2人で帰れ!!!
二人で帰れ‼
僕には友達がいない。正確には、「いた」
言うべきか。だが、もう良い。こっちのほうが、俺には合ってたんだ。
遡ること一ヶ月前、原西は自宅にて、自分のキーホールダーが無いことに気が付いた。
学校で落としたか?いや、それは無い。カバンに着けていて、絶対に無くさないよう、しっかりと着けていたはずだから、自然に落ちることは考えづらい。嫌になる。今は、多分誰にも優しく出来ないな、と原西は思った。それが例え親友の堀山だったとしても。
「何?キーホールダーがなくなった?」
「はい。あの、落とし物が置いてあるところって何処でしたっけ?」
ものは試し。なくしたことに気がついた翌日、原西は担任の粂屋に聞きに行った。
「なんか特徴とかあるのか?」
「あの、大阪城のキーホルダーです。」
「あぁ…。お前、城好きだったな、そう言えば。」
いや、そんな事はどうでも良いんだ。早くそれを見つけたい。だから、今こうやって聞いてるんじゃないか。という嫌らしい卑屈な考えが原西の腹の中に充満する。
「それで、場所は…」
「事務室の前の、ちょっと右横奥に落とし物机がある。そこを見に行ってみるといい。おれも個人的に探してみるから、見つけたら言おう。お前も、見つけたら報告してな。」
「…はい。」
その日は、何の成果も得られなかった。原西は少しの間、ただ、空っぽで、放課後の夕日から伸びた影が落ちた落とし物机を眺めていた。
「おう!久々!」
次の日の朝、登校するために玄関を開けると、そこには堀山が立っていた。
「お前…何で…。」
「いや〜、久々に一緒に登校しようと思ってな。最近一緒に行けてなかっただろ?」
実のところ、原西と堀山は、クラスが別々になってしまって、ここ最近、少し疎遠気味になっていた。それに加えて、原西はキーホルダー探しに夢中で、ここ最近一緒に帰れてもいなかった。足並み揃えて学校へ行くのは、ましてや一緒に歩くのもとても久々だった。
「最近クラスどうだ?」
と、堀山が聞いてきた。
「…まぁまぁかな。」
嘘だ。本当は、今朝も遅めに出てしまった。結構時間がヤバい。一緒に喋りながら行って行ってぎり間に合うか、遅刻するかくらいの時間だった。
「……。なら、良かったわ!」
堀山が、ニカッと笑う。堀山のこんな顔、久しく見ていなかった。と言うか、こんな笑顔を見たのは初めてかもしれない。
何か重いものにのしかかられているような、そんな感覚だった。この気持ちが何かは分からない。はずがない。罪悪感だと、しっかりと分かっている。しかし、なくしたとは到底言い出せなかった。
原西のキーホルダーが、ごみ箱から見つかったと、担任の粂屋がとても言いにくそうに話してきたのは、一緒に登校した次の日であった。
「ごめん。」
その次の日、原西は堀山に謝った。
「お前のキーホルダー無くしちまったんだ。」
誰かに捨てられた、と言うのは気が引けた。が、そんな心配を超なんてどうでもよかったと思ってしまえる発言を、堀山はしてきた。
「気にすんなって!あれ捨てたの、俺だから。」
「……え?」
頭の中で、その言葉が反芻する。理解ができなかった。何で、そんな事したんだ、と考えられたのは、数秒、いや、数十秒経ってからだった。
「何でそんな事…したんだ?」
純粋な疑問だった。まだ、堀山を信じたかった。
「あれ、もう二年前にあげたやつじゃん。もう古いかな〜と思ってさ。また新しいの買ってきたしそれを…」
「ふざけんなよ!」
原西の大きな声が響いた。堀山の肩がビクッと上がり、手をポッケに突っ込んだまま硬直する。周りの目や、堀山を気にかける余裕はなかった。
「あれからずっと大事にしてきたのに、おまえからもらったものなのに…なんで、なんで⁉」
しばらく沈黙が流れた。原西が、先に沈黙を破る。
「もう辞めだ。じゃあな。」
堀山は、その場に呆然と立ち尽くしていた。
なんで、こんな事になったんだ…。
職員室の自分の机にて、粂屋は一人考えにふけっていた。原西の件だ。
彼は城が好きで、人見知りだ。故に、新しいクラスに馴染めなかったことも知っている。畠山、中野、墨田が、彼の趣味を裏で馬鹿にしているのも知っていた。だから、二人組の委員会を、学年主任に無理を言って一枠だけ三人の枠にしてもらい、信頼の置ける生徒を原西とペアにした。あの三人にはちゃんと言ったつもりだったし、その三人と原西を物理的に距離を取らせたつもりだった。なのに、今回考えられうる最悪の事態が起こった。
私の力不足だ。原西の、社会科歴史に対する学習意欲はとてもすごい。だからこそ、と言うかそもそも趣味は否定すべきではない。が、彼に自分の趣味に対して、少しの気負いも持ってほしくなかった。
あと、彼を支えられるのは相談された私と、彼の親友だけだ。
そう覚悟を決めて、職員室から出た。今日は残業をせずに早く帰って、明日の朝、原西のための時間を取ろうと思ったからだった。
家に帰る道中、忘れ物をしたことを思い出し、急いで学校に戻った。学校に着くやいなや、粂屋は事務室へ寄った。
「すいません。教員の粂屋です。ちょっと忘れ物で…」
「分かりました。が、粂屋さん、あなたは教員なんですから、確認は要らないですよ?」
事務員の谷口が、粂屋を不思議そうに見つめる。
「そうなんですか!忘れ物して学校に戻るの、初めてで…。」
「そうなんですか!とても真面目な先生なんですね。」
「……ありがとうございます。」
そそくさと職員室に向かう。
ふと、と言うか必然的に、粂屋は忘れ物テーブルに目をやった。そこには、見つけて原西に返したはずのキーホルダーが、そこにあった。
「何で…。」
粂屋は、落としていた教員用の名札がキーホルダーの横にあるのに気が付いた。
事務室の扉から、谷口が帰るために出てきた。最終残業時間は、過ぎていた。
粂屋は、その後どう帰ったのか覚えていなかった。唯一頭のなかにあったのは、自責だった。教員として、人間として、大人として、甘えた仕事をした。
あれを落とし物机に置いたのは、原西だろう。俺は何もできなかった。もっと、本質的に何か彼にあったのだ。一番良い方法、一番良い方法と考えて行き着いていたのは、事が大きくならない事だった。真の意味で、生徒の気持ちを考えれてやれていなかった。
(俺は…)
どうすれば良かったんだ、と頭のなかに言葉が反芻する。
次の日、粂屋は、朝早く学校へ向かった。まだ学年主任しか職員室にいないような、早朝に。そして、職員室に荷物を置いて、駆け足で事務室に向かった。
事務室の、落とし物机につくと、案の定まだキーホルダーはのこっていた。横においてある、昨日まで忘れてしまっていた教員用の名札を、そしてキーホルダーを握りしめて、歩き出した。
「おい!原西!」
自身の声に震えたビクッと震えた原西の肩をガシッとつかみ、ぐいっと引き戻す。
「これ、なんで、なんで置いたままだったんだ?」
手にしていたキーホルダを見、原西は目を細める。
「俺…。俺…。」
「どうしたんだ?言ってみろ。」
原西は、腹の中のドス黒いものを、吐き出すように、苦しそうに口を開いた。
「キーホルダー、捨てたの堀山だったんです。
」
粂屋はそれを聞いて絶句した。それがどれほど彼にとっての絶望だったのか、どんな気持ちなのか、想像することもできない。辛かったな。なんて薄っぺらい言葉、吐けるはずもなかった。
机においてあったキーホルダーが脳裏にフラッシュバックする。
「待ってろ。」
教員と言う立場を今利用せずに、どうしろというのか。面倒事をさける教え方。クソみたいな価値観。面倒事をさける教え方。クソみたいなルール、そんなのクソくらえだ。
粂屋は廊下を走り、走り、走り、堀山のいる塔まで行く。
死に物狂いで、雑踏の中下を向いている奴を探す。
見つけた。あいつだ。
「おい!堀山!」
粂屋の声を聞き、堀山はバッと振り返る。思いっきり振り返った。
「先生……!」
「何があったか聞かせろ。頼む。お前に、お前らに何があったんだよ。」
「お前らに、何があったんだよ…。」
そう訴えかける元担任のこおは、あまりに悲痛で、悲しげであった。目の下には大きなくまが掘られてある。目は赤く、とても悲痛な顔をしていた。分かっていても、顔を背けたくなった。
先生を苦しめたのは、僕だ。原西を、先生を。僕は二人も苦しめてる。過去に戻りたい。頼むから過去に戻りたい。同もどうしようもなくエゴで、身勝手で、自己中な考え。そんなのは分かってる。でも、先生なら、なんとかしてくれるんじゃないか。
過去の担任にすがりたかった。
「なぁ、なんでなんだ堀山……。」
恐る恐る過去を打ち明ける。
「あいつ…虐められてるんです。俺のあげたキーホルダーのせいで。どうしたらいいかなんて明白だと思ってた。だから、あいつのキーホルダー捨てたんです。他の皆が持ってるような、ありきたりなキーホルダーを選んで、新しくあげようと思った。そうしたら、大丈夫だと思ったんです。」
「そういう事だったのか……。」
先生は、少し下を向く。そして、もう一度僕に目を合わせたあと、語りかけるように話した。
「次に自分が何をするべきかは、分かってるのか?」
僕は答えられなかった。どうしたらいいんだろう。どうすれば、あいつを…
「良いか?過去に戻りたいだなんて、失敗した奴皆思ってる事だ。」
ハッと先生を見上げる。なんで分かったんだろう。
「それは身勝手なことだ。だが、もっと身勝手な事がある。人を助けようとする事だ。そんなのエゴで、身勝手で。相手の事なんか考えちゃいない。一番やってやることは、寄り添うことだ。」
「………っ。」
「あのキーホルダーは、大阪城だから、周りからこう見られるからなんてクソ薄っぺらい価値であいつは見てねぇよ。自分の事を思って贈ってくれたプレゼントに対して、あいつ今は縋ってんだよ。お前との友情の証だと思ってるんだよ。離れてしまって、気まずくなってしまっても、これかあれば、この繋がりがあればって。」
「あ………」
過去の思い出がフラッシュバックする。悩んで悩んで買ったこと。あげた時の、原西の笑顔。今まで見たことのなかった笑顔、今までで満たされたことのなかった心の部分が満たされていったこと。
今まで、見たことのなかったあいつの辛そうな顔。心の全部が壊れていったこと。
「お前のやりたかったことも分かる。本当によく分かる。だから叱る。お前にも自分にもな。」
「え…?」
「お前に苦悩を押し付けてしまったのも、全部全部、俺の責任だよ。何かみんなに都合のいいことはって考えてた。本当の意味で、寄り添ってなかった。本当に済まない。」
大人の涙を、初めてみた。
放課後、全てを原西に話そう。全部全部話そう。謝ろう。謝って済む話でもなかった。どうすればいいのかなんて、明白な話だったのに。あいつの心にある不安を全部取っ払ってやる方法なんて、あったのに気がつけなかった。
相談室に原西を呼び出し、話しかけた。
「原西。あいつはお前の事をずっと思ってたよ。」
原西の顔が苦痛にゆがむ。何か言いかけて、バッと立ち上がる。それを必死に説得する。
「待ってくれ!」
震える彼の肩をがっと掴む。堀山は、恐る恐る、振り返る。過去を見たくないかのように。
「お前、虐められてるだろ。」
「えっ…なんで知って…」
「そりゃ知ってるよ。担任なんだから。でも、本当に正しいやり方は知らなかった。だから、お前と彼奴等を遠ざける事しかしてなかった。でも、それじゃ駄目だった。死ぬ程考えた。死ぬ程考えた。」
今、醜すぎる言葉を吐いているのは、粂屋も分かっている。
「本当に済まなかった。謝って済む話でもない。そして、これだけは言わせてくれ。自ら、過去を断ち切るなんてこと、しないでくれ…。」
粂屋は、ポケットから堀山のキーホルダーを出した。
「でも‼捨てたのはあいつなんだよ‼俺等の思い出を、いとも簡単に…。だから俺は…」
「そうだ。捨てたのはあいつだ。」
「それに縋ってたのもお前だよ。」
先生の言葉は、心を抉るかのように刺さった。悪口でもないし、先生は想って言ってくれている。真実だから、胸にささった。
「悪いことじゃない。俺がきっかけを作ってやるべきだったな。すまない。」
なんで謝ってたばっかなんだよ。なんで謝ってばっかなんだよ。俺はどうしたらいいんだよ先生。なんで、なんで…。
「謝るなんて、俺の自己満足だ。エゴだよな。でも、本当はこれを伝えたかったんだよ。お前に寄り添うために。堀山の事を全部話そうと思ってたんだが、それも違うかった。あいつに悪意はない。本当だよ。あいつは今でもお前の事を、友達だと思ってるんだ。だから…頼む。」
堀山が部屋に入ってきた。ドクン、と心臓が脈打つ。逃げなきゃ。突き放されたんだから。逃げなきゃ…。
これしか無い。壊れかけた友情を修復するには。一方通行の誤解を解くには。
見捨てられたと感じた原西を、救おうとして空振ってしまった堀山も。疎遠になってしまったのも、これをしなかったためだ。別々になってしまったためだ。だから、
「二人で帰れ‼」




