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みみきす。

作者: ネクタイ

会社イチ、デリカシーのないセクハラおやじ。

それが彼の第一印象。

なのに、こんなやつに恋なんてするはずないのに。

「耳にキスしてあげようか。」


リリリリ・・・。

「んー、うー。」

「起きて、ほら、起きて。」

「あと5分・・・。」

「昼休み終わったよ。それにほら内線、課長から。」

「すぐ出ます!!」

デスクから勢いよく立ち上がり、急いで内線を取る。

『おはよう、お姫様。ご機嫌はいかが?』

「内線でその呼び方やめてください、課長。業務中の過度な接触や言葉遣いはセクハラですよ。」

『おお怖い、おじさんには生きづらい世の中だね。』

「ご用件は。」

『ん?君のかわいい声が聞きたかった。』

「切りますね。」

『まった、まった。13時半に会議室。』

「会議室?」

『そ、昨日の続き話そう。』

「・・・。」

話は昨日の出来事まで遡る。


「「かんぱーい!!」」

「しっかし、なかなか飲んだりできないね。忙しすぎない?」

「仕事が充実してるってことでしょ。」

「そんなんじゃ男もできないよ。誰だっけ、営業一課の課長みたいなセクハラおやじにいいようにされておしまいだね。」

「湊課長?なんでまた。」

私、竹原理沙たけはらりさは同期で受付嬢のかおりと飲んでいた。

そこで出た同じ営業一課の課長・湊倫太郎みなとりんたろうの話になる。

「だって女の子の扱い方へたくそで有名じゃない、あの人。」

「そうだね、会社イチのデリカシーのなさかも。女の子の扱い方知らないってか童貞かもみたいな?」

「それは気をつけなきゃなあ・・・。」

「そうそう、ほんと気を付けて下さ・・・。」


ガタッ


「みみみみみ。」

「ははっ、セミが鳴くにはまだ早いんじゃないか。」

「でた、湊課長。こんばんは。」

「はい、こんばんは。」

「い、今の聞いて。」

「残念ながら童貞は卒業してるけどね。」

ニコニコと、湊課長は笑ってる。だが、その目は笑ってない。

私は、立ち上がったところから2歩後ずさった。

その私の手を課長がとる。

「ね、かおりさん。」

「ハイなんでしょ。」

「竹原さん、お借りしていい?」

「どうぞどうぞ。」

じゃ、お会計持つねと当たり前のように伝票とお金を店員に渡すと、湊課長は私の手を取ったまま店から出る。

「走ろうか。」

「はい!?」

「いっくよー!」

「えええ!!」

湊課長と手をつないだまま、夜の港区を走り抜ける。

渋滞の真っ赤なテールランプも、街路樹のイルミネーションも全部がものすごい勢いで過ぎ去っていく。

それなのに、綺麗だと思った。


「・・・東京タワー?」

「そ、オレ好きなんだ。」

「へえ、綺麗ですね。でも、なんでピンクなんですか?」

「今日だけだよ。」

「今日だけ?限定なんですか?」

「ピンクリボンって知ってる?乳がん知識啓発活動の一環で行われてるんだ、このイルミネーション。」

「知らなかった。」

「亡くなったんだ、オレの彼女。」

「え?」

いつもの優しい湊課長の声から一転、暗く重い声がする。

その声につられて、私は東京タワーから湊課長に視線を移した。

「3年前、乳がんで。がんが見つかった時にはもう手遅れでさ。一緒にいてあげることくらいしかできなかった。だからこの日は必ず東京タワーに来て思うんだ。次もし大事な子ができたらちゃんと体のこと気遣ってあげようって。そしたら、会社の仲間がさオレにとって大事な子たちになっちゃって。それで気を使ってたらついたあだ名はセクハラおやじ。笑っちゃうよね。ははは。」

「そんな・・・。」

知らなかった。湊課長がそんなこと思ってたなんて。

「東京タワー登ったことは?」

「な、ないですけど。」

「よし、登ろう!」

湊課長は私の手をぎゅっと握ると、そのまま入口のほうへ歩いていく。

その横顔はどこか寂しげだった。


「うわあ!すっごい夜景!!」

「東京が一望できる。いいでしょ。」

「はい、わあーもっと早く知りたかったなあ。」

景色に感動していると、後ろからぬくもり。

・・・?

「ねえ。」

会社イチ、デリカシーのないセクハラおやじ。

それが彼の第一印象。

なのに、こんなやつに恋なんてするはずないのに。

「耳にキスしてあげようか。」

その目に映る夜景すらも綺麗だと思った。


ちゅ


「・・・やっぱりセクハラになっちゃうかな。」

「なんで、なんで耳なんですか。」

「なんでだろうね。」



そして今日13時半の会議室。

コンコン

「どうぞ。」

中から湊課長の声がして、ドキッとする。

いやいや昨日のは何かの気の迷いだ。

本当に?

私は深呼吸をするとドアを開けて入った。

「課長、昨日は。」

「ごめん!!」

「え、は、はあ!?」

そこには華麗に土下座を決める湊課長がいた。

「いくら君のことが好きだからって、いくら昨日偶然あの店で会えたことが奇跡だと思ったからって、上司が部下に手を出していいとは思ってない。殴ってくれてもいい。オレは君に嫌な思いをさせた。」

「そんな。」

「昨日のことは忘れて、今までどおり・・・。」

「できません。」

私ははっきりと断った。

「え?」

湊課長が驚いて立ち上がる。そのまま私の両肩をつかんだ。

「なんで!?オレは君に嫌な思いを!」

「耳なんですよね!?」

「みみ!?一体何のこ・・・あ・・・。」

それに項垂れる姿に私はそのまま抱きついた。

「ちょ、なにして。」

「好きです。私も。」

「え・・・?」

「昨日の元カノさんの話聞いたとき、なんて優しい人なんだろうって。ずっとただのセクハラおやじってことしか知らなくて、もっと知りたいって思って、気づいたら夜景が映り込むその瞳に恋してました。ってこれもセクハラですかね、あはは。」

「竹原さん・・・。」

「耳にキスするのは誘惑ですよね。」

「そうなの!?」

その内容に、驚いて湊課長が仰け反る。

想定通りの反応に、面白くって私は思い切り笑った。

「でも課長が耳にキスする意味は。」


これは、お返しのみみきす。


「意気地なし。」

「そこまで読まれてたか、まいったな・・・。」


甘い口づけはもう少しお預け♡

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