いわゆる一つのついほうけい ~仲間で唯一ズルムケだった俺がパーティを追放されて1週間、伝説の竜を退けてモテモテになった剣について~
注:この作品には暗喩ならびに直喩的なシモネタが含まれます。
注:この作品はエイプリルフール企画として作成されました、第一話のみで続きは(たぶん)書きません。
・ ◇ □ ◆ ・
―――創世記はこう記す。
未だこの世の天地が混沌に包まれていた原初、女神はこの世に降り立ち、世界を今の形に定めた。
大地と海と空と太陽と月、そこを満たす風と土と火を創り、生きとし生ける者を産み出した。
最後に女神は人を創り、これに『剣』を授けた。
全ての男子が18歳に受ける『成人の儀』、その始まりである―――
・ ◆ ■ ◇ ・
「カッツ=ターカー、お前を今日限りでパーティーから追放する!」
「なん、だと・・・!?」
その一言は、昼下がりのギルド内に高らかに響いた。
歓談に興じていた男達は一瞬、ぴたりと動きを止めると次に何事かと視線をさ迷わせ始める。
やがて、声の主である集団―――4人の男達を見つけると、観衆達はひそひそと囁き始めた。
4人の男達の一人、たった今追放を言い渡された黒髪の青年は信じられないような表情を浮かべると、残る3名の側に血相を変えて詰め寄るのだった。
「な・・・何故だマック!俺達は幼き日から、聖剣士―――ソーディアンとして共に戦おうと誓った同士だろう!?」
「はっ!同士だと!?笑わせるな!確かにキサマの言うとおり、かつてはそんな世迷言を吐いた事もあった。だが・・・それも今日までだ!」
「そうだそうだ!」
「理由は・・・!?理由を言ってくれ!それを解消できれば、俺達はやり直せる筈だ!!」
「理由、だと?」
マックと呼ばれた角刈りの小男は鼻で笑うと、逞しい胸筋を誇示するように胸の前で腕組みをする。
彼と、たった今追放された青年―――カッツは幼少のみぎりより共に育ち、競い合ってきたライバル同士だった。
雨の日も風の日も、共に野を駈け、鍛錬に勤しみ、剣に見立てた棒きれを振り回しつつ、聖剣士としての将来を夢見た仲間であった。
だが、あんなに一緒だった二人はもう、居ない。
ランプの灯りが照らす下で、黒髪の青年は悲痛な叫びを上げる。
それに対するマックは、わなわなと右手を震わせるとびし、と眼前の相手に向けて突き付けた。
「理由など明らかだろう!キサマのその・・・い、いやらしい『剣』が、何よりの理由だッ!!」
「そうだそうだ!」
「剣・・・?お、俺の聖剣がいやらしいだって・・・?」
マックの一言に、反射的に青年は己の剣を握りしめていた。
周囲の視線もカッツの持つそれに吸い寄せられ―――同時にどよめきが立ち上がった。
それは、剣と呼ぶにはあまりに巨大だった。
太く、節くれ立ち、長年使い込まれたかの如くどす黒い艶を放っていた。
「わからない・・・。俺の聖剣の、何処が破廉恥だと言うんだ?」
「兄貴!こいつに言っても無駄ですぜ!」
「そうだそうだ!こんなわからず屋に言って聞かせるより、こうして証拠を突き付けた方が手っ取り速いべ!くらえ!!」
「カッツ、オレ達の剣を・・・見ろ!」
そう言い放つと、男達は腰のベルトからそれぞれ一振りの剣を抜き取り、目の前に掲げた。
それらは全て、片手で扱えるサイズの刀剣―――いわゆるショートソードであった。
マックが掲げるのはバゼラルド、先細で取り回しの良い小剣である。
華麗な模様が施された柄の先には赤革のカバーが取り付けられ、刃の部分を覆っていた。
彼を『兄貴』と呼んだ男―――トムが持つのはミゼリコルデ。
慈悲の名を持つ懐剣であり、刺突にしか用途を為さない小さな刃はこちらもまた、肌色の鞘で覆い隠されている。
先程から、そうだそうだと連呼していたボビーの獲物はボウイナイフ。
大ぶりな片刃の刃を持つナイフであるが、やはり革製の白鞘によって先端が覆われていた。
「見ての通り。兄貴含め、皆の聖剣は鞘が付いている・・・」
「聖剣とはかくあるべし。人の世を脅かすモンスターを傷つけられる、この世で唯一の武器。みだりに町中でヌいて良い物じゃあ無いべな」
「この世の男は例外なく、18歳の成人の儀で聖剣を授かる。授かる聖剣は十人十色、無数の形と長さがある。だが・・・。お前のソレは、ズルムケじゃないか!!」
「・・・!?」
マックの言葉に、再び観衆の視線が追放者の剣へと集まる。
あまりに長大すぎるそれは、腰に括りつける訳にも行かずホルダーによってカッツの背に吊るされていた。
そも、かつての盟友が語った『成人の儀』の折、彼の前に現れた聖剣には最初から、鞘が無かったのである。
この世界ではそうした聖剣を『ズルムケ』と呼び、好奇と侮蔑の視線を向けられていた。
「オイオイ、見ろよアレ。丸出しだぜ」「こんな真昼間から、恥ずかしく無いのかねぇ?」「クスクス・・・」
じっと聞き耳を立てていると、周囲から哄笑混じりの囁きが次々に上がり始める。
こういった情報に疎く、己の聖剣に対する周囲の目に気付いていなかったカッツはあまりの羞恥に、たちまち耳まで真っ赤に染まってしまった。
「お、俺の聖剣は・・・破廉恥、なのか?」
「・・・カッツ、かつての同士よ。悪い事は言わん、オレ達の前から今すぐ消えろ。そして二度と、その顔を見せるな」
「恥ずかしいんだよ!おめーのブツはよー!!」
「そうだそうだ!」
「・・・・・・っ!!」
焦燥、羞恥、後悔、そして小さな怒り。
様々な感情でない交ぜになった胸中を悟られぬように、青年はかつての仲間達に背を向ける。
そして、彼等が居た建物―――聖剣士ギルドの扉を開けて走り去って行った。
その後ろでは、いつまでも無責任な哄笑が追いすがるように響いていた―――
・ ◆ ■ ◇ ・
あれから一夜明け、翌日。
カッツは途方に暮れていた。
聖剣士ギルドから逃げ出したあの日以来、彼は町の境界で身を隠すようにして過ごしていた。
聖剣を持つ者、すなはち聖剣士はその責務として、ギルドに所属しモンスターと戦う宿命を持つ。
彼も聖剣士である以上、町の外へ出てモンスターと戦い、撃退証明部位をギルドへ収めなければならなかった。
(だが、ギルドにはあいつらが居るかも知れない・・・)
そう、彼が危惧する通り、再びギルドへ行けば元パーティーの面々と顔を合わせる危険があった。
別に、彼等の言い分など無視すれば良いのだが、それは男のプライドが許さない。
途方に暮れたカッツは思案の末、ひとまずモンスターを狩ることに決めた。
撃退証明部位さえ確保してしまえば、後は彼等と顔を合わせない時間にでもギルドへ行けばよい。
こんな事でコソコソと行動するのもシャクだが、何をするにも先ずは元手が必要だった。
聖剣士である彼が収入を得るには、ギルドを頼る他術は無いのである。
だが―――
「ゲギャギャ!」「ゲギャ!」
「見つけた・・・ゴブリン!俺の剣を喰らえー!!」
「ゲギャ!??(赤面)」
「「ゲギャギャーーー!!!」」
草原をうろつき、迷いゴブリンを見つけてもカッツの聖剣を目にした途端、彼奴等は一目散に逃げて行ってしまうのだ。
何故か頬を赤らめ、チラチラとごん太の長物を熱っぽく盗み見ながら逃げてゆくモンスター達。
―――その背中には、鈍く光るファスナーが付いていた。
ちなみに、ゴブリンとは駆け出しの聖剣士でも簡単に倒せる、最弱のモンスターである。
とにかく数が多く、多数が連携した場合は侮れないが個として見れば、武装した子供と同程度の脅威でしかない。
そんなゴブリンだが、撃退証明部位として緑色の『皮』を収めれば、ギルドから多少の謝礼が出る。
一匹二匹では小遣いの足しにもならないが、数を熟せばそれなりの稼ぎにはなる。
そうすれば、この状況から脱する事も可能になる筈だ。
この町を捨て、別の町を拠点にする事も―――
「なのに、何故・・・。どいつもこいつも俺を見ると逃げ出すんだ!?」
もう何度目になるかもわからない戦闘が『モンスターはにげだした!』で終わった後、カッツは悔し気に拳を握りしめる。
苛立ちを吐き出すように、側にあった立木を殴りつけると、重い音を立てて幹が軋みを上げた。
幼少の頃から、聖剣士を目指しカッツは鍛錬を続けてきた。
誰よりも走り込み、身の丈を超える木剣を振り回し、膂力も背丈も誰も敵わなかった。
聖剣士としての将来を渇望される金の卵、それがかつての彼に対する周囲の評価だった。
それが、このザマだ。
鍛錬のお陰か、長大なモノを振り回すことも難なくできるが、ただそれだけでは話にならない。
「それもこれも、お前を授かっちまったからだ。恨むぜ、女神様・・・」
背負っていた聖剣を抜き放ち、胸の前で刃を垂直にして構える。
カッツの聖剣は処刑人の剣、両刃長剣に分類される珍しい形状の剣である。
子供の胴体程もある刃には複雑な刃紋が浮かび、脈打つ血管のような妖しげな艶を放っていた。
その先端は反り返り、切先は杵のように平らになっている。
通常の刀剣類と比較し、全体の重心が先端部分に寄っており、遠心力を利用して鈍器のように振り回す造りとなっていた。
「まあ、物に当たってもしょうがないか。近場で駄目なら、遠出するまでだ―――」
そう一人ごちると、己の剣を背負いなおしカッツは立ち上がる。
彼が向かう先は町を取り囲む平原の先、鬱蒼と茂る森の奥であった。
そこは一人前の聖剣士の狩場であり、無数のモンスターが犇めく危険地帯でもある。
普通ならば、駆け出しの彼が向かうなど命を捨てるようなもの。
ギルドから注意が入るような行為であるが、今の彼を止める者は誰も居ない。
かくして、若き聖剣士は危険な森を目指して一人、平原を進み始めるのであった―――
・ ◆ ■ ◇ ・
一方、聖剣士ギルド。
厄介者を追い出した4人組は、意気揚々と祝杯を上げていた。
「「「「ウェーーイwwww」」」」
「兄貴!恥知らずのズルムケ野郎が居なくなってせいせいしたぜ!」
「そうだそうだ!あいつが居なくて酒がうまいっぺ!!」
「フッ、よせよオマエ等。仮にも一度は同士と呼んだ相手、そう虐めてやるな。まあ、この期に及んでおめおめと顔を見せるようなら、オレも容赦はしないつもりだが・・・」
がちん、と卓の上で四つのジョッキがぶつかり、エールの泡が飛び散る。
生ぬるい酒精を一気にあおった後、始まるのは追放された某人物への遠慮のない非難だった。
それを形だけ抑えると、口の端を釣り上げてマックはぐびり、とジョッキの中身をあおる。
「ハア、ハア。にしても、あの野郎言いつけ通りどっか行っちまったな」
「奴にしては聞き訳が良かったと言えるな。まあ、奴も聖剣士だ、こうしてギルドで待ち構えていればそのうち向こうからやって来るだろう。その時は・・・」
「ヤッちまうって訳だな!ハアハア!!」
「その通り。・・・おい、ところでオマエ、さっきから鞘を弄って何をしている」
「ハア。これはその、鞘のところをこうやってコスるとなんだか、イイ気分になって来て・・・ウッ」
「そうだそうだ!おいらも時間さえあればイジッてるんだべ!」
「フッ。オマエ等、一人遊びも程々にな・・・」
片手で柄を、片手で皮製の鞘を持ち、コスコスと上下させる男共。
彼等の頬は上気し、その瞳は爛々と輝いていた。
仲間が皮オナに興じる一方、リーダーたる彼は卓の上に愛用のバゼラルドを置き、ニヒルに笑みを浮かべる。
その手を小刻みに、卓の上へと剣を押し付けている。
彼は床派であった。
・ ◆ ■ ◇ ・
あれから3日が経った。
相変わらずモンスター達はカッツを見ると、正確にはその剣を目にした瞬間に逃げてゆく。
危険地帯に這入り込むとあり、万が一の事態も覚悟していた彼であったが、その現状には嘆息する他無かった。
モンスターとは、人類を脅かす脅威そのものである。
この世界には獣と男、そしてモンスターしか居ない。
町で暮らす男達は家畜やペットといった形で獣を利用し、生活に役立てている。
一方、モンスターは時折人里に現れ、家畜を攫って行くのだ。
時には、村人たる男達を攫い、己の住処へ連れてゆくこともある。
そうした場合は、聖剣士ギルドがその救出を担い、モンスターの領域へと踏み込んでゆく。
幸いにも行方不明者が見つかる事もあるが、大抵は消息不明のままだ。
数少ない生還者たちは皆、頑なに攫われていた間の出来事を語ろうとしない。
何故か頬を染め、遠くを見つめたまま沈黙を守るのだ。
「俺がそうなる可能性も危惧していた・・・。だが!何故どいつもこいつも逃げて行くのだ!!」
憤りのままに青年が叫ぶ。
この数日、様々なモンスターと遭遇した。
ウルフの群れも、屈強なるオークも、地響きを立て森を闊歩するトロールも。
最弱のゴブリンのように、悲鳴を上げて黒光りするモノから逃げ出してしまった。
埒が明かないと、姿を見せないよう木立に隠れ、不意打ちの一撃を喰らわせたりもした。
そういった相手も最初は戦意を見せるものの、何故か目を丸くしてカッツの聖剣に見入った後、実に恥ずかしそうに逃げてゆくのだ。
(そして、何故だか知らんがそういう手合いに限って、俺のことを付けまわしている・・・!)
視界の端に映る茂みに視線を向けると、ウルフ、オーク、コボルドにトロールといった多様な面々が暗がりの中からこちらを伺っていた。
一見、危険な状況なのだが、何故か一定の距離を保ってこちらへ踏み込んでこない。
逆にこちらから距離を詰めようとすると、きゃっと恥ずかし気な悲鳴を上げて逃げてゆくのだ。
理解不能な状況だった。
だが、『皮』は集まった。
聖剣士はギルドに対し、モンスターを撃退した証明として、その皮を収める義務がある。
聖剣で傷つけられると、モンスターは逃げ出し『皮』の切れ端を残すのだ。
これが聖剣士の主たる役割であり、日々の糧を得る手段でもあった。
「卑怯な不意打ちで得たとはいえ、背に腹は代えられん。これを元手に他の町で再起を図るとしようか・・・」
そう一人ごちると、カッツは荷物を纏め立ち上がる。
これまで野生の草木を齧って飢えをしのいでいたが、そろそろそれも限界だ。
補給の意味でも、ここらで町に帰るほか無いだろう。
元パーティーに鉢合わせするかも、という不安はある。
が、そうせざるを得ない以上、戻る他無いだろう。
青年は意を決すると、町へ向けて脇目も振らず歩き始めるのであった―――
・ ◆ ■ ◇ ・
カッツが帰路についてより2日。
思ったより深部に踏み込んでいたせいか、森から抜けるのにそれだけの時間を擁してしまった。
陽は既に落ち始め、遠く見える太陽は幾分その色を紅く変えつつある。
「あまり遅くならないうちに換金してしまわないと・・・はっ!?」
半ば癖になりつつある独り言の途中で、青年は信じられないものを目にし言葉を切った。
生まれ育ち、慣れ親しんだ町。
その外壁が崩れ、町の各所からは煙が上がっている。
遠く聞こえる、さざ波のような悲鳴、怒号、剣劇の音。
それらが草原の只中にまで響いていた。
「敵襲・・・モンスターか!?」
カッツは一瞬、その場に立ち止まると、全身を覆う疲れを忘れ一目散に走り出した。
モンスターは通常、己の領域で暮らし人の領域へ踏み込んでこない。
その例外となるのが、規格外の大型モンスターが起こす『渡り』の進路に人里があった場合だ。
先頭となる大型モンスターは、その背後に無数の小型・中型モンスターを引きつれ、さながら百鬼夜行のごとく立ちはだかるもの全てをなぎ倒す。
今、町を襲っているモンスターの群れには、その首魁たるボスモンスターが居る筈だ。
ボスモンスターは脅威そのもので、ベテランの聖剣士でも討伐任務には二の足を踏むという。
それが、今、カッツの故郷を荒らしている。
(俺に、できるのか・・・!?)
ボスモンスターを倒し、町への襲撃を収束させる。
それが成れば、彼を取り巻く状況も一気に改善するであろう。
しかし、それは不可能とほぼ同義である。
だが―――
「やれる、気がする。いや・・・やるしかない!!」
森での短い時間で、彼は確かな手応えを感じていた。
モンスターにとって彼の聖剣は恐るべきモノで、はるかな格上相手でも十分に通用する。
たとえボスモンスターであっても、一太刀入れる事ができれば戦況を変えられるかも知れない。
そうした決意を胸に秘め、青年は草原を走る。
そして、半ば瓦礫と課した門をくぐり、彼は町の惨状を目にした。
「ウワーッ!」「助けて!助けて!!」「連れて行かないでくれぇぇぇ!!」
町の中では逃げまどう人々が、無数のモンスターに追われていた。
通りの向こうではウルフの群れが聖剣を構える戦列に飛びかかり、その右手ではたっぷりした腹を波打たせ、両肩に男を担いだオークが視界の外へ消えて行く。
屈強なるオークは人攫いの達人だ。
彼奴等に攫われた男達の未来は暗い、そんな事には・・・させない!!
「うおおおお!カッツ=タッカーはここだ!モンスターどもよ、俺を見ろォォォォ!!」
背から大人の背丈ほどもある聖剣を抜き放ち、天に掲げつつ、叫ぶ。
町を覆っていた狂騒が一瞬止み、周囲の視線が青年に―――青年が掲げる黒くて太くて硬いモノへと集った。
「キャアアアアアア!!?」
「ゴフッ!ゴフゴフッ!!」
「逃げる者は追いはしない!向かってくる者は・・・叩き切る!!」
小型・中型のモンスターから一斉に黄色い悲鳴が上がり、混乱した様子で一目散に逃げ出した。
一方、筋肉質な肉体をオーバーオール一枚に収め、惜しげも無く岩のような胸筋を晒したオーク達は血色立って青年目掛け走り出した。
その瞳は眼光鋭く、一直線に肉弾となってカッツの元へと押し寄せる―――!!
「うぉおおおおおおおおらァッ!!!」
「キャアアアアア!!??」
迫るオークの群れに対し、カッツが取った行動はシンプルだった。
長大な処刑人の剣のリーチを活かし、先手を取る。
腰だめに構え、タイミングを合わせて横薙ぎの一撃を敵集団に向け放つ。
サイズオーバーの肉体を収めていた肩ベルトごと、オーク達の胴体にぞぶり、と肉厚の刃が潜り込んだ。
そのまま、横一直線に振り抜き敵集団をまとめて押し返す。
肩ベルトが千切れ、ぱつん、と音を立てて大胸筋をさらけ出したオーク達。
「!?エッチ!エッチ!!」
「今更だが、それは何の冗談だ・・・?いや、ただの鳴き声か」
何故か慌てて両手で胸をかき抱くと、背中を向けて町の外へと逃げ出してしまった。
オークの群れが町の外へと消える様子を見送ると、カッツはため息をついて聖剣を背負う。
次の瞬間、周囲から怒号のような歓声が上がった。
「ウォオオオ!すげえ!あんたすげえよ!!」
「そ、その剛直・・・ゴホン。逞しいモノは君の聖剣かね?助かったよ」
「い、いや。俺はただ、出来る事をしたまでで・・・」
それまで途方にくれ、助けを求めていた町人が、モンスターの群れに苦戦していた聖剣士達が、カッツの周囲に集い口々に感謝の意を告げる。
青年はそれを困惑混じりの表情で迎えると、胸中に確かに感じる手応えに密かに口元を綻ばせていた。
その時。
『ゴギャアアアアアアア!!!!!』
「ヒッ!」「うわっ!?」「ギャア!」
「い、今のは一体・・・?」
「ち、近いぞ・・・。さっきまで姿を消してたのに!そうだ、敵にはあいつが居るんだった・・・」
「あいつ・・・?」
空をつんざくような轟音が、周囲を満たす。
それは、如何なるモンスターとも似つかぬ、恐怖を呼び起こす声であった。
歓喜に包まれていた群衆はたちどころに、顔を青くして周囲を見回し始めた。
それを首を傾げ見つめていたカッツの前で、一人の男が空を指差す。
「いた!あいつだ!!」
「ウワァァァァァ!逃げろォォォォ!!」
「いや、だからあいつって何―――うぉおおおお!!??」
蜘蛛の子を散らすように逃げ出した人々を前に、一人首を傾げるカッツ。
その周囲に影が落ち、急に曇りになったのかと天を仰いだ青年は、頭上を覆う信じられないモノを目の当たりにした。
それは、一匹のモンスターだった。
3階建ての建物をゆうに超える体高、鱗に覆われた皮膚、4つの瞳に宿る灼熱の太陽。
半ば崩れ落ちた門に片方の前脚を掛け、双頭の地竜がこちらを睥睨していた。
世界最大のランドドラゴン―――イツァム=ナー。
全長150mを超え、トカゲのように爬行する翼をもたない竜種でありながら、最強のモンスターとして名が上がることもある生ける災害。
彼の竜が移動した先にあったものは全て破壊され、その跡には瓦礫しか残らないという。
理不尽の体現、大地の化身、撃退不可能の代名詞。
それが、今、カッツの頭上に存在していた。
『・・・フンッ!』
「うぉわあああああああ!!?」
しばし、カッツの背にあるモノを4つの瞳で眺めた後、地竜が取った行動は『嘆息』だった。
ただそれだけで、竜巻のような暴風が巻き起こり、木っ端のように吹き飛ばされた青年は宙を舞う。
周囲の瓦礫ごと巻き上げられた青年は、悲鳴を上げながら回る視界の中なんとか姿勢を保とうとする。
が、しかし、努力空しく地面に叩きつけられると、降り積もる瓦礫の中、暗くなってゆく視界を最後に意識を途切れさせるのだった―――
・ ◇ □ ◆ ・
あれからしばらく。
全身を襲う痛みに意識を取り戻したカッツは、閉ざされた視界の中で周囲の様子を伺う。
四肢は―――動く。
聖剣は―――ある。
女神から授かり、己を窮地に追い込みもした剣は変わらず、背中にくくり付けられていた。
そして、瓦礫に覆われた周囲はうまい具合に隙間が出来たのか、両手両足を問題なく動かせる程度のスペースがあるようだった。
(不幸中の幸い、だな。早速ここから抜け出して、生き残りが居ないか探そう―――!?)
行動を開始することに決めたところで、周囲を不意に地響きが襲う。
ぱらぱらと振って来る小石の向こう、瓦礫の隙間から覗く大通りに、信じられないモノが垣間見えた。
(イツァム=ナー・・・!!)
町を襲い、先程はカッツを一蹴したあの化物が、向こうからのしのしと歩いてくる。
まだかなりの距離がある筈だが、そのサイズから町並みが人形劇のセットのように見えていた。
一歩、また一歩と歩む度に、通りの両側に立ち並ぶ家々が踏みつぶされてゆく。
その光景にぎり、と歯ぎしりする一方、青年はこの状況にチャンスを見出していた。
(奴はまだこちらに気付いていない。一太刀入れられるとすれば、最大まで接近した瞬間だけだ・・・!!)
至近距離にまで接近したところで、彼奴のどてっ腹に聖剣をブチ込む。
奴を倒す―――否、一矢報いるには、それしかないだろう。
青年は息を殺し、その瞬間を待ち続ける。
まだか?・・・まだか?・・・・・・まだか?
(今だ・・・ッッッ!!!)
前脚が通り過ぎ、後脚が間近に迫ってきたその時。
瓦礫の山をはねのけ、カッツは空目掛けて飛び上がった!
「ウォオオオオーーー!!」
『ゴギャッ・・・!?』
目論み通り、奴はこちらの事に気付いていなかった。
勇気を振り絞った叫びに、2つの首を動かしたが時すでに遅し。
黒き聖剣を突き出し、天目掛けて流星となったカッツが巨体に突き刺さる。
―――唯一の誤算は、叫び声に驚いてイツァム=ナーが反射的に腰を落とした事であった。
(!!!???)
手応えがない、皮を切り、刃を沈める感触が手に返ってこない。
代わりに、青年の視界は真っ暗闇に包まれていた。
四方を生暖かく、異様なニオイがする壁に包まれている。
そう―――彼は、地竜のケツの穴に頭から聖剣ごと突っ込んでいた。
『ゴギャア!?ゴギャアアアア!!??』
一方、突然の異物感に地竜はおおいに錯乱した。
長大な身をよじり、おけつに脚を届かせようとする―――が、上手く行かない。
対するカッツもまた、混乱していた。
くさい。
何故だかとてもくさい。
しかも苦しい、ほとんど息ができない。
だが―――手応えあり。
苦し紛れに伸ばした剣の先に、確かに感じる『皮』の感触があったのだ。
「ならば―――俺は貫くのみ!うぉおおおおおおお!!!!!」
『ヒギャアアアアア!!???』
ありったけの力を込めて、聖剣を『上』へと突き出す。
それだけに留まらず、全身をくねらせて狭い壁の中を這い進み始めた。
ぞぶり。
鉄の塊を通し、『皮』を突き破る手応えに青年は口の端を歪める。
「俺はどうなったっていい!聖剣よ!俺の魂に応えろオォォォォ!!!」
『アッーーーーーーー!!!』
カッツの絶叫に呼応するように、処刑人の剣が光に包まれた。
―――女神に授かりし剣には、時折固有のスキルに目覚めるものがある。
彼の場合、それは『奥底を叩くモノ』。
突き刺した聖剣を高速振動させ、モンスターを倒す絶技であった。
たった今、直腸を越えてS字結腸の最下部に突き刺さった聖剣はうなりを上げ、極彩色に輝きながら敏感な壁をコスり上げる。
青年は叫んだ。
地竜も叫んだ。
そして、次の瞬間。
『アオオオオオオ!!!』
「なんと―――!?」
脱糞。
凄まじい量のウ○コと共に、すぽーんとカッツの身体は聖剣ごと宙に放り出される。
一瞬の浮遊感の後、青年は身体ごと石畳の上に叩きつけられた。
言葉も出せず悶絶していた所に、上からドカドカと大量のウ○コが降り注いだ。
正しくフンだり蹴ったり。
一方、イツァム=ナーの方も大変だった。
身体の内側から傷つけられ、挙句の果てには脱糞。
敏感な所を刺激したりするからそうなるのである。
気分よく散歩していた所に、これだ。
居ても立ってもいられず、最強の地竜はその場から一目散に逃げ出したのであった。
後に残されたのは瓦礫の山ではなく、聳え立つようなクソの山と、クソ塗れの英雄が一人。
この事態に、町は沸いた。
史上でも類を見ない、新人聖剣士による伝説のモンスター撃退である。
町の復興もそこそこに、カッツは新たな英雄として町長の屋敷に招待された。
そして、その場で聖剣士ギルドであった『不幸な行き違い』は訂正され、舞台の立役者には莫大な報奨金が支払われた。
加えて、彼にはギルドから『二つ名』が贈られた。
『二つ名』とは、偉業を成した聖剣士に与えられる、ギルドからの呼び名である。
カッツ=タッカー、人呼んで『くそみそ○クニック』。
彼は、諸々の始末が付いたその日にひっそりと、町から姿を消した。
・ ◇ □ ◆ ・
そして。
事件の余波は、予想だにしない結果を招いていた。
この世のどこかに存在するという、モンスター達の領域―――『魔界』。
魔界の住人達の間で、今、一際ホットなとある話題があった。
曰く―――その人間は、単身であのイツァム=ナーを退けたという。
曰く―――その男が持つ剣は、太く、たくましく、類まれな名器だという。
曰く―――かの聖剣を味わった者達は例外なく、ギラついた目つきで聖剣の主を付け狙っているという。
―――創世記はこう記す。
未だこの世の天地が混沌に包まれていた原初、女神はこの世に降り立ち、世界を今の形に定めた。
大地と海と空と太陽と月、そこを満たす風と土と火を創り、生きとし生ける者を産み出した。
最後に女神は人を創り、これに『剣』を授けた。
だが、真実は異なる。
女神は人―――男に『剣』を授け、女に『皮』を授けた。
モンスターとは、女が被る化けの皮である。
彼女達は女同士で集って町を築き、国を作り、そこに―――『魔界』に暮らしている。
彼女達は繁殖期になると、男の領域へ遠征して気に入ったオスを連れ帰って来る。
判断の基準は、腰のモノの良し悪しだ。
短い奴は回数に富み、長い奴は満足感が違う。
そして―――あの聖剣はモノが違う。
太さ、長さ、テク、その全てが別次元。
カッツ=タッカーは狙われている。
全魔界のモンスター達から、ギラついた獣の眼光が彼一人へと向けられていた。
唯一人、当の本人だけはそれを知らない。
―――かくして、青年は聖剣を授かり、追放されて1週間でモテモテになった。
彼の未来に、幸多からんことを―――