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十二話 間話・シエラの場合②

「んで、お前らがここの指揮官だな。偉いのはどっちだ?」


「……ワシだ」


 盗賊団のボスと思わしき男に答えるセルゲイ。

 既に戦闘は終結し、小隊長の二人と、分隊長クラスが何人か、他に一般兵も数人拘束され捕えられていた。


「よぉし、お前が一番上だな。じゃあ率直に言おう。お前、俺の手下になれ」


「はっ。くだらぬ。そんな話をワシらが聞く訳ない——」


「やれ」


 セルゲイが答え切る前に、盗賊団のボスが言う。


「やっ、いやだっ! やめ、やめてく、ぎゃあぁぁぁ!!!」


 拘束されていた兵士の腕が飛ぶ。時間差でもう一本。盗賊の二振りで、兵士の両腕が斬り落とされた。


「あ〜あ、腕がなくなっちゃったぁ。どうすんの、これ? 腕がなくて騎士なんてやってられんの? お前が素直に従わないからこうなるんだぞ?」


「や、やめるんだ! どうしてこんな事をする! この外道めっ!」


「がーっはっはっはー! 今更何を言ってやがる。俺達は盗賊だぞ? 道を外れてなきゃ盗賊なんてやってねーよ。お前、バカなのか?」


 ボスの、盗賊としてはある意味まともな言葉にセルゲイは鼻白む。


「……一体、何が望みだ」


「だからよ、さっきも言っただろ。俺の手下になれ。それで俺達の言う通りに行動するんだ」


「……具体的には」


「まぁしばらくは何もしねえよ。お前は騎士団に所属したままだ。ただ必要な時に必要な事をしてくれりゃぁいい。たまたま騎士団の巡回ルートを変えてみたり、たまたま休憩の時に誰もいなくなったりとかよ」


「ワシに騎士の誇りを売れと言うのかっ……!」


「はっ。タダでくれるなら貰ってやるが、この瞬間には大した価値もねえな。嫌なら代わりがいるからよ、そっちに聞くだけだ。どうすんだ」


 セルゲイは打開できない現状に沈黙するしかない。ただ、答えを出さねば待っている未来は明るくないだろう。どうする、どうするべきか。セルゲイの沈黙は続く。


「…………………………、やはり——」


「はい時間切れー、さよならー」


 セルゲイが答える前に、ボスの巨大な斧が宙にきらめいた。


「隊長ーーーーーっ!!!」


「俺様は気が短けぇんだ。返事は即答、ハイしか求めてねえ。次からは気をつけなって、もう次はねぇか、ガハハハハハっ!!」


 そう、セルゲイはもうボスの言葉を聞く耳持っていなかった。

 ……正確には耳の付いている頭が、その胴体から転げ落ちていた。


「という訳で、はい次ー。お前が二番目だな? それで、お前はどうよ? 早くハイって言え」


「わ、分かった。やる、やるつもりでいる。だがその前に教えてくれ」


「あぁん? なんだよ、さっき言っただろ。お前は俺様の言うことを聞いてりゃいいんだよ」


「それは分かっている。それで、お前は、お前達は一体何を求めているんだ。それが分れば私たちも上手く立ち回れるかも知れないであろう?」


「おぉ? そうか、そうだな。お前、結構気が利くじゃねえか。よしよし、そう言う事なら教えてやろう。お前たちは俺様の手足となって俺様たちの言う通りに動けばいいんだよ」


「……それはさっき聞いた。それで、私達が手足となり動いて、お前たちは何を得るんだ」


「んー、……楽な生活? 楽して金と食い物と女を手に入れたいぞ?」


「そ、そうか。それならもっと他にも色々方法はあるんじゃないのか? ほら、お前は力も強そうだし、頭も良さそうだ。用心棒とか、商売人とか色々、真っ当な……」


「あー、ダメダメ、お前ぜんっぜんダメよ。わかっちゃいねえ。俺はな、欲しい物は全部奪ってきたんだよ。買いたいんじゃなくて、奪いたいんだ。金があろうがなかろうが関係ねぇ」


 じゃあ楽な生活とか関係ないのでは?

 アイザックは心の中でそう思ったが、とても言える雰囲気ではない。多分、コイツは本気でそう言っているからだ。頭が切れるのか、馬鹿なのか。

 それから二、三言葉を交わすが、ボスの求める事はふんわりしておりそれが本当の要求なのか、何か別の目的を隠す為のものなのか判別できなかった。




「と、とにかく、わかった。私達は略奪とかは出来ぬが、そちらが動き易くするための便宜くらいは図ろう。それで、他にも——」


「あー! うるせぇうるせぇうるせぇうるせぇ! お前、本当にヤル気あんのかっ! ごちゃごちゃ色々聞いてきやがってよ! つべこべ言わず黙って言うこと聞いてりゃいいんだよ!」


 アイザックの話を遮り、再びその巨大な斧の柄に手をかけるボス。


 時間稼ぎももはやここまでか……。出来れば話をしているうちに隙を見つけて仕掛けたかったが。

 こと、ここまできては仕方ない。せめて一人でも無事にここから抜け出させ、この窮地を本隊に知らせねば。


 アイザックは拘束されている何人かに急ぎで目配せをし、あらかじめ緩ませておいた自分の腕を縛っていた縄を一気に振り解いた。


「いくぞ、お前たちっ!!」


「「「「応っ!」」」」


 アイザックに呼応して何人かの兵士達は拘束を振り解いていた。ある者は落ちていた剣を、またある者は手近にある武器になりそうな物を掴み、盗賊達と対峙する。



「おっ、やるじゃねえか。そうこなくっちゃな! よし、お前ら手を出すなよ。こいつは俺がやる。お前らは他の奴らの相手をしてろ」


 そして始まる決死の戦い。緒戦では盗賊の戦略になす術がなかったが、正面切っての戦いでは騎士団に分があるはずであった。

 事実、ボスを除く盗賊達との戦いでは、まともな武器ではないにも関わらず今まさに騎士達が押し込んでいた。




 だが、ボスは、ボスだけは強かった。それも圧倒的に。


「おらっ! どうした! 騎士ってのは! そんなもん、かよっ!!」


 一般人では両手でも持ち上がるか分からないような巨大な斧を、いとも容易く振り回す。力任せではなく、きちんと刃を立て、真っ直ぐな軌跡を描いて右に左に。


「くっ!」


 アイザックは焦っていた。

 ボスの攻撃は速く重い。逸らすだけで精一杯だ。まともに受けたら一撃で剣が折れる。そしてこちらの攻撃は斧の腹で的確に受け止められ、防御を抜ける気がしない。

 よもやこんなにも強い者が盗賊にいるなんて。


 だがしかし、やるしかない。一瞬で良い、隙さえ出来れば……!!


 高速での攻防をこなしながら、必死になって相手の隙をさぐる。……ダメだ、ありそうにない。ボスは全力でこちらに集中していて、こちらがわざと体勢を崩したりすればそのまま力任せに叩き潰されてしまうだろう。そんなリスクは犯せない。


 徐々に力の差が見え始める。一歩踏み込めば、その分二歩押し込まれる。

 そして均衡は唐突に崩れた。予想外の方向に。



 そこにいる皆が一瞬、風が吹いたかのかと感じた。


「——父上から、離れろっ!」


森の中から突如聞こえた女の声。その声は凄まじい速度で近づいてきて、質量を伴い、そしてボスの体に激突した。


「ぐあっ!」


 


 アイザックは目を疑った。今まで斬り結んでいたボスの脇腹に剣が突き立っており、その柄を握るは我が娘、一五歳になったばかりのシエラだったからだ。


「シエラっ! お前、どうしてっ!」


「父上、話は後です! 攻めて!!」


 それ以上言葉を交わさず、二人でボスに襲いかかる。一瞬以上の隙が出来た今、二人がかりであればこのまま倒し切れるはず!


 だが一対一の戦いが邪魔をされた今、盗賊達もその状態を見過ごす訳がない。

 他の騎士団員達と対峙していた盗賊がボスの周りに集まってくる。そしてそれを騎士団員も追いかけ、一瞬で混戦に陥ってしまった。



 こうなってしまっては一対二とはなり得ない。せっかくのチャンスをふいにしてしまった。後はただ剣を振り、目の前の敵を倒すだけ。前の敵と戦っている間に、後ろから斬りつけられる。溢れる敵味方に紛れ、ボスとの距離はだいぶ開いてしまう。


 だが全力の混戦は長くは続かなかった。致命傷にはならなくとも、戦闘力を失った人間が一人また一人と倒れ、最終的にその場にはアイザック父子とボスだけの三人が立っていた。



「あーあ、つまんねえ。……てめぇよ、誰だか知らねぇけど邪魔すんじゃねーよ。俺様、あったまきたわ。マジ久々にブチ切れた」


「勝手にキレているがいい。どうせお前はここで斬られるのだ。力を振り絞って死ね」


 そうして今度こそ二対一で繰り返される死闘。アイザック父子は同じ流派の剣、その師弟、且つ親子ということもあり、非常に息の揃った剣を振るった。一人が斧をいなし、その隙にもう一人が剣を突き立てる。致命傷には至らないが、浅くない傷を無数に刻み付けた。

 優勢に戦いを進めるアイザック父子。このまま盗賊のボスを倒し切るかに思えた。


 ——だが、それもシエラの体力が切れるまでであった。アジトの山まで休まず走り続け、尚且つ未完成な子供の体では、初めて命を懸けた戦いで、最後まで戦い抜く事は出来なかった。




「おらっ!」


「ぐあっ」


 よろけたシエラをかばい、アイザックが腕に深傷を負ってしまったのだ。



「父上っ!」


「へっ、やっとか。もうこれで目はねえな。あー、痛かったぜ」


「貴様、よくもっ!」


「やめろシエラ! 落ち着け、一旦退くのだ!」


 アイザックの言葉に頷き油断なく距離を取る。その横にアイザックが並び、シエラに耳打ちをする。


「いいか、良く聞けシエラ。今のままではアイツには勝てない。絶対に。私はどうなってもいい。だがシエラ、お前を死なせる訳にはいかない」


「父上! 私だってどうなっても構いません! だからその様なことは——」


「最後まで聞くんだ。私も死ぬ気など毛頭ない。だが、黙って見逃してくれる奴ではないだろう。私は今から死より辛い選択をするつもりだ。それでアイツが納得すれば、あるいは二人とも……」


「おう、内緒話は終わったかよ。で、どっちから死ぬんだ? まとめてやってやろうか?」


斧を肩に担ぎ、余裕の笑みでボスが近付いてくる。


「いや……。そうだな、お互いの為に今は一旦休戦としないか?」


アイザックは額に汗をかきながら答える。だがここで焦りを悟られる訳にはいかない。こちらも余裕の態度で返さねばならない。


「あぁん? お前バカじゃねーのか? なんだよ、お互いの為って。お前らの為にしかなんねぇじゃねえか」


「今は、な。……だがもう少しすればお前の為にもなるだろう。何故ここに私の娘がいると思う?」


「そりゃ父を愛する娘の力ってやつだろ、気持ち悪ぃ」


「ははっ、それもあるだろうが今回は違うな。娘は定時連絡のない騎士団を、そして私を憂慮して駆け付けた。誰よりも早く、一番に。そしてこの後はどうなる? 二番目は誰がくる? 二番目にはまず間違いなく、討伐の為の大部隊が送り込まれるだろう。領主様の面子にかけてな」


「へっ、そんなの俺様が全部ぶっ殺してやる!」


「本当に? お前一人で出来るのか? もう周りには誰もいないぞ?」


「出来ねえことなんてねぇ! まぁ腕の一本くらいは持って行かれるかも知れねぇがな」


 腕の一本で済むものか!

 シエラはキッと睨み付けるが、ボスはそんなのどこ吹く風だ。

 実際、アイザックは有利そうに話を進めてはいるが、目の前にある命の危機が去った訳ではないのだ。ボスの気が変われば一瞬で消えてしまう命の灯火を、消されぬ様に慎重に話をしなくてはならない。


「今ここで私が死ねば、うちの騎士団は絶対にお前を捕らえるまで追い続けるだろう。二個小隊の全滅だ、許されるものではない。だが私が帰還すれば? 隊はやられたが、盗賊の首領は討伐済みだと報告すれば? そこら辺に倒れている奴の首を持っていけば、お前一人の事くらいは隠し通せるだろう」


アイザックの言葉に、ボスは初めて笑顔をやめ、真剣に考える。


「——ほーん、悪くねぇな。……だが足りねえ。お前がそれを守る保証は? その嘘がバレたらどうなる? くたばったうちの団員の補充はどうする? この先の盗賊稼業はあがったりだ。また一からやり直すならよ、前よりもっと荒っぽくやらねえとなんねえ。だからダメだ、どっちにしてもめんどくせぇ事になるなら、お前たちは今ここで殺す」


 ボスの言葉にシエラが鼻白む。

 くっ! こいつ、馬鹿そうに見えるのに土壇場で頭が回る!

 このままでは父上も私もこの場で命尽きるだろう。

 シエラがアイザックの顔を見れば、無表情の中にも焦りが浮かんでいるのが見て取れた。

 私が、私がなんとかしなくては……!


「待て! わ、分かった。では、私が貴様の元へ行こう。貴様の団に入ってやる」


「なっ! シエラっ!」


 慌てるアイザックを後ろ手で制す。


「今戦った通り、貴様の団の奴らよりもよっぽど私は強い。戦働きなら充分戦力になろう。それでは不満か?」


「へっ、不満だな。全然不満だ。お前は少しは剣を使えるようだが、まだ弱い。お前に強盗が出来んのか? ガキやババアを殺せんのか? そんなガキが何を偉そうに『入ってやる』だ。ぶっ殺すぞ!」


 くっ! これしかないと思ったのだが、これでも納得しないのか。


「だがなぁ……。うーん、おい、ガキの親父。お前は騎士団の中でどんだけ偉いんだ?」


「私か? 私は第二小隊の隊長だ……。そうだな、上から十番目くらい、か……」


「ふーん、じゃあそれなりなんだな? ……よし、分かった。隊長さんとやらよ、お前の娘は俺様が預かる。今まともに動ける奴はいねえからな、下働きとしてうちで使ってやる。しばらくまともなシノギもねえし。おい、分かってんだろうな? 娘を死なせたくなければお前が働け。お前がうまくやって俺たちの団を潤すんだ。もし変なマネしやがったら、こいつをぶっ殺して町の門の上に吊るしてやるからな!」


「いや、待ってくれ! 本当に娘を——」


「この期に及んでゴチャゴチャうるせえな! 嫌なら嫌で、俺様は構わねえっつってんだろ! お前たちをぶっ殺してトンズラこいて、向かってくる奴ら皆殺しにすりゃいいんだ! どうすんだよっ!!」


「くっ……! わ、わかった、娘を預ける。……シエラ、本当にそれでいいんだな?」


「ええ、ええ父上。私はこいつの団に入る事にします。何も問題ありません」


「問題大有りだろうがっ! 誰に向かって口聞いてんだっ! ボスだろ! 敬語を使え! 俺様を敬え!!」


 そう言ってボスはシエラの顔を二発殴る。


「やめろ、やめてくれ! わかった、娘にはいう事を聞かせるから、乱暴だけは頼む、やめてくれ……」


 殴られるシエラを見て、深く頭を下げて懇願するアイザック。それはおよそ騎士が盗賊に取る態度とは思えないものであった。


「父上、こんなことくらい私は平気です! ですからそんな事おやめください!!」


「っかぁーー! 美しい親子愛だねぇ! 反吐がでるわっ! やめろやめろ、そんな事。殴られたくなけりゃ俺様の役に立て! 返事はハイだけだ!」


「……はい、ボス」


「そうそう、分かりゃいんだよ、分かりゃ。ほれ、じゃあさっさとズラかんぞ。準備しろ、準備」


 そう言い、転がっている死体をぶん投げながら歩を進める。シエラはその後に続き、息のある人間に応急処置を施していった。敵味方は関係なく。


 アイザックもそれに倣い、騎士団の息のある人間だけを手当して回る。死んだものは後回しだ。


 まだ動ける盗賊団員に武器と防具の回収を命じ、ボスは足早に去って行く。シエラも慌ててボスの後をついて行った。


「……父上、お達者で」


「シエラ、必ずお前を助け出す。それまで、何としてでも生きているんだぞ。それだけが父の願いだ」



 それ以上言葉を交わす事もできず、父子の道は袂を分つ事になった。



しゃみせん

ここまでお読み頂きありがとうございます。


六話から少しコミカルになると言いましたが、アレは嘘です。

結果的に嘘になりました。

書きたい事や書かなきゃいけないと思った事を書いていたら、重く長くなりました。


ですが、次の話からは本当にコミカルになります。

そして新たなヒロインが出てきます。

新ヒロインとの話も長くなりますが、じっくりお付き合い頂ければ幸いです。


基本的に書きたい事を書き連ねていきますが、コメントなどで希望や要望を書いて貰えると、作者もビビッとくるかもしれません。


感想や評価を頂けたら、とても嬉しいです。

今後も応援のほど宜しくお願いいたします。


しゃみせん

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