第4章 「冷徹な兵士としての覚悟」
対テロ作戦の実戦での初動の円滑化と、「人を撃つ」という行為に伴う生理的な抵抗感や恐怖心の克服。
敵兵の亡骸を標的とした射撃訓練には、そうした様々なメリットが挙げられるね。
そう言えば江戸時代の武士だって、死刑囚の死体を斬って刀の斬れ味を試したり人を斬る時の感覚を覚えたりしていたじゃない。
その「死人試し」にしても、やがて死刑囚の死体が足りなくなったみたいだからね。
今回の射撃訓練が、定期的には開催出来ない臨時の実務研修であるのも無理はないよ。
言い方は悪いけれども、鉄十字機甲軍の連中がテロ活動を企てて密入国してくれたからこそ、こうして私達が拳銃版の「死人試し」をする機会を得られたのかも知れないね。
まあ、人類防衛機構にも民間人にも大した被害が出なかったからこそ、こんな悠長な口が叩けたんだろうけど。
これで重傷者や犠牲者が出ていようものなら、流石の私もこんな事は言えないよ。
もっとも、サイボーグ兵士の亡骸を標的とした射撃訓練を言い渡された訓練生達の多くは、流石に驚きを隠せなかったみたいだね。
「えっ…人を撃つの?」
「今、これから…?」
戸惑ってしまうのも無理もなかったろうな。
何しろ養成コースの子達の多くは、少し前までは普通の女子小学生だった訳だし。
地下射撃場で同心円の的に目掛けて発砲するのとは、ちょっと違うだろうね。
「訓練生の皆さん、静粛に!」
そんな訓練生達のざわめきも、大沢教官の一喝によって水を打ったかのように静まり返ってしまったんだ。
「訓練生である貴官達の御気持ちはよく分かります。私も初陣の際には、上官から気遣われる程に緊張してしまったのですから。しかしながら、貴官達はやがて特命遊撃士として前線に出る身の上なのです。こちらが躊躇していたら、敵につけ入る隙を与えてしまいます。そうなれば貴官達の生還率が下がるだけでなく、私達が守るべき民間人の被害も拡大してしまうのですよ。都市防衛という大義を果たす為にも、そして貴官達自身の身を守る為にも、敵への情は一切禁物です。」
大沢教官の叱責の御言葉は、実に筋が通っていて合理的だったね。
いざという時に適切に動けなければ命取りだし、情けをかける相手を間違えても足元をすくわれるのが落ちだよ。
情けをかけるべきは無辜の民間人、死ぬべきは国家や人類社会に仇なす不埒者。
そうでなくっちゃいけないよね。
こうして訓練生の私達は自動拳銃の再点検を行い、特命機動隊の子達から演習用のソフトポイント弾で満たされた弾倉を受け取って射撃訓練の列に並んだんだ。
「思わず眉間から狙いを外してしまいましたね。今度は良く狙いを定めて撃って頂きますよ。」
「はっ!承知しました、教官殿!」
キチンと狙って撃てるようになるまでは、何度でもリトライ。
この徹底した教育が、苦手意識を克服するんだよ。
実際問題、一回目では思わず眉間を撃ち損ねた子だって、三回目には躊躇なく急所を狙えるようになったんだから。
三度目の正直とは良く言った物だよ。
「後がつかえていますよ、生駒英里奈准尉。実戦では敵は待ってくれませんよ。」
「はっ…はいっ!」
狙いを定めるまでは時間がかかった英里奈ちゃんも、撃てばキチンと急所を射抜けたじゃない。
一回やり直すだけで発砲までの時間も大幅に短縮出来た訳だし、何の心配もいらないね。
「お疲れ様、英里奈ちゃん。よく頑張ったね。」
「有り難う御座います、千里さん…千里さんも、どうか御武運を。」
この友人からの激励の一言には、私も思わず嬉しくなっちゃったね。
何しろ織田信長に仕えた生駒家宗公の子孫から「御武運を」って言われるんだもの。
「次!吹田千里准尉、前へ!」
「はっ!承知しました、教官殿!」
いよいよ待ちに待った時が来たね。
何しろ最後列に並んでいたのだから、文字通りに待ち侘びていたんだよ。
ローファー型戦闘シューズで演習場の土を踏み締める度に、もう否応なしに高揚しちゃってね。
そうして自動拳銃を構えたら、後は軽く足を開いた仁王立ちの姿勢で前方の標的を静かに見据えるのみ。
狙う相手は唯一つ、既に事切れた鉄十字機甲軍のサイボーグ兵士の亡骸だ。
ナチス親衛隊を模した軍服も人工皮膚もズタズタに傷付き、露わになった金属質の素顔には至る所に銃創や裂傷が生じている。
だけど、そのシルエットは間違いなく人間だったんだ。
‐たとえ相手が特定外来生物のような敵性生命体であろうと人間のテロリストであろうと、それが国家の安全を脅かす存在ならば躊躇わずに掃討する。人類防衛機構に入るとはそういう事だし、お母さんもお祖母ちゃんもそうしてきたのよ。
そう言えば特命遊撃士養成コースへの編入が決まった時には、お母さんにこんな事を言われたっけ。
お誂え向きというべきか、この時の標的もサイボーグとは言え人間のテロリストだったモノ。
それなら、どうすべきかは明確だね。
「撃ち方、始め!」
「復唱します!撃ち方、始め!」
的確に照準を合わせたら、後はトリガーに力を加えるだけ。
銃口から迸るマズルフラッシュの真紅の閃光に、空気を揺らす鋭い銃声と硝煙臭。
そして役目を終えて排出される空薬莢が描く美しい金色の軌跡と、空薬莢が散らばった時に奏でる冷たい金属音。
それらの心地良い刺激が、私の五感を存分に満たしてくれるよ。
そしてその成果も、実に素晴らしい物だったんだ。
「これは素晴らしい。吹田千里准尉、全弾急所に的確に命中ですよ。オマケに反応速度も射撃姿勢も申し分ない物です。」
そう仰る大沢教官の御尊顔には、実に満足そうな微笑が浮かんでいたの。
私としても、日頃の成果が遺憾なく発揮出来て喜ばしい限りだよ。




