴりジェラシーを感じてしまう。お前、俺には対して尊敬の欠片もないよな。
「はん? な、なんやそれ今はどうでもええやろ……」
「えぇーっそんなぁー、気になる気になるっ。ちょーカッコイイ名前とか好きでその人のこととかも好きになっちゃうタイプなんでアキって名前萌え? だからちょー気になるんですっ。意地悪言わないで教えてくださいよ、ねっね、お願~い♡ 教えてくださいよ」
「そ、そんなに言うなら教えたるわ。魔物の「魔」に「裂」けるに「姫」で魔裂姫や、なかなかええネーミングセンスやろ」
ドヤ顔うぜぇー! なにそのDQNネーム、俺を笑い殺すきかっ。
「プっ……プププっ、あははっ、ぎゃっははっ、キラキラネーム乙っ。あんたあたしを笑い殺すき? 一度死んだ方がいいと思うよ?」
妹も俺と同じことを思ったらしい流石は一心同体、一蓮托生、擬似とはいえ深く深く禁断の絆で結ばれた、知らずに結んでしまった兄妹だよ俺たち。
「……っ」
「チートとか言ってアギト君を妬んでるだけでしょあんた? 大方βテストには応募したけど当選しなかった口でしょ? 言っておくけどアギト君はBWSの前作のVRMMORPGで有名なソロプレイヤーで、それを知ったメーカーから直々にβテストに協力を要請された招待プレイヤーだったんだからねっ」
「なんやそれチートどころやないやんけ、不平等やそんなん。それに俺はβテストには応募しとらん」
「知らなかったの? それってただの情報不足じゃん。自分の間抜け具合棚上げして、僻まないでよ。うざっ」
「ちゃうわ、知っとったわ。せやけど応募期間が過ぎとっだけじゃ」
「なーんだ。それで余計に僻んじゃったんだ。バッカじゃない。あんた勘違いしているみたいだからはっきり言ったげるけど、アギト君は実力で勝ち取ったのよβテスターをね。悔しかったらあんたもゲームの腕前を極めればいいだけじゃん」
なんとも兄想いの出来た妹である。
「アギト君はねたかだかゲームを極めたのよ。その結果勝ち取った物よ。たかだかゲームを極めるなんてマジキチかって話だけど、アギト君て友達いないから基本、毎日暇なのよ。ぼっちだから、しかもゲームでもリアルと同じでぼっちプレイヤーだけどね(笑)」
(笑)って……。
前言撤回っ! しかしまぁ俺の妹は魔性の女か? あざとい誘いで勘違いしたバカが調子に乗ったところで、地獄に突き落としやがった、兄諸共に。
こいつ、自分が気に入らない奴にはほんと容赦しねぇーな。
「なっ、なんやてっ」
「お前、ネカマだったろ? 「姫」とか付けてるし、その厳つい顔で女性キャラ演じようとしてたのかよ。キモっおっさん顔でよくやるよなお前」
なんかこいつが最初から気に入らない感じもあって、俺もアキに便乗することにした。
「こ、これも戦略の内じゃボケっ! 可愛い女性キャラをちやほやする萌え豚プレイヤーたちを鴨る立派な戦略じゃ。それに俺はまだ高校1年生16歳じゃ」
俺とタメだったのかよこいつ。
「それにあんた「わい」とか他にも関西弁もどき使ってキャラ作ってるでしょ? ついついゲームキャラに理想の自分を投影して、偉ぶってみせてる小者なんでしょリアルでは? 家のお兄ちゃんもリアルのベビーフェイスを気にしてゲームキャラでは、やめとけばいいのに毎回クール系イケメンキャラ作るもん。バカじゃん」
なっな……なんだ、と。
「なっな……なんやと」
おお、同じリアクションを取ってしまった。
しかしもうそこら辺にしといて上げて空ちゃん。こいつもう泣きそうになってるからさ。
俺もだけど。
時間が無いって言うのに、変なのに絡まれて偉く時間をロスしてしまった。
ラスクたちの協力はあっても、肝心のプレイヤーたちが信じず、まったく言うことを聞いてくれない。
「外に出ればモンスターに襲われて死ぬだろ」とか「あはは、お前なに言ってんの? 死ねよ」とか2ヵ月も危険の無い圏内に閉じ篭っていた所為か平和ボケも甚だしい限りだ。
もし、俺のもう一つの推測が実際に起これば、今回に限って街中も安全圏内とは言えなくなる。
BWSにはジョブ選択はないけど、職人スキルを身に付けていけば商人に、鍛冶屋にとなれる。
そしてもう一つ特殊イベントで発生する使い魔システムがある。
俺の中でその使い魔システムがやけに気になっていたんだ。
To Be Continued
ご拝読アリガタウ。
次回もお楽しみにっ!