子供が産めないはずだった私は、再婚先で愛しの我が子を身ごもりました
「子供が産めない妻など存在価値もないわ。この家から出て行け――今日から正妻はフリンダだ」
冷たく投げかけられる夫コゴロス伯爵の言葉。私を目で笑う愛人の……いえ、正妻のフリンダ。フリンダは見せつけるようにゆっくりと、小さな命の宿った自分のお腹をなでた。
「ま、まだ子供が産めないと決まったわけでは」
「黙れ!子供を作る作業を何度もしたのに、出来なかった。つまりお前は子供を産めないのだ!」
「ですが、まだ十回ほどしか」
「黙れ黙れ!」
コゴロスは唐突に私のお腹に蹴りを入れる。衝撃と共に「ウッ!」と声が漏れる。私は地面に蹴り飛ばされた。そんな私を楽しそうにみるフリンダ。彼女の顔は、ゆがんだ笑顔に満ちていた。
「お前の!せいで!俺まで!不能扱いされていたのだ!この俺が!お前のせいで!」
鬼の形相をしたコゴロスが、転がっている私のお腹に、何度も何度も蹴りを入れる。内臓に響く衝撃、蹴られるたび呼吸が一瞬止まり、時が止まったかのような錯覚に陥る。耳に飛び込むコゴロスの怒号とフリンダのケタケタとした笑い声。
痛いからか、情けないからか、その両方か。私の目から涙がポロポロあふれ出して止まらない。それを見たフリンダは、より大きな笑い声を上げた。
「ふん。こんな所にしておいてやろう。これ以上我が屋敷を薄汚れた血で穢されてもかなわんしな」
私から離れていく声。動けなかった。私は床で横たわったまま静かに泣いた。何度も何度も泣いて、ようやく涙が涸れた後、ゆっくりと立ち上がった。
体中が悲鳴を上げていた。心も悲鳴を上げていた。でも見えない、聞こえないふりをした。私は実家に帰る準備を始めた。
実家に戻っても、子供が出来ないことにグチグチ文句を言われた。「貴族の娘として自覚を持った方がいい」だの「本当に私の娘?」だの、たくさんの罵声を浴びせられたような気がする。
でも、私の心はすでに乾ききっていて、そんな言葉がしみるスペースはどこにもなかった。
少しして次の嫁ぎ先が決まった。嫁げる事実に驚いたが、行き先を聞いて合点がいった。社交界で『種なし侯爵』と揶揄されているウブール・アトランデス侯爵だったのだ。家族は笑いながら「こんな無能に嫁ぎ先が決まって良かったわ。無能同士お似合いね」と言った。
アトランデス侯爵家は国の端の国境近くにある。侯爵家自体の力は強大で、国家防衛の最前線として、日々隣国とにらみ合っているのだ。私は馬車で揺られること数日、アトランデス侯爵領にたどり着いた。
「「「こんな遠方の侯爵領に遠路遙々お越しいただきありがとうございます!ようこそ!アトランデス領へ!」」」
アトランデス侯爵家につくと同時に、使用人の皆から大きな声で出迎えを受けた。皆、優しそうに私に向かって笑みを浮かべていた。久しぶりに人から笑顔を向けられた気がする。それが偽物だろうと下心だろうと、私には嬉しかった。
「こちらです」とご年輩の執事に案内され、応接間に通された。「ウブール様は公務で少々遅れます故、しばらくお待ちください」と言うと、ソファに座るよう促され、年配の侍女に紅茶を提供された。
私は出された紅茶を飲む。優しい味わいの奥にフルーツが隠れている、とても上質な紅茶だった。座っているソファも本革で作られており、座り心地は抜群だった。さすが侯爵家、私が今まで経験してきた家とは格が違った。
「すまない!待たせてしまった!」
部屋の扉が勢いよく開かれ、そこから息を切らせた男性が現れた。目に焼き付くような赤髪と、対照的に澄んだ青い瞳。身長も高く、訓練しているのか肩幅ががっちりとしている男性だった。
男は息を切らせながら私の正面に座る。
「ウブール様!顔合わせに遅れるとは何事ですか!」
「す、すまない……」
年配の侍女に注意され、うなだれるように謝る男。彼がこの家の領主、ウブール・アトランデスその人らしい。使用人に頭を下げて謝っている男性貴族を見るのは、初めての経験だった。
「あの、改めて――僕がウブール・アトランデスです。本日は遠いところからお越しいただきありがとうございます。不束者ではございますが、これからよろしくお願いいたします!」
「――リリア・クロードと申します。こちらこそよろしくお願いいたします」
「よろしくお願いします。リリアさん」
また頭を下げた。今度は私に。衝撃を受けながらも、私は急いで頭を下げ返した。
少しの間、お話をした。本当にたいした内容ではない、いわゆる世間話だ。今日の天気はどうだの、長旅はどうだっただの、アトランデスの特産品だの。でも、そんなどうでもいい私の話を、ウブール様はニコニコ聞いてくれて、笑顔で話してくれて、なんだかとてもホワホワ、くすぐったいような気持ちになった。あまり比べる物では無いのかも知れないが、前夫のコゴロス伯爵や実家ではこんな時間はなくて。不思議で、だけど不快さは全く無くて。
「長旅の疲れもあるだろうから、結婚式は一週間後にしているのだけれど……それでは早すぎるかな?もしあれだったら一月でも半年でも遅らせられるけれど」
「いえ、お気遣いありがとうございます。そのお心だけで十分ですわ。一週間後でお願いいたします」
それから一週間、私はのんびりとした生活を送った。てっきり私の部屋掃除や荷物の設置は、私自身がやることだと思っていたのだけれど、いつの間にか使用人の方々がやってくださっていて、部屋は綺麗に整頓された。
料理を作るのも妻の責務だ、と厨房に立たされることもなかった。自分の洗濯物は自分で洗うなんて必要もなかった。誰かとすれ違っても舌打ちされることもなかった。
自由に動けて、自由な時間を過ごした。公務が忙しくないときはウブール様と一緒に食事をとり、たわいもない会話をした。料理が美味しいのはもちろんだったが、人と話しながらの食事がこんなに美味しいだなんて知らなかった。
なんだか満たされすぎていて、若干怖いと感じた。
そんな幸せな生活も、あっという間に一週間が過ぎ、結婚式を迎えた。式場には多くの周辺貴族だけでなく、アトランデス領の市民代表が何名かやってきた事には心底驚いた。――当然のように、私の実家からは誰も来なかった。
そして夜になった。結婚式の夜。やることは決まっている。私とウブール様は一緒の寝室にいた。
「その……すまない!」
急にウブール様が謝り、頭を下げる。
あぁ、子供を作れない私とそういう事はやれないと、そう言われるのね。でもそれでも良かった。蔑んだ目で見られること無く、穏やかな時間さえ過ごせれば。
「いいのです。こんな女と初夜を共にしたい貴族など、どこにもいないでしょうから」
「ち、違う!そんなことない!君は素敵な女性だ!」
ウブール様が大きな声を出し、そして顔を赤くして俯いた。なんだかその反応が可愛く感じて、発言が嬉しくて、胸元が暖かくなった気がした。
「そ、その……笑わないかい?」
「笑いませんけれど――どうなさったのですか?」
「その、こういうこと初めてで、リードできないのです……」
再び俯くウブール様。大きな体と凜々しい筋肉をしているはずなのに、何故か私よりも小さく見えた。
「全然大丈夫ですわ……かといって私も経験豊富なわけではありませんので、ゆっくりお互い学んでいければと思うのですが」
「だ、大丈夫なの!?」
「え、ええ」
「よ、良かったぁ。前回結婚までいった相手からは、『リードできない相手はちょっと……』って言われちゃって……」
安堵の表情のウブール様。確か、彼のことを『種なし侯爵』と言いふらしていたのは前妻だった気がする。そう考えると、無性にその女が腹立たしくなる。
「……ですが、本当に良いのですか?子供はできませんよ?」
「子供、欲しいのかい?」
「私が、というよりもウブール様が」
「僕は今、君が来てくれて幸せに溢れているから大丈夫。もしお互い子供が欲しい時期が来たら相談し合えばいい。養子でもなんでもやりようはあるさ。――もしかして僕とこういうことするのは嫌かい?」
「嫌ではありませんが――」
「僕はすごく嬉しいよ。こういうことをする、という行為そのものよりも、君と夫婦になれることがね」
「……私も、ウブール様と夫婦となれて、その、嬉しいです」
私はウブール様の青い瞳から目をそらす。なんだか恥ずかしくて、彼の純粋な瞳が直視出来なかった。
「――め、面と向かって言われると、めちゃくちゃ嬉しいです……」
「私もです……」
私たちはお互い頬を赤らめた。そして一晩二人きりで過ごした。
それから穏やかな、変わらない美しい日々を過ごしていたある日の事だった。月に数日開催される不愉快のバーゲンセールがぱったりと途絶えたのだ。――そう、私はウブール様との子供を妊娠していた。
******
リリアが子供を産んだ、というあり得ない知らせが俺の元に飛び込んだ。俺が追い出したあの女が子供を産めるはずがない。どうせ養子を自分の子供だと嘘をついているのだろう。しょうもない奴だ。
……でももし、本当だったら?もしリリアに原因はなく、俺に原因があったのだったら?
「コゴロス様!見てください!ブローがとうとう一人で歩けるようになりましたよ!」
食卓の横でよちよち動く物体。三歳でようやく歩けるようになった俺の息子。――いや、本当に俺の息子なのか?普通なら一人歩きは一歳で習得するはずだ。なのにあいつは三歳。しかもまだしゃべれないときた。優秀な俺の遺伝子を受け継いでいるのであれば、こんな無能が産まれるはずがないのに。
「おい、フリンダ」
「はい?」
「お前、不倫しているな?」
「え、そ、その、なんの事でしょうか?」
明らかに動揺している。答えを聞くまでもない。俺は血の繋がっていない化物を育てていたのだ。
「コ、コゴロス様!キャァ!」
俺はフリンダを蹴りつける。何度も何度も蹴りつける。初めはキャァだのヒィだの、家畜のような悲鳴を上げていたが。数分もすると涙を流すだけで声を出すことはなくなった。
俺がひたすら蹴り続けていると、視界の端に動く物がいる。気持ちの悪い小さい化物だ。小さい化物はよちよちと動くと、俺とフリンダの間に立ち、俺を見上げていた。良いだろう。
「ダ、ダメ!」
フリンダは化物に覆い被さり、俺の蹴りを体で受ける。そして、俺が蹴りを止めたタイミングで飛びかかって来た。
ゴロゴロと、フリンダと俺は地面に倒れ込む。食卓にぶつかり、食器類が音を立てて落ちた。
「おい!どけ!俺はあいつを殺してやるんだ!あいつはこの世に生かしてはおけん!――別にお前も殺してやって良いのだぞ!フリンダ!」
俺はフリンダを手ではじき飛ばし、立ち上がる。地面で動くフリンダを尻目に、化物に近づく。わんわんと大きな声で泣き叫ぶ化物に向かって、俺は手を伸ばした。
そのとき、背中に生暖かい感触。手を止めゆっくり振り返ると、そこにはフリンダ。彼女の手には食事に使っていたナイフが握られており、ナイフの先には俺の背中が突き刺さっていた。
「ブローには指一本触れさせないわ!!」
叫ぶフリンダは何度も何度も俺にナイフを突き立てる。鋭くも鈍い痛みが、俺の背中全体を襲う。俺は自分の血が、命が、こぼれ落ちていくのを感じた。
******
コゴロス伯爵が亡くなった。しかも犯人はあのフリンダとか。フリンダはすでに捕らえられ、処刑を待つ身らしい。そして、後継はフリンダの子供しかおらず、現在対応を協議しているのだとか。
「ママ!」
ライラの声。我が娘ライラは、先日一歳の誕生日を迎えた。生後半年にして言葉をしゃべり始め、今では普通に会話できる段階になっている。周囲の人々は娘のことを神童だというけれど
「ママ!ボーッとしちゃメッ!です!私をかまうべきでしゅ!」
「そうね。一緒に遊びましょ!」
私にとってはウブール様との愛しい子以外の何者でもない。
「おや、二人して楽しそうだね。僕も仲間にいれてくれないかい?公務を急いで終わらせてきたんだ!」
「パパはだめでしゅ!ママだけでしゅ!」
「そ、そんなぁ……」
「可哀想でしょ!パパもいれてあげなさい」
「しょうがないれすね!とくべちですよ!」
「やったぁ!」
喜ぶウブール様。上から目線のライラ。そんな彼らが、当たり前が嬉しくて幸せで。私は大きな声を出して笑った。皆で笑い合った。
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