5話 傍に
その日は、天気が悪かった。
雨は降っていない。
でも、ずっと曇りで、昼間なのに明かりが欲しいと思うほどだった。
雷も遠くで鳴っている。
今日の当番は窓拭きだ。
汚れ1つ許されない、ピカピカの窓に仕上げなくてはならない。
それがこの長い長い廊下の全ての窓を掃除するんだから、どうせ終わらないだろうなと思っていた。
しばらく拭いていると、見慣れない物が屋敷に入ってきた。
ソールに「なあ、あれなんだ?」と聞くと「あれは、・・・車だ。」と返された。
クルマっていうのか。
技術ってのはすごいな。馬がなくても動くものってあるんだ。
「おい、大丈夫か、顔色悪いぞ?」
ソールはクルマ?を見たあたりから顔色が悪い。
なんでなんだろう。
クルマから2人、白い服を着た男性が降りてきた。
それに応答するかのように御当主様とお嬢様、何人かの執事とメイドが玄関から出てきていた。
「あれ、今日、お嬢様って外出の予定あったっけ?」
ソールに聞いているのに、何も返事をしてくれない。
よく見ると普段はメイドが荷物を持つはずなのに、お嬢様自ら鞄を持っていた。
「なあ、あれって変だよな、なんでお嬢様が」
自分自身で言いかけたとき、何か嫌な予感がした。
俺は持っていた雑巾をバケツに放り投げ、急いで玄関ホールにつながる階段を降りた。
途中何人かとぶつかった気がしたが、謝っている暇はない。
速く、速くしないとお嬢様が。
扉を勢いよく開ける。
御当主様やメイド達がこっちを見る。
俺は久しぶりに全速力で走ったから息は切れて、喉が痛かった。
「お嬢様!今日は外出の予定、なかったですよね?なんで」
「フン、アイツはまだ屋敷にいたのか。」
俺は礼儀もマナーも無視してお嬢様に近づいた。
「何しているの、仕事に戻らないと。サボるのは良くないわ。」
お嬢様は笑顔だった。
おかしい。俺のこの不作法に怒らないのも、メイド達が暗い表情なのも。
「挨拶は済んだか?」
御当主様は不適な笑みを見せている。
挨拶?それなら本当にお嬢様が。
「カリスト、私はもうここに戻っては来られないの。」
「なんで」
「だから、貴方とはお別れね。」
じゃあ・・・・、俺は誰のために。
お嬢様はクルマに乗ろうとしていた。
「俺も」
戻ってこられないなら、俺が
「俺も一緒に行きます。」
全員が戸惑っている中、御当主様だけがにニヤリと笑った。
お嬢様はいつものお淑やかな雰囲気を壊すかのように駆け寄ってきた。
「ダメよ!貴方、自分が何を言っているのかわかってるの?一緒になんて行けないの!」
「良いではないか。これは名案だ。どうかね?そちらの2人も。」
白衣を着た2人は何も話さない。
否定も肯定もしない。
「お父様、この子は庶民であり、今回の件には不向きだと思います、役に立たないものを連れて行くのは向こうも迷惑かと。」
お嬢様にそんなことを言われるのは心外だった。
だから、言い返してやった。
「俺は大丈夫です。何かはよく知らないけど、俺ならやれます、頑張りますから。」
お嬢様は涙目だった。
それを見て初めて、自分の行動がお嬢様を傷つけているのだとわかった。
「ついてこないで、迷惑よ!本当よ!」
お嬢様は両手の拳を握り締め、俺を叩く。
全然痛くなんかないけれど。
「死んじゃうかもしれないのよ。」
お嬢様は小さな声でつぶやいた。
「死んじゃうって・・」
なら、尚更お嬢様を一人でなんて行かせられない。
そもそも、なんでそんなところへお嬢様が行かなくてはならないんだ?
「そこの2人、構わないな?・・もしかしたら2倍の額が儲けられるかもしれん!使えるではないか、小僧も!」
変な2人組も、メイド達の表情も、全てに合点がいった。
要は金のためってことだ。
豪快に笑う御当主様は、モンスターみたいだった。
人とは思えない。
「俺は、お嬢様のために着いていくんだ!アンタのためじゃない。」
御当主様は、小馬鹿にしたような顔をしていた。
でも、なんだっていい。
俺は、お嬢様に向き合い、手を取った。
「お嬢様、大丈夫です。俺はそう簡単に死なないし。今度は俺が・・・。」
そう言って2人でクルマに乗った。
メイド達は俺たちが見えなくなるまで頭を下げていたが、御当主様はさっさと屋敷に戻っていった。
クルマの中で教えてもらった。
最近、貴族制度は形骸化してきていたこと。
貴族は国からのお金の支給が今までより、ずっと少なくなっていたこと。
家が立ち行かないと思った御当主様は事業を始めたものの、失敗してしまったこと。
それにより家は借金まみれになったこと。
困っていると政府から声がかかり、研究に娘を被検体として差し出せば多額のお金を振り込むこと。
話を聞き終えると、どことも検討がつかないところで降ろされた。
それから。
やっぱり一緒に来てよかったと思う。
会うたびに申し訳なさそうな顔をされるけど、俺はお嬢様がこんな所で一人にされたことを想像する方がゾッとする。
俺の選択は間違ってなかった。
間違ってなんかいないんだ。




