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四話 岐路

 奴隷の中の奴隷、スレイブオブスレイブ。ヒエラルキーの最底辺。誰からも見下される存在。

 そんな立場になった俺の生活は苦しかった。


 奴隷としてのやる事は変わらない。雑用掃除畑仕事。だが、事あるごとに奴等が突っかかってくる。

 毎朝の食事は当たり前の様に奪われた。スキンヘッドが見回りをしている時は奴らも大人しいが、他の奴が見回りの時は必ず俺の食事は奪われた。それでも母親の分だけは死守したが。


 正直、一人一人なら大した事はない。大人と子供の差はあるが、それでも恐怖は感じなかった。

 ただ集団でニヤついた顔を見せられると、あの時囲まれて殴られた記憶が嫌でも蘇る。

 怪我は不思議とすぐに治ったが、痛みの記憶は忘れられない。

 おっさん達が集団でいる所を見ると勝手に動悸が激しくなり、そんな自分に余計腹が立つ。



 貴重な食事を奪われてしまうので仕方なく俺は雑草を食べた。意識が覚醒した時に齧っていた木の根も食べた。腹も下すし毒にもあたった。仕事をさぼっていると殴られるので、見つからないようにも気を使った。


 本当は俺だってまともな飯が食べたい。毎日空腹に苛まれて眠れない。成長期の子供の体だ、今こそ栄養が必要な時だろう。

 だからせめて栄養だけは摂取しようと草や、土や、木や、虫を手当たり次第に食べた。食べて吐き、食べて下しを繰り返し。

 その度に感じさせられる、消える事のない憎しみが心の中で暗い黒い澱として溜まっていく。




 そして、気が付けば季節が五回巡っていた。




 決して平穏な生活ではなかったが、なんとか無事に生き延びてそれなりに成長もした。

 あのおっさん達も俺が少し大きくなったからか、ちょっかいをかけてくる事も少なくなった。

 毎日の正拳突きも続けている。型も知らないし師匠もいないが、やり続ける事に意味があると思っている。一万回は出来なくても、やれる限りの回数を毎日している。

 仕事の方では、最近少し畑の耕作もやっている。手伝い程度だが。


 寝たきりの母親は少しずつだが、確実に体調は悪くなっている。最近ではめっきり口数も減り食も細くなってきた。

 それでも親子二人でなんとか今日まで生きてこれたが、それも今年が最後かも知れないと思うと日に日に恐怖が増してくる。

 一向に出口が見えない生活に俺の心は荒んでいった。


 ただ、この五年で俺の世界も少しだけ広がった。いや、自分なりに広げようと心がけた。


 まずはこの村のこと。多分人口は200人くらい。家の造りは正直、どの家も奴隷の家と大差なく思えた。村長の家だけは立派だが。

 定期的に行商人らしき人間が訪れているので、恐らくどこかの国に属してはいるのだろう。そしてこの村以外にも人間が存在している証明だ。


 一軒だけある立派な家は村長の家。そこにスキンヘッドが住み着いている。村の金は一度村長が集めて、後から皆に配布している。それが当たり前なのか? 行商人が持ってくる生活必需品も全て一括で村長が買い上げ、そこから必要な物を村人に売っている。人によって価格が異なるらしい。

 支給額も人によって異なり、販売価格も異なる。多分、支給・販売の一番良い条件と悪い条件では四倍程度の差があるだろう。

 親類やスキンヘッドなどの用心棒、村長派の顔役は勿論条件の甘い方だ。


 村長はここの元々の住民ではなく、村を統治する為に派遣されてきた人間らしい。所謂代官というやつか? スキンヘッドも派遣元の用心棒だったようだが、村で獣害があった時に派遣されてそのまま居着いたみたいだ。

 こんな辺鄙な村に居着くなんておかしい。脛に傷があるか、村長と結託して何か悪どいことをしているに違いないともっぱらの噂だ。漏れ伝わってくる話では、俺達が開墾している畑と関係しているらしい。今作っている畑は税金逃れの隠れ畑だという話だ。



 色々と自分の中で調べた結果、結局どこの世界でも世の中コネと金なのだと思うと黒い心が首をもたげてくる。


 当然のごとく俺達奴隷にはコネも金もない。

 そもそも自由がないのだ。村の中ですら自由気ままに出歩いてはならない。

 だから俺は立番が居眠りをしているのを確認しては、夜中にこっそりと家を抜け出して村の中を色々と見て回ってみたのだ。


 はたして俺は、俺たちはそもそも誰の奴隷なんだ?

 俺達奴隷の持ち主は誰なんだ?

 村長を見たことはあるが、声は聞いた事がないし、村人も積極的には関わってこない。作業の引率にくる当番の奴しかまともに顔を覚えているやつがいない。

 普通奴隷なら奉仕すべき主人がいるのではないか。この五年、そんな人間を見たことがない。なのに何故俺達は奴隷なのか。どうすれば奴隷じゃなくなるのか。


 結局、この謎は最後まで解けなかった。





 ※ ※ ※ ※




 転機は突然訪れた。


 夏が終わり秋の気配が漂い、間も無く一年で一番楽しみな収穫祭だ。

 この時だけは奴隷であっても、奴隷の中の奴隷であっても朝と夜に飯を貰えた。それも食べ残しの飯じゃなく、焼いた肉やたっぷり野菜の入ったスープだ。

 新たな収穫を迎えるため、貯蓄しておいた肉や野菜を大盤振る舞いで放出する。今の俺はこの時の為に生きていると言っても過言ではない。

 いつものおっさん達もこの時ばかりは大人しい。自分が食べるのに一生懸命で人になんて構ってられないからな。俺には強くあたるが、結局あいつらも俺と同じ奴隷なのだ。上の奴等には逆らえない。


 収穫祭を翌日に控えた昼間。いつもの如く畑作業。それでも、今日の主な仕事は収穫だ。

 いつもより作業に気合いも入るし、収穫した野菜を見ては自然と頬も緩んでくる。



 ——だからだろうか、ギリギリまで誰もそれに気付かなかった。



 森とも言えない林の脇。その奥に土煙が上がっていた。次第に土煙の量は多くなり、それと共に馬蹄の音が響いてくる。音は振動を伴いまるで地震か地滑りのようだ。


 呆然と見ている俺も含めた奴隷一同。

 ソレと認識した時にはもう相手は目の前に迫っていた。


「と、盗賊だぁーーーー!!!」


 咄嗟に叫んだ引率係だが、次の瞬間には横を走り抜けた盗賊に首を刎ねられていた。

 盗賊達は何人いるだろうか。十や二十では絶対にきかない。馬に跨り畑を避けて自分の近くにいる奴隷達を、雑草を刈るかの様に次々と斬っていく。


 それはほんの一瞬の出来事だった。

 突如現れ、風の様に過ぎ去り、いなくなった後には大量の死体が転がっている。


 俺は突然の事に本当に何も出来なかった。ただ見ていただけだ。ただ畑の中にいたから、たまたま盗賊達が畑を避けたから、それだけの理由で殺されなかった。

 俺と同じ状況の奴が二人いたが、一人はその場でへたり込み、もう一人は盗賊が現れた林の方へ叫びながら走って行った。盗賊が駆けていってしばらく後、俺もその場で座り込んでしまった。


 理解が追いつかない出来事に呆然としていたが、盗賊の向かった方を見て全身から汗が吹き出す。


「村に向かってる……!」


 盗賊とはなんだ。盗賊とは奪う奴らだ。

 金を奪い、食糧を奪い、人の命を奪う奴らだ。


 村の奴らなんか正直どうでも良い。むしろ死ね! だが、村には。村にはただ一人だけ大切な家族がいる。

 ……母さんが危ないっ!!



 俺は無意識に足を村に向ける。このまま村に向かえば、そこら辺に転がっている死体と同じ道を歩むだろう。だが俺の足は止まらない。笑う膝を震わせながら一歩、また一歩と進み、次第に駆け足になってゆく。


「うぅ……、い、いたい、たす、けて……」


 倒れている人間から声がする。まだ生きてる奴がいるのかと目を向ければ何の因果か、あのおっさんだった。足があらぬ方向をむき、馬に踏まれたのか腹が破けていた。

 俺は足を止めかけるが一瞬の逡巡の後、唾を吐き捨て構わずまた駆け出した。

 せっかくなら自分の手でとどめを刺してしまおうかとも思ったが、あの怪我ならばどうせまもなく死ぬだろう。

 あんな奴の為に使う時間がもったいない。それよりも早く村に!!



 普段は三十分以上歩く道だ。走っても十分はかかるだろう。

 その間に色々な事が頭を巡ってしまう。

 母さんは無事だろうか、もう手遅れだろうか、意外とあのスキンヘッドが撃退してくれるんじゃないだろうか、もしかして村長だけが狙いじゃないだろうか。


 きっとそうだ、多分盗賊は義賊か何かで、悪さをしている村長を懲らしめにきたんだ!

 先程問答無用に殺された奴隷達の事をすっかり忘れて、俺は根拠のない希望的観測に縋る。


 ——でも、もしそうじゃなかったら。



 息が続かなくなった頃、遠くに村の柵が見えてくる。盗賊達が村を囲むように陣取り、村の入り口にスキンヘッドや若い男達が立ち塞がっていた。おお、盗賊相手に果敢に立ち向かっているのか。

 俺は息を殺して木の陰に潜む。


 ん? ……なんかおかしい。

 村の入り口に立っているスキンヘッド達は全く動かない。いつもはあんなに横柄な態度をしているのに、いざ本職がきたらビビって何も出来なくなったのか。みっともない。

 目を凝らしてよく見てみるとすぐに理由は分かった。

 村の男達は立っているんじゃなくて、立たされていた。背中に杭を背負わされる形で縛り付けられ、全身血塗れだった。スキンヘッドに至っては両手首、両足首の先からなくなっていた。多分もう、死んでる。


「オラッ! 一番偉い奴を連れて来い!!」


 盗賊達の誰かが叫ぶ。

 村の中は混乱しているのだろう、しばらくすると村長がゆっくりと出てきた。


「わ、私がこの村の村長です……。お金と食糧は渡しますので、どうか、どうか命だけは……」


 恐らく村で一番強いであろうスキンヘッドが真っ先にやられ、もう諦めているのだろう。村長は出てくるなり膝をつき命乞いをはじめた。

 普段偉そうに威張っている村長も力自慢のスキンヘッドももっと頑張れよと思うが、この人数相手では仕方がないのか。


 これで手を引いてくれるのか。

 離れた木陰から固唾を飲み込み成り行きを見守る。そして静寂は一瞬で破られた。


 先頭に立っている盗賊の一人がおもむろに腕を振り上げ、振り下ろす。

 その一撃で村長の首は胴体から離れた。


「皆殺しだ! 男は殺せ! 女は攫え! ガキは健康そうな奴だけ連れて来い、後は皆殺しだ!」


 盗賊達が雄叫びをあげ村へと殺到する。

 そこからはもう地獄絵図だった。村の中の様子は伺えないが悲鳴だけがここまで響いてくる。外に逃げて来る人間は容赦なく殺された。

 盗賊の遊びなのか訓練なのか、事切れた後も執拗に剣で刺したり斬ったりしている。

 しばらくして、村に入っていった盗賊のほとんどが出てきた。

 台車で食糧を運び出す者、わざわざ死体を持ち出す者。全身を返り血で汚し、縄で縛った女子供を引き摺りながら歩いてくる者。その姿はこの村に訪れた災厄そのものだ。


 俺はもう気が気じゃない。怒りと恐怖で全身が震える。連れ出されたそこに母さんの姿はあるのか。すでに中で殺されてしまったのか、どうするんだ、どうするべきなんだ……!!



 盗賊全員が村の外に集まり、馬をそれぞれ木に繋ぎ始めた。


「ようし、お前ら、よくやった。今日はここで一晩明かすからゆっくりしやがれ。飯だ、宴会の準備をしろっ!」


 リーダーと思しき男がそういうと大歓声があがる。俺達が明日の収穫祭で食べるはずだった食糧で宴会をするんだ……。くそっ。


 いや、そんなことより母さんのことだ。本当にどうしたら。


 俯いて考える。でも何も浮かばなかった。


 ——母さんは、もうダメじゃないかな。殺されているかも知れないし、そもそも体調も良くないし。見た目も普通の人からしたら気持ち悪いと思う。俺も奴隷の中の最底辺だ。ここから這い上がれる未来が見えない。



 結論が出ないまま、俺は村に向けて足を進める。



 どうせここにいても遠からず野垂れ死ぬだろう。せっかく転生できたというのに、やったことと言えば畑の世話と母さんの介護だけだ。それはそれで悪くなかったのかも知れないが、でも、それであればいっそのこと。



 無言のまま近くに現れた俺に一瞬だけ盗賊達の視線が集中する。


「おいおい、まだガキが残ってんじゃねーか! わざわざ捕まりにくるなんて偉いおぼっちゃんだねー!」


「「「ギャハハハハハ!!」」」


 盗賊達の笑いが響き渡るが無視してリーダーらしき男の前に行く。


「お、おいっ! お前がリーダーか!?」


「ああん? なんだこのガキ」


「お、あのっ、そのっ……!!」


「なんだこいつ、殺すか?」



 リーダーと思われる男の前で俺は覚悟を決める。

 大きく両手を挙げ、勢いよく地面に膝をついた。


「……あのっ、俺を、仲間に、仲間に入れてください!!」


 そう大声で言い切って土下座をした。

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