第5章 「私が『赤眸の射星』となった瞬間」
滅多に得られない敵兵士の死体を用いた射撃訓練の成績は上々だし、敬愛する教官殿からも御褒めの御言葉を頂けた。
これだけでも大満足な成果だよね。
「見てよ、あの子。眉一つ動かさずに的確に撃ってるじゃない。」
「少し笑ってなかった?まるで国定忠治ね。吹田千里は忠治の化身。ニッコリ笑って人を撃つ。」
射撃訓練に及び腰だった子達は唖然としながらこんな事を言っていたけど、それも褒め言葉と受け取っておくよ。
だけど訓練生時代の私は、この千載一遇の機会を最大限に有効活用する腹積もりだったんだ。
「御褒めの御言葉恐悦至極であります、大沢実花中佐。実は差し出がましい申し出で恐縮なのですが…」
「成る程…サイボーグ兵士の亡骸が撃てる今の機会を活かして、アサルトライフルの射撃訓練も行いたいのですね。それは良い心掛けです。」
この発言には、その場の空気が一変したね。
「えっ…まだ撃つつもりなの?」
「しかもアサルトライフルで…」
訓練生の子達の大半は、どうにか人型の標的を撃ったばかりって状況なのだから、それも無理はないよね。
だけど合理的に考えるならば、せっかくのチャンスは最大限に活かさないといけないよ。
「ち、千里さん…あまり御無理はなさらない方が…」
「心配してくれて感謝するよ、英里奈ちゃん。でも、これも良い機会だからね。」
曹士のお姉さんからアサルトライフルを受け取ると、私は再びサイボーグ兵士の亡骸に向き直ったんだ。
磨き上げられた銃身に、黒々とした銃口。
一八式改良型アサルトライフルの重厚な質感は、見れば見る程に厳しくて頼もしかったよ。
さっきの自動拳銃の時と同様に左手と左足を前に出した前傾姿勢で構えれば、自ずと気が引き締まるね。
照準器に焦点を合わせれば、後はトリガーを握るだけ。
静かに呼吸と脈拍を整え、周囲を吹く風の流れを読む。
ツインテールに結った髪の動きが、ここでは大いに役立ったよ。
「目標捕捉、撃ち方始め!」
そうしてタイミングを見計らい、私は静かにトリガーを引いたんだ。
三点バーストの鋭い銃声が勇ましく轟き、心地良い硝煙臭が私に悦楽と高揚感を与えてくれる。
そしてトラス鉄柱に鎖で縛められたサイボーグ兵士の亡骸にも、新たな銃創が間髪入れずに穿たれたんだ。
胸部と喉、そして眉間。
三ヶ所の急所に命中したライフル弾は、傷付いたサイボーグ兵士の亡骸を完膚なきまでに破壊し尽くし、一介のスクラップへ変えてしまったんだ。
「お見事ですよ、吹田千里准尉。照準器を覗き込む時、貴官は実に良い目をしていました。貴官の赤い瞳に因んで『赤眸の射星』と呼ぶべきでしょうね。」
「御褒めの御言葉恐悦至極であります、大沢実花中佐!この吹田千里准尉、此度の結果に慢心する事なく、より一層の訓練に励む事を誓う所存であります!」
捧げ銃の敬礼姿勢を取りながら、若き日の私は教官殿の御言葉を反芻していたの。
大沢実花中佐は私の事を、「赤眸の射星」と命名して下さった。
勇ましい二つ名で呼ばれる事は、軍人として名誉な事この上ないよ。
そうして臨時の実務研修を終えた私と英里奈ちゃんは、帰宅前に支局の地下食堂で一杯引っ掛けていく事にしたんだ。
私としては勝利の美酒だけど、英里奈ちゃんにとっては緊張感を解すという気分転換の一杯だね。
まあ、こうして地下食堂で晩酌している訓練生の子達の大半は、英里奈ちゃんと同じ動機なのだろうけど。
「御見事でしたね、千里さん。まさかアサルトライフルを用いた射撃まで志願されるとは思いませんでしたよ。」
「これも良い機会だからね、英里奈ちゃん。私としては今回の一件で、ライフル射撃にも自信がついた感じがするよ。大沢教官かり『赤眸の射星』ってカッコいい二つ名までつけて頂いた訳だからね。」
すっかり上機嫌になった私は、中ジョッキをグイグイとやっていたの。
嬉しい事があると、お酒もその分だけ美味しくなるんだよね。
「すると千里さんは、特命遊撃士として正規配属となった暁に選択する個人兵装も射撃系の兵器類になさるのですか?」
「まぁね、英里奈ちゃん。やっぱり私としても、この『赤眸の射星』という二つ名を積極的に売り込んでみたいんだ。せっかく二つ名に「赤」って字が入っているなら、真紅のレーザー光線で敵を撃てるレーザーライフルが相応しいだろうね。」
今回の一件でライフルを用いた狙撃に適性がある事はハッキリした訳だし、その才能は積極的に活かしていこう。
その考えから、自由選択科目ではライフルを用いた白兵戦や狙撃等を積極的に履修するようになったんだ。
私こと吹田千里少佐がレーザーライフルを用いる特命遊撃士として「赤眸の射星」と呼ばれるようになったのには、こんな事情があったんだよ。
もしも養成コース時代の私が、あの土曜日に講義を履修していなかったら。
もしも鉄十字機甲軍が日本に密入国していなかったら。
そして、もしも私が臨時の実務研修へ参加していなかったなら。
今の私はいなかったかも知れないね。
昔から合縁奇縁とは言うけれども、個人兵装や二つ名との出会いもまた合縁奇縁だよ。




