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十三話 新人

 この三日間、ほぼ眠らずに徹夜で働いた。働き通した。


 ボスことパンメガスが仲間を殺しまくり、その殺された仲間の死体処理を泣きながら吐きながらやった。

 周りの奴らはどう思ってたのか知らないが、俺の事を冷たい目で、やって当然のような感じで見ていたと思う。くそっ、お前たちも仲間だったろうに! お前たちの飯をこの人たちが用意してくれてたんだぞ!?


 盗賊だから無慈悲なのか、無慈悲だから盗賊なのか知らないがこいつらは仲間という者への情が薄いらしい。あまり世間を知らないので、それがこの世界の当たり前かどうかは分からないが。


 とにかく、死体を森の近くに埋め簡単な墓標を建てる。みなさん、大変お世話になりました。俺のせいですいません。みなさんの仇は遠くないうちに、必ず。


 それが終わったらそのまま狩りに出る。今日しばらくは俺が飯係だ。俺だけが。

 このアジトに常駐している人間は十人程だが、仕事を終えて帰ってくる人間の数や保存食も考えれば毎日三十人分程度の食糧が必要になる。


 それがどれだけの量になるのか俺には分からない。ただ、少なくとも鹿の一頭などでは足りないという事は確かだ。

 なので俺は森に入り続けた。ウサギのようなもの、鳥のようなもの、シエラが倒したオーガベアーも細かく切り分けて何回も運んだ。


 獲物を倒すのはまだ良い。弓矢さえあれば、急所を突けばただの一発でも倒せる。だがその後の運搬が大変だった。俺の体ではあまり重いものを運べない。だが軽い獲物を運んでいてはいつまでも量を確保出来ないし、森からアジトまでの往復の時間も体力も馬鹿にならない。


 だから俺は働き続ける必要があった。幸いにもアジトにさえ運べば、辛うじて生き残った二人が飯は準備してくれる。本当ならパンメガスはそこまで俺にやらせるつもりだったのだろうが、流石にそこまでやっていたら全く量が足りなくなる。

 盗賊達も食わねば生きていけないのだ、そこはなんとかしてくれ。


 森に潜み、獲物を探し、木と同化するように眠る。そんな生活を絶え間なく続けると自分というものが分からなくなる。

 果たして俺は何なのか。妙に冴え渡る頭で自分の事を見つめる。おっと、犬のような獲物を発見。狙いを付けるまでもなく矢を放つ。——命中。


 これだ、この感覚も不思議でならない。少し前までは弓矢なんて扱ったことのない元・現代人だった。多少の手ほどきはあったにしても果たしてこんなにまで上達するものか? 普通は絶対にしない。


 だが、俺には確信めいた推測があった。誰かの傷を肩代わりする能力。母さんから受け継いだ力。

 これの本当の使い方は【誰かから何かを引き継ぐ】力なのではないか。

 肩代わりしていたのは傷。傷は俺へと引き継がれ、本人の傷はなくなっていく。では能力は? その人の持っていた技能はなくなってしまう?


 マンケの元で武器や生活用品の修繕をしていた時。果たして俺は前世であんなにも器用だったろうか。現代人の知識で多少なりとも上手く立ち回れたとしても、実際に修繕をして、その機能や見た目をあそこまで修復出来るものなのだろうか。


 パットやナムとの狩りを考えると、もうほぼ確実だと思う。弓矢なんて普通に考えれば絶対獲物に当たらない。気配の察知なんてどうやればいいか見当もつかない。

 なのに俺は出来た。僅か数日の間にさわり部分は会得した。パットやナムの腕前が特別に落ちた訳ではないと思うから、あくまでも技能を継承したのだと思う。


 引き継げるもの、引き継がないもの、それによる元々の持ち主への影響。

 今後検証は必要だが、恐らく俺が母さんから受け継いだ力はそういうモノなのだろう。

 母さんがくれた力、分かってはいたが、このナチュラルハイな状況が続かなければ気付かなかったかところも多かったかも知れない。寝る暇もないままの労働は、少なくない恩恵を俺にもたらしてくれたのだ。


 そう考えると多少は楽になる。

 仕事が減った訳ではないが、狩りについて自信が持てれば気分的にはマシだ。獲物さえいれば十中八九狩れるのだから。だから少しだけ休もう、これ以上は無理だ。

 今日最後の獲物を担いでアジトに辿り着く。丁寧に扱う気力もなく獲物を放り出し、アジトの入り口で倒れ込むように寝そべった。

 パットさん、ナムさん、ありがとう。あなた達の生きた証は俺が引き継ぎます。

 それだけ頭の中で呟いて俺は意識を手放した。





 ※ ※ ※ ※




 次に目が覚めたのは夜になってからだった。はたしてどれだけ寝てしまったのか。まさか丸一日以上じゃないよな?

 倒れたそのままの格好で、アジト入り口で寝ていたみたいだ。俺の周りには既に誰もいなかった。

 なんで誰も部屋に連れて行ってくれなかったのか。

 憤慨しながら辺りを見れば、みんなの食べ残しがあちこちにあったのでそれを集めて自分の飯とする。まだほんのりと温かい。

 俺が狩ってきたのに、俺の飯は人の食い残しというのは少し納得がいかないが、それでも食べられないよりマシだ。奴隷時代は本当に食事事情は酷かったからなぁ。


 ぱくっ。


 うん、食い残しだろうがなんだろうが飯が美味い! 狩りの最中は食べやすい木の実や干し肉を口にしただけだった。まともに食べたのは三日ぶりだ。いや、四日ぶりか?

 慌てて食べ過ぎて喉が詰まる。革の水筒から水を飲むと、胃が驚いて激痛がはしる。

 いたっ、いててっ、いててて……。前世でもたまに飲まず食わずで残業をして、帰ってから急に食べるとよく胃に激痛を感じていた。久しく思い出さなかった昔の記憶に、なんとなくの懐かしさとドス黒い気持ちが同時に溢れ出す。これは思い出すべきなのか否か。


 そんな事を一人で繰り広げていると、聞きなれた澄んだ声が聞こえてくる。


「セルウス、目が覚めたのか?」


「シエラさん、おは、よう? ……こんばんは? い、いまさっき目が覚めました」


「そうか。私が戻ってきたらアジトの前で倒れていたからな。心配したぞ」


 そう言いながら俺の隣に腰を下ろ……さず、少し離れたところに座る。解せぬ。空いた距離に一抹の寂しさを感じました。


「部屋まで運ぼうかとも思ったのだが、なんせその格好だからな。仕方なくそのままにしておいた」


 そう言われて自分を見れば、狩りの最中に浴びた血と気配を消すために塗った泥で全身真っ黒になっていた。しかもそのまま三日間水浴びもしていない。多分臭いも強烈なんだろう、自分じゃわかんないけど。誰も部屋に運んでくれなかった謎が解けた。

 自分が臭い、自覚したら急に恥ずかしくなってきた。


「あっ、すいません……。ご心配をおかけしました。これ食べたらすぐに水浴びしてきます!」


 俺は急いで残りの飯を掻きこみ慌てて水場まで走り出した。


「あっ……。行ってしまった。一つ伝えておこうと思ったのに。セルウスは相変わらずだな」


 シエラは鼻から一つ息を吐くと、その場に残った肉を摘み始めたのだった。




※ ※ ※ ※




 アジトから南に少し。水汲み場兼水浴び場の池がある。池よりも大きく、上流下流に川が繋がっており水は常に澄んでいる。ようするに流れの小さめの湖だな。恐らくこれがあるからこの近くにアジトを作ったんだろう。


 盗賊達は大体仕事終わりにここへ寄って、体をざっと洗ってからアジトに帰ってくる。この世界の衛生観念は分からないが、荒事が生業でよく汚れるからだろうか毎日水浴びをしている。盗賊達が意外にも小綺麗であったのは俺にとって救いだった。


 そして夕食後のこの時間は基本的に誰もいない。俺も滅多にこの時間には訪れない。


 誰も居ない水場で月明かりを頼りに水浴びをする。貸切の露天風呂のようで少しだけワクワクした。

 浅瀬で足から汚れを落とす。うわぁ、汚っ! 水が凄い濁ったよ。これだけ汚れてたんだから相当臭かっただろうなぁ。

 そんなことを思いながら全身を擦って汚れを洗い流す。汚れた水を下流の方へ押しやりながら、まだ澄んでいる池の中央を目指して少しずつ進む。


「はぁー」


 池の真ん中で仰向けに浮かびながら、月をぼーっと見上げて考える。まずは疲れた。みんなで行っていた狩りっていうのは遠足みたいなものだったんだなぁ。俺が狩れなくても、誰かが獲物を仕留めてくれてたし。自分しかいないというプレッシャーは思いの外重かった。

 でも少しだけ気分は明るい。母さんも、猟師のみんなも死んでしまったが、でもみんなの力は残った。みんなには申し訳ないけど、自分の生きる道が少し見えてきて、後は突き詰めていくだけだ。幸いまだ若い。このまま突き詰めていけば、もしかしたらこの世界で一角の人物になれるかも知れない。


 そう、そしてこの世界だ。せっかく子供のうちに意識が覚醒したのに、外の世界を知る機会が全くなかった。現代の日本の知識も役立たす事が出来ず、これでは俺が何をしたら良いかのしるべも立てられない。

 でもこの、母さんから引き継いだ力で少しでも現状を良い方向に変えたい。感覚的にではあるが出来ると思っている。しばらく狩りをする生活が続くが、ここで色々な力を身につける。今はそういう時なんだと信じて明日も頑張ろう!


 思考の渦から脱却しようとした時、不意にちゃぽんと音がする。


 ——誰だ。

 動物か、魔物か、それとも人か?

 慌てて体を起こすが、それもまた音を立てる事になる。すぐに思い直して静かに体を沈め、水面に頭だけを出し辺りを伺う。

 月明かりしかないが、水が光を反射して視界は通る。


 動物なのか、はたまた盗賊狩りか。

 息を殺しぐるっと周りを見渡せば、岸辺に動く影を見つけた。

 ……人だ。小さい。仲間ではないな。こんな時間に何をしにここに来たのか。


 あちらも俺という存在に気付いているのか、その場から動かない。シルエットしか分からないが、恐らく視線が合っていることだろう。


 ……どうするのが正解なんだ。普通に声をかける? いきなり襲いかかるか? 彼我の距離は十メートル程か、弓矢があれば必中の距離だが生憎今は全裸で何も持っていない。




 俺が対応に戸惑っていると遂にあちらが動き出した!

 その手を俺の方へ向け、何かぶつぶつと呟いている。小声で何を言っているか聞こえないが、そいつの周辺の水がばちゃばちゃと音をたて渦巻き始めた。


 やばい! これは何かやばいやつだ!

 本能的にそう感じた俺は、そいつとは反対側の岸へ向かい水の中を進む!


 俺の移動に合わせ手をこちらの方向へ動かす。想定では飛び道具的な何かだろう、というかアレだろ。

 いわゆる、魔法。

 初めての魔法的な何かとの遭遇は、まさか俺に向けられる敵意に塗れたものだとは。

 まもなく岸に着くという時に呟きが消え、代わりに一言はっきりと聞こえた。


「風よっ!」


 そう甲高い声が聞こえた瞬間、俺との間の水面が激しく波打ちナニかが飛んでくる!

 慌てて岸の上に飛び込み転がるが、どうやら無事に躱せたようだ。ふと自分が居た場所を見れば、地面が二、三センチ抉れているのが見えた。まるで熊か虎かの爪痕のようだ。




 ……え? なんというか……、弱くない? 水で威力が減衰されちゃった?


「ちょっと! なんで避けるのよ!」


 あまりの威力に呆然としているとアチラから声がかかった。ここに来て気付いたが、どうやら女だ。そして多分同年代だろう。小さいシルエットだとは思っていたが、まさかこんなに幼いとは。


「なんでって、そんな魔法みたいのが飛んでくるなら避けるだろ!? というか危ないじゃないか! いきなり襲ってくるなんて!」


 自分の選択肢に襲撃が入っていた事は棚に上げ、俺は精一杯抗議する!


「そんなの当たり前じゃない! このアタシの水浴びを覗こうとする不届者なんて切り刻まれて魔物の餌にでもなればいいのよ!」


 なんて高飛車な事を言ってくる。

 相手も同じく全裸で腰に手を当てて全力で見下しているのだろう。ポーズが非常に様になっている。


 冷静になればはっきりと見える。ボリュームのある金髪が腰まで伸び、その下には同じ色の尻尾がフリフリと動く。よく見れば頭には犬の様な耳がピンと立ち、こちらの動きを捕捉しようとピクピクしていた。

 ……獣人だ。初めて見た。というか、いるんだ、獣人。多分、もっと別のところで出会っていれば俺の感情は止まるところを知らずに昂っていただろう。

 だが今はダメだ。相手は少なくともこちらに敵意を持っている。そんな時に惚ける事はできない。


 真っ白な肌に酷く整った顔立ち。獣人ではこれが当たり前なのか、それともこの子が特別美少女なのか。おおよそこんな所にいる事が不釣り合いかと思われるが、いるからには仕方ない。俺は覚悟を決めて声をかける。


「……あんたは一体、だれなんだ?」


「ふんっ! お前みたいな木っ端に聞かせる名前なんて持ち合わせてないわ! でもね、可哀想だから少しだけ教えてあげるわ。アタシはローラ、人呼んで風の魔術師ローラよ!」



 教えるのか教えないのかどっちなんだよ!

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