第3章 「鉄の残滓と硝煙への渇望」
軍服も人工皮膚もズタズタに破れ、露わになった硬質なボディとフレームの至る所には銃創が穿たれて。
そんな満身創痍というべき見るも無惨なサイボーグ兵士の亡骸は、特命機動隊の曹士達によって手際良く運ばれ、演習場に等間隔で植えられたトラス鉄柱に鎖で固定されたんだ。
こんな例え方をするのは不謹慎かも知れないけど、その姿はさながら銃殺刑を待つ死刑囚みたいだったよ。
もっとも、死刑囚とは違って既にお亡くなりになっているようだけど。
とはいえ、今回の実務研修で何をやるのかは私にも大体分かって来たよ。
まあ、何となく予想してはいたけど。
恐らくは、英里奈ちゃんを始めとする他の研修生の子達もそうだろうね。
「う…!」
「あっ…!」
もっとも、事態を理解出来るか否かと平静でいられるか否かは、また別問題だけど。
息を飲んだり顔を強張らせたり、みんな正直だね。
「っ…!」
特に私の隣に立っている英里奈ちゃんなんか、もう声もなき有様だよ。
「訓練生の皆さん、よく御覧下さい。只今こうして滋賀里分隊の曹士達によって運び込まれた亡骸達は、いずれも鉄十字機甲軍の構成員達の成れの果てなのです。」
「なっ…!」
大沢実花中佐の御言葉は、整列した訓練生達をどよめかせるには充分だったよ。
何しろ鉄十字機甲軍という連中は、ヨーロッパ全土を震撼させた極めて危険な極右派民族主義団体なのだからね。
第二次世界大戦で壊滅したナチスドイツの後継を名乗るネオナチ系のテロリストは数あれど、鉄十字機甲軍は同様の団体と一線を画していたのは思想の異常さにあったの。
何しろ自分達の事を紀元前に繁栄を極めたアトランティス文明の末裔である「アトランティス・ゲルマン人」と称して、「優性種族であるアトランティス・ゲルマンによって、地上は正しく統治されるべきである。」という具合の暴論を振りかざしていたのだからね。
しかも有象無象の極右団体みたいなヘイトスピーチや暴動といった悪事に飽き足らず、サイボーグ兵士と殺人兵器による民間人を巻き込んだ連続テロ行為を企てたんだから本当に悪質だよ。
「彼奴等はテロ工作の為に我が国に密入国を企てたのですが、幸いにして我が堺県第二支局の特命遊撃士の活躍により未然に防ぐ事が出来た次第です。」
そうして教官殿の御言葉を拝聴していくと、状況が理解出来てきたよ。
この頃になると人類防衛機構ヨーロッパ支部の精鋭であるレッドベレー隊による苛烈な締め付けに音を上げたのか、鉄十字機甲軍の連中は海外でのテロ活動に活路を見出そうとしていたみたい。
私達の先輩である堺県第二支局所属の特命遊撃士達が撃破したサイボーグ兵士達も、そんな連中の一員だったんだね。
普段と同じように人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第二支局へ登庁した私や英里奈ちゃんが座学や訓練に勤しんでいる間に、密入国した鉄十字機甲軍のサイボーグ兵士と堺県第二支局正式配属の特命遊撃士との間で激闘が繰り広げられ、討ち取られた鉄十字機甲軍のサイボーグ兵士の亡骸が晒されている。
平たく言えば、こんな感じだね。
しかしながら人類防衛機構が誇る特命教導隊の教官殿とあろう御方が、単なる見せしめ目的で敵兵の亡骸を晒し者にして訓練生に誇示されるとは思えない。
そこには当然ながら、相応の深謀遠慮があるに決まっているんだよね。
「それでは生駒英里奈准尉、貴官に質問させて頂きますよ。貴官を始めとする養成コースの訓練生達は特命遊撃士を目指して日夜励んでいらっしゃいますが、特命遊撃士の果たすべき役割とは何でしょうか。」
「はっ、大沢実花中佐!不肖生駒英里奈准尉、恐れながら御答えさせて頂きます。特命遊撃士の果たす役割とは、ありとあらゆる悪の脅威から人類とその文明を守るべく、正義の名の許に団結して戦う事であります。」
その通りだよ、英里奈ちゃん!
人類防衛機構に所属する全隊員の心構えを定めた宣誓文である「五箇条の誓い」の第一条に則った、模範的な解答だね。
「その通りです、生駒英里奈准尉。貴官の仰る通り、ありとあらゆる悪の脅威から人類とその文明を守るべく正義の名の許に団結して戦う事こそ、特命遊撃士や人類防衛機構の果たすべき役割なのです。その為には、敵に相対した際に躊躇せず即応出来るよう実戦を見据えた訓練が必要不可欠となってきます。」
そうして思わせぶりに言葉を切られた教官殿の御尊顔を見つめる訓練生達の顔は、緊張感に満ち溢れていたの。
みんな恐らくは、これから何が起きるか予想が付いているんだろうな。
「そこで貴官達には、あの鉄十字機甲軍のサイボーグ兵士達の亡骸を標的にした射撃訓練を行って頂きます。敵とあらば躊躇する事なく的確な攻撃を仕掛ける、極めて合理的な戦闘センス。それを養って頂きたいのです。」
大沢実花中佐の告げられた真意は、私の予想していた通りの事だったよ。
内ポケットに収納した自動拳銃も、きっと武者震いを起こしているだろうな。