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第8話 前向きに

「おい、澪。なんだこれは?」

 翌日。登校してすぐに澪を屋上に呼び出した。まだ眠そうな澪の目の前に、昨日の「上級克服リスト」とやらが表示されているスマホ画面を見せつける。

 澪はきょとんと目を丸めてから、わざとらしく頭の後ろをぽりぽりと掻いた。

「いやあ、ばれちゃったかぁ」

「いやあ、ばれちゃったかぁ、じゃないだろ!なんなんだこれは!?」

 澪は可愛らしく唇を尖らすと、どこ吹く風と言ったように飄々と話す。

「涼には必要かな?って思って!」

「はぁ?」

「だって涼、北白河さんのこと好きなんでしょ?だったらこういう練習もしていかないとじゃない?」

 澪は何を勘違いしているのだろうか。俺がいつ北白河さんを好きだなんて言った?

 俺は盛大にため息を吐き出した。

「そもそもこのリストは北白河さんに手伝ってもらうつもりだったのか?昨日は皐月にも言うなと言っていたのに」

 澪はふるふると首を横に振る。ふわりとした茶色の髪が揺れる。

 澪は平然と答えた。

「私が手伝うんだよ」

「は?」

「だから、私がこの克服リストも手伝うんだよ、って。昨日二人の秘密だって約束したじゃん」

 澪はにこりといつも通りの明るい笑顔を浮かべている。

「正気か?まさか本当にやるわけじゃないよな?」

「もちろん!本気」

 澪の真っ直ぐすぎる眼差しに、俺はまたため息が出てしまう。

「マジかよ…」

 手を握る…くらいなら澪は協力してくれるとは思っていたが。キスをする?エッチをする?俺をからかって反応を楽しもうという冗談だとは思うが、澪にしては随分と質が悪い。俺だって高校生男子なのだから、そういうことに興味がないわけじゃ決してない。むしろかなり、とても、すごくある。だからこそ、大事な幼なじみで変な妄想をさせるようなことはしないでほしいのだ。

 俺は頭を抱える。

 幼い頃から一緒に過ごしてきた幼なじみが、今日初めて何を考えているのか分からなくなった。

「私、涼には「潔癖症」を克服して、恋に前向きになってほしいんだ」

 澪はいつもと変わらない口調でそう言った。でもそれはどこか寂しそうな、遠くを見ているような上の空な声だった。俺の聞き間違いかもしれないけど。

 俺はまた大きなため息を一つつく。澪がどこまで本気なのか全く分からん。

「まぁ今どうこう言っても仕方がない。まだ「潔癖症さよなら大作戦」の一つにすらチャレンジしてないんだ」

「そうだよ!まずは一つ目から順番に取り組んでいこ!」

 澪がこんな冗談を言ってきたのは初めてで、えっちすぎる「克服リスト」にやたらと驚いてしまったが、実際にするわけではきっとないだろう。私はそれだけ本気で手伝うんだ、という澪の決意の表れなのかもしれない。そうであってくれ。

「まぁた、二人でこそこそ話ですかぁ?」

 その声にはっと振り返ると、皐月が屋上の扉から俺達をこっそりと覗いていた。じとーっとした目で俺達二人を訝しんでいるような表情だ。

「げ、皐月くん…!」

 澪はいつものように苦々しい顔をして、言葉と表情を一致させる。うんうん、これがいつもの澪だよな。

「げってなんだよ!最近酷くね?涼まで俺を仲間外れにすんのか!?」

 皐月が今にも泣き出しそうなうるうるとした瞳で俺を見る。

「いや、悪い。そういうつもりはなかったんだが…」

「昨日だって二人して五限目サボるしさぁ」

「悪かったって」

 澪に「潔癖症さよなら大作戦」のことは、皐月に言わないよう口止めされている。説明できることは何一つないので、ひとまず謝ることしかできない。

「涼~、俺とも仲良くしろ~」

 皐月が甘えてくるので、「はいはい」と適当に相槌を打って、その場はなんとか彼の機嫌を取ることができた。

「あの…、」

 皐月が飛び出してきた扉の後ろからまた声がして、俺達はさっきと同じようにそちらを見やる。

 ひょっこり出てきたのは、北白河 椿姫さんだった。

「あ、そうだった!」とすっかり忘れていたように皐月が説明を始める。

「涼と澪が屋上に向かうのを北白河さんが見てて、そんで一緒に来たんだった!」

 忘れるな、可哀想に。

「ごめん、北白河さん!涼になんか用だった?」

 急に三人の視線を一身に浴びてしまった北白河さんは、少し恥ずかしそうにしていた。人から注目されることなんて、彼女は山ほど経験していそうなものだが。

「あ、はい…。ちょっと藤沢くんにお話があって…」

「おっけ!じゃあ俺と澪は退散するな!それじゃ!」

「え…あ!ちょっと!」

 皐月に連れられ屋上を後にする澪。

 去り際、人差し指を立てそれを口元に当てた。軽くウインクして「内緒だからね!」と音にはせず口だけが動いた。

 俺はそれに一度こくんと頷いた。

 二人が去って静かになった屋上で、北白河さんに向き直る。

「悪いな、いつも騒がしくて」

 彼女は「いえ!」と頭を振った。

「すごく楽しそうで、…羨ましいです…」

「そうか?」

 まぁ確かにあいつらといると退屈はしないし、寂しい気持ちにはならないな。ドが付くほど明るくて元気な奴らだ。

「はい、…とっても」

 北白河さんは少し寂しそうに笑う。そういえば、彼女と親しくしている人はいなさそうだと、いつか皐月が言っていた気がする。友人がいないのだろうか。

 それもそうか?こんな美人で綺麗な女の子の隣にいられるなんて、余程自分に自信がないと難しそうだ。誰かに北白河さんと自分を比べられて、嫌な思いをするだけだろう。

 しかし澪だったらどうだ?澪はそこそこ可愛いし、他人からどう見られても気にしないと思うが。まぁ、二人の気が合うかというと、ちょっと微妙そうなところだ。

 そんなことを考えていると、北白河さんがまた口を開いた。

「桜坂さんとのお話、邪魔しちゃいましたか?」

「いや全然。もう戻ろうと思ってたところだし」

「そうですか」

 ほっと胸を撫でおろすように、安堵の息を漏らす北白河さん。なんだか仕草がいちいち上品だな。

「で?俺に何か話があるんだっけ?」

「あ、はい」

 彼女は少し視線を彷徨わせると、意を決したように言葉を紡ぐ。

「えっと、その、また勉強を見てもらいたい、って話なのですが…」

 この前も思ったのだが、何故俺なのだろうか。クラスに俺より成績のいい奴なんて、当たり前だがざらにいるのだ。何故俺より高成績の人間に声を掛けないのだろうか。本当に俺に気があるんじゃないかと、勘違いが加速してしまうがいいのだろうか。

 澪や皐月と違って、北白河さんとの会話には少し気を遣う。お互いまだ知り合って間もないし、どこまで踏み込んでいいのか勝手が分からない。

 俺は丁寧に言葉を選びながら、ゆっくりと口を開く。

「俺は構わないけど、…本当に俺でいいのか?」

 そう問いかけると、彼女は嬉しそうに微笑む。

「はい!藤沢くんがいいんです。藤沢くんの教え方が好きなんです!」

 好き……。

 いやいや勉強の教え方な。俺自体が好きなわけでは決してない。勘違いするな。これだから健全な高校生男子は。

 そこまで言ってくれているのに、無下にするわけにもいくまい。

 俺は前向きに一歩を踏み出し始めたのだ。

 「潔癖症」克服だけではない。二人以外と話すことも億劫がらずにやっていかなくてはならない。北白河さんとは対人コミュニケーションの練習とでも思っておこう。

「わかった、じゃあまた来週の放課後にでも」

 そう返答すると、彼女はいつもの可憐な笑顔を見せる。

「はい!ありがとうございます!」

 何故俺が選ばれたのかは不明だが、友達のいない彼女にとっても、俺がいい話相手になっていたりするのだろうか。全く自信はないけど…。

 

 もうすぐ五月になる。桜はとっくに散っていて、あらゆる木々が青々と葉を茂らせている。

 世界が変わっていくような気がした。

 ほんの少し、そんな気がしただけだけれど。



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