一粒の大罪よ〜日常の咎人達〜
しいなここみ様のホラー企画参加作品です。
キーワードは『魂』です。
スマートフォンにメールが届いた。
"ごめんなさい。少し遅れます"
大葉香澄と自分は、友人の紹介でクリスマス・イブに一度遊んだだけだった。
お互いにクリスマスを過ごす相手がいなくて
「恋人がいたらなぁ…………」
と繰り返しているのを見かねた友人達が橋渡しをしてくれた。ほとんど期待していなかったが、目がくりっとしていてショートボブの、ちゃんと可愛い子だった。
今日が2度目のデートだ。オレは遊ぶんじゃなくて、もう本気で付き合いたいと思っていた。
彼女は"まずはゆっくり友達からよろしくお願いします"と言っていたが────そう言ってちょっと頭を下げる仕草も可愛かった。……付き合いたい……!!!
だから香澄ちゃんがいくらか遅れるとしても全くかまわなかった。オレは待つ。
連絡をくれるあたりの気配りも素敵だ。何も怒ってもいない。だけど…………
待ち合わせ場所が外だった。公園の、オブジェのある噴水の前だ。公園内にある美術館に行こうとして、ここを待ち合わせにしてしまっていた。風は少ないが、今は真冬で単純に気温が低い。すでに20分ほども立っていたオレは思わず身震いして、手袋をし忘れてきた両手をポケットに突っ込んだ。
何気なく顔をあげると前方に自動販売機が2台あった。
────缶コーヒーでも……飲むか。
自販機に近づいていき、ホットの商品の並ぶ部分を見る。
150円や160円が軒並みならんでいる。120円や130円はチラホラだ。ペットボトルは…………うわ、200円なんて表示もある。
やれやれ、あっという間に高くなったもんだな。子供の頃は120円より上は無くて、110円や100円もあった。
よくオレに缶ジュースを買ってくれた ばあちゃんは、"昔は80円もあったんだよ。100円玉でお釣りがきた"なんて言ってたっけ──
そうして、久しぶりに死んだ祖母を思い出して、一つの商品に目が止まった。
『シャキッシャキッ粒入り とろりんコーンポタージュ』
────そうだ、冬はよく ばあちゃんにコーンポタージュ缶を買ってもらって飲んだんだ。
なんだか酷く懐かしくなって、コーヒーではなくて そのコーンポタージュ缶のボタンを押した。値段は160円だった。
取り出し口で缶を握った瞬間から、やや熱いくらいの温もりが伝わってくる。それは今の自分には、当然心地良かった。
すぐ傍にあったベンチが、陽の光を浴びていくらか乾いていた。場所を選んで腰を下ろす。風は止んでいる。
両手で缶を握りしめてまず暖をとり、それからプルタブに右手の人差し指をかけて開け──いや違う、違うぞ!!!!
慌てて指を引っ込めて、コーンポタージュ缶を逆さまにする。そして上下に振った。
……危なかった。コーンが下に沈澱したままスタートしたら、始まりから物っ凄く不利になるところだ。取り返しがつかなくなるところだった。気づいて良かったぁ……!
やがて飲み口の方に、よりコーンが下がるように、ラーメンの湯切りのようにして振るのを終える。だが直後、不条理だが缶は再びひっくり返され 正しい上下に戻された。
飲み口を──プルタブを開けなければいけないからだ。こればかりは、逆さまにしたままでは出来ない。
これまでに行った所作が無駄にならぬよう、素早く開封し、そしてオレは流れるような動作で迷うことなく口をつけた。コーンポタージュスープが口内入って来る。…………コーンの粒も来た!!!!!
間違いなく至福の時間──────
コーンポタージュは独特な甘味もあり塩気もある。とろーりとした液体は、缶飲料としては珍しい。そして、その中に入り混じってくる粒状のコーン達 !! 噛むと粒が弾けてシャキシャキと本当に音がする。さらなる甘味と旨味が加えられる。ああ……美味しい!!!
ゴクリゴクリと飲み進めると、缶の中の液体はあっという間に減っていく。絶対に昔よりも量が減っている。価格改定&実質値上げってヤツだ。ちくしょう、缶飲料は最早高級品なのか?
だが160円という値段に気を取られ過ぎてはいけない。コーンポタージュ以外のことに気を取られていては、ここは負けてしまう。
今、正念場が来る!!────いいか?落ちつけよ
オレは最後の一口分を残して、コーンポタージュ缶を回転させ始めた。缶を持つ右手で小さく輪をかき、回し続ける。
頭の中では、見えない残っているコーンの粒達が、中で洗濯水のように回るポタージュスープ達に踊らされている。
楽しく駆け回り飛び回る彼らは、やがて中央に一つにまとまりだす────気がするだけ。だが信じる。信じるのだ。信じることで全ては ひらかれる。
そうした手の動き、脳内、想いが全て集結したその瞬間
────── みえた !
オレはイッキに缶を振り上げて、勢いよく口に流し込んだ!!!…………迷い子のコーンの粒達が出口に駆け込んで来る。
こっちだ! おいで! カモーン !!!
目を閉じて念じる。
そうして最後に ────口につけ上を向いたままの大勢で、缶底を ポン!ポン! と二度と叩く。
彼らは踊りながらも見事にゴールを果たした!!!
オレはっ 全てをっ 飲み尽くしたぁああ…………!!!!!!
缶底を叩いた音が軽快に響き渡り過ぎたため、オレは喜びも束の間……我にかえって 慌てて辺りを見回した。
ここは公園だ。しまった……! オレは情熱の音を漏らし過ぎた……
────だが、運良く冬の公園は人気もなく静かなものだった。それどころか陽の光が雪を照らし、木々も地面もキラキラしている。溶けた雪の落ちる音だけが時折している。
オレはその輝く白銀の世界からの祝福に……目を細めた。
…………ばあちゃん、見てるか? オレは やった……!!!
心の中で天国の祖母に語りかける。
ばあちゃんは
"魂だけになっても見守っているからね"と
最期にみんなに言って病院で息を引きとったのだ。
『勿体ない』が口癖で、いつもラスイチのコーン粒も缶切りで缶を開けてオレに食わせてくれていた ばあちゃん
──今 大人になったオレは缶切り不要でやり通したよ、ばあちゃん!!
オレは 缶を自動販売機 横の分別ゴミ箱の中に入れようと 立ち上がった。日差しと雪の煌めきの絨毯の上を、歩きだ────そうとして、足を止める。
…………なんてことだ
飲み口のすぐ横にコーンの一粒がくっついているのが見えた。鮮やかな深い黄色──間違いは有り得ない、確かにコーンだ。
一粒 残っていたのか───────────っ!!!!!!!!!!
衝撃が体を襲う。全てを取り込めていたと勝利を確信していたのに! …………待て、待てよ。まだ終わっていないと言うだけだ。そこに粒はある。指でちょっと掻き出せば、真のラストを飾れる…………!
オレは慎重に左手の人差し指で飲み口のすぐ裏についているコーンに触れた。…………慎重に……慎重に
指が少し震える。
くそっ! 左手で缶を持って右手の指にすべきだったか!?
オレは右利きだ…………だが、もう戻れない。戻れないんだ。それでも、オレ達は今できることにベストを尽くさなくちゃならない! そうだろ?ばあちゃん!────そうだろ?みんな!!!!
缶の上部裏側にひっついていた一粒のコーンは、指に押されて滑り動いた。飲み口の開かれた部分に姿を徐々に表し、そして──
缶底へと 一瞬で 落ちた。
オレは瞬間、息を飲んでいた。
…………救えなかった!
ぁあクソ!! あいつ、落ちちまった!!
なんでだよ、手を────指を伸ばしたのに…………!!
この手を取れよ! 指に乗れ!!!!!
こっちも指を切らないように角度がギリギリなんだよ。………なのに、なのに……落ちちまいやがって………
オレは絶望に拳を震わせて立ち尽くしていた。
…………だが、顔をなでる風に、だんだんと 冷静さを取り戻す。希望を────
大丈夫だ。落ち着け
そこに まだ 粒は ある
ばあちゃんの顔が脳内に浮かぶ。
どこからか
"諦めたらそこで試合終了だよ、健壱"
と、有名漫画と ばあちゃんがごっちゃになった声が聴こえた。
コーン一粒の沈む缶を、オレは再び覗き込んだ。
よし、オレはキメる!
この最後の一粒をポンポーン!!と落として、必ず飲み切ってやるぞ!!
コーンポタージュ缶を振りかぶろうとした、まさに その時だった────
「健壱くん?遅くなってごめんなさい……!!」
香澄ちゃんの声がした。
声の方を向くと、ページュのコートに赤系チェックのマフラー、ミニスカートにタイツ、ロングブーツのモロ好みの女の子が目の前にいた。
「香澄ちゃん…………」
オレは呆然とした。
「遅くなってごめんなさい、健壱くん。寒かったでしょ?」
凄い可愛い女の子が、オレに拝むように手を合わせた。
彼女の労りの一言が、コーンポタージュよりもオレを温める。
オレは 心の中で ばあちゃんに拝むように──ではなく、手を合わせて 本気で拝んだ。
ホント ごめん ばあちゃん
ばあちゃんは過去の人だけど
彼女は これからの人だから────
「全然平気。行こう、香澄ちゃん」
オレは、一粒コーンの残っていた空き缶をゴミ箱に捨てて彼女と美術館に向かった。
その日の夜、オレは罪悪感に苛まれた。
デートは凄く上手くいった。
香澄ちゃんも偽りでなく喜んでくれていた。また会う約束も取り付けて、LINE登録もお互いした。
さっきは"今日はありがとうございました"メッセージとスタンプまで来たんだ。
幸せを噛み締めて良いはずだった。
────だが、どこか何か……後味が悪いんだ。
あの一粒…………
そして、ばあちゃんにオレは…………
ああ、ばあちゃん!! オレはどうすりゃ良かったんだよ!!!!!
深夜────
真っ暗な部屋の中で何かを感じて目を開いた。
オレは見た。見てしまった。
そこに立つばあちゃんの姿を。確かに見えているのに、ぼんやりと向こう側の壁や家具も透けて見える。…………幽霊ってこんななのかと、初めて知った。
ばあちゃんは、オレの記憶にある ばあちゃんの顔だった……懐かしい……でも、酷く悲しそうだ。悲しそうな瞳でオレを見つめている。…………そりゃ、そうだよな。
オレはベッドから上半身を起こした。
届くか分からないけれど、伝えてみる。
「ばあちゃん、今日はごめんよ。オレ160円もしたのに あのコーンの粒を……」
スッと、オレの言葉を遮るかのように、ばあちゃんの幽霊は何かをオレに差し出した。
それは ばあちゃんの手を透けて、実物のようにハッキリ見えた。暗がりでも ばあちゃんが蒼白く光るようだったので、缶の文字までしっかりと読めた。
『最後の一粒まで飲める!コクとろコーンポタージュ』
食い入るように、オレはその缶を凝視する。飲み口がプルタブではなく、回すキャップタイプで、しかも500円玉の二回り三回り程も大きい!!────こ、これはぁぁ……!
オレは ばあちゃんを見上げた。
ばあちゃんはオレにうなずき、ただ 一言だけ言ったんだ。
『 150円 !!!!!!!!!! 』
このコーンポタージュ缶達の商品名はもじっておりますが、実在の参考商品は存在し、そして価格がリアル価格でございます。
飲み口が大きいキャップタイプの缶は、上部に空間ができていますから、内容量がその分少ないと言うことで、10円安くなっているのではないかと私的には思っています。
私はこの冬、自動販売機でこの衝撃の事実を知り、思わず缶を写メしてしまいました。Σ('◉⌓◉’)(←おバカさん)
2つの缶はそれぞれメーカーは違いますが、隣に並んでいる自動販売機でした。皆様、自動販売機はよく見ましょう。最後の一粒を飲み切るために…………!!!
飲んで……じゃない、読んで頂きまして、誠に誠にありがとうございました。
いつも本当に……なんか、すみません。m(_ _)m
シロクマシロウ子




