1話 暁の紅
プロローグ
「闇鬼だー!」
見張り台から叫び声が聞こえる。
エレクニアは仲間に声をかけながら外へ駆け出した。
「エレくん。」
向こうからサーニャが走ってくる。
「サーニャ!来るのか?」
「変異の時期。」
サーニャの隣を研究員用の馬車が併走している。
「気をつけろよ!また後で!」
「うん。」
サーニャが馬車に乗り込むと、エレクニアは指笛を吹いた。
1 赤髪の聖騎士
「あぁ〜〜…今日の闇鬼強かったぁぁ…」
そう言いながら食堂のテーブルに突っ伏すエレクニア。
「おつかれさまです、なにか頼んで来ましょうか?」
そう話しかけたのはエレクニアの部下、クルート。
「カフェオレー…砂糖もねー…」
「了解です!」
クルートは張り切ってカウンターに向かった。
エレクニア達は聖騎士軍だ。
聖騎士軍とは、マスターロディックの元、闇鬼という謎の怪物から大都市ロークタウンの人々を始め世界中を守るための軍。
1番強いメンバーが集まるダイヤモンドナイトや遠距離部隊、特殊部隊、先制部隊、研究部隊、援助部隊、攻撃部隊があり、エレクニアは特殊部隊のリーダー。
クルートはサブリーダーだ。
「おまたせしました。」
「ありがとう。」
クルートは正義感が強く、間違っていると思うとエレクニアが諦めるまで反対する時もあるしっかりした部下。
エレクニアも気に入っている。だが。
「エレク隊長、そろそろ御相手の1人に俺を入れてくれてもいいんじゃないですかぁ……?」
クルートはエレクニアが大好きだ。
「うるさい。タイプじゃない。」
エレクニアは無性別、いわゆるエックスジェンダー。
そしてパンロマンティックという相手を性別で選ばない恋愛をする人物。
この世界で相手にしていい人数に決まりはない。
なので男女ともに何人でも相手になれるが、エレクニアにももちろんタイプはある。
「こーんな完璧なイケメン部下の何が嫌なんですかー?」
「ナルシストかお前は。」
他の部下達は大抵こういう時周りでニヤニヤしながらこちらを見るだけだ。
なので永遠にクルートの猛攻撃が終わらない。
カフェオレに大量の砂糖を入れながら、いつも通り時が経つのを待とうと思った所でマスターロディックの秘書であるアニシアが来た。
「聖騎士軍特殊部隊隊長エレクニア・ペディルトリック、マスターロディックがお呼びです。」
特に何かやらかした覚えはなく、何事かとクルートと顔を見合わせる。
「悪いクルート、ちょっと行ってくる。」
「あっ、はい!」
エレクニアが席を立った時には、アニシアは既に食堂の扉の外にいる。
「早ぇなぁ…」
エレクニアは小走りでアニシアを追いかけた。
アニシアについて行き、マスターロディックのいる最高管理室へ。
アニシアが扉を開けると、中からマスターロディックが豪快な笑顔で出迎えてくれる。
「おぉ!エレク!来たか!」
「お久しぶりです、マスターロディック。何か御用ですか?」
マスターロディックのテンションに合わせるとアニシアからの蹴りが飛んでくるのでここでは態度を改めなければならない。
「実は、お前に移動命令がある。」
「移動…部隊のですか…?」
やはり何かやらかしたのだろうか。
「そうだ。実は、お前をダイヤモンドナイトの一員にしたい。」
一瞬、意味がわからなくなった。
「えっ?!」
一拍置いて拍子抜けするエレクニアをスルーし、マスターロディックはタバコを吸いながらどんどん話を進めていく。
「ちょっ、ちょっと待ってください!どうしていきなり?!」
混乱して聞いたエレクニアに、マスターロディックはタバコの煙を吐き出してから冷静に答えた。
「どうしてって、もちろんお前が優秀だからだ。最近はミスを1度もしていない。それどころか一撃で撃破する時もあった。ダイヤモンドナイトに向いている。」
以上だ、とこちらを見るマスターロディックの瞳に反対の余地はない。
「光栄です!」
仲間と離れてしまうだろうが、ダイヤモンドナイトは昔からの憧れだ。
自分の実力が認められた、そう思うと寂しさより嬉しさが上回る。
「特殊部隊の引き継ぎ等はそっちでやってくれ。来月からお前はダイヤモンドナイトだ。」
頑張れよ、と肩を叩かれ、エレクニアのやる気がいっそう上がった。
「はい!ありがとうございます!失礼します!」
エレクニアは元気よく最高管理室を出た。
さっそく食堂に戻り、クルート達部下の姿を探す。
「エレク隊長!皆さん先に生活棟に戻りましたよ。」
クルートがそう言いながら走ってきた。
生活棟とはみんなが生活している寮のような場所。大体の施設が揃っている。
「わかった、みんなを第1ホールに集めておいてくれ、大切な報せがある。」
「わかりました!」
張り切った様子でクルートが走り去ると、不意に後ろから声をかけられた。
「ダイヤモンドナイトになるんだって?」
それは、エレクニアが大好きな声。
「ルライア!」
「よっ。」
笑顔で振り向いたエレクニアに、彼、ルライア・ロークタージは爽やかな笑みを見せる。
ルライアはロークタウンの時期王子。
少し変わり者でお調子者だが頭の回転が早い。
実は、エレクニアの彼氏であったりする。
彼氏とは言ってもこの世界に恋人の人数の制限は無い。実はエレクニアも二人持ちだったりする。
「暇だから来たよ、ロディックからエレクがダイヤモンドナイトになるって聞いてさ。」
大抵「暇だから」は嘘。仕事が無くならないくらいある筈なのだが。
「真っ先に来てくれたの?嬉しい、ありがとう!」
「ふふ、おめでとう。そうだ、これお祝い。」
そう言って渡してくれたのはプレゼント。
開けてみると、中にはアンティーク調の写真立てが入っていた。
時計と一緒になっている。
「わあっ!すごい!ありがとう!!」
「あぁ。安物ではあるけど喜んでくれたなら良かったよ。あっ、部下待たせてるだろ?行ってやれよ。また来るからさ。」
クルートと別れてからかれこれ5分は経ってしまった。そろそろ行かないと心配して飛んでこられる。
「わかった、じゃあ、また後でね!プレゼントありがとう!!」
「おう!」
2 夢幻の記憶
部下たちに報告すると、意外にも沈黙が帰ってきた。
「つまり、エレク隊長は特殊部隊の隊長じゃあ無くなるんですか?」
クルートからの質問に、まぁ、そうなるな、と答える。
一気に部下達がざわめき出す。
「そんな!来月とは言っても急すぎますよ!俺たちあなたがいない状態でどうすれば…!」
不安そうなクルートに、エレクニアは笑顔で答える。
「そこでだ!俺の跡をクルートに継いでもらいたい。つまり、隊長だ。」
さらにその場がざわめき出す。
「お、俺が?!」
「そう。で、新しい副隊長は、リート、お前だ。」
リート・エルリーナ。エレクニアの幼なじみで気弱だが的確な指示は頭に浮かぶし、正義感もクルートくらい強い。あとはそれを発言してもらうだけだが人見知りなのでなかなかできない。
ということで副隊長にして強制的に発言させようという考えだ。
「ぼ、僕に副隊長は無理ですよぉ…。」
「お前の指示があれば、みんな今の倍の力を得る。クルートと2人で、僕の代わりになってくれ。」
エレクニアのその言葉で、2人の表情が少し緩む。
そして、気持ちが定まったようだ。
「「はい!光栄です!」」
その後、解散した後にクルートが話しかけてきた。
「エレク隊長、本当におめでとうございます。」
「ありがとう。クルートも、みんなと部屋に戻っていいぞ。あとは個人で自習でもしててくれ。」
「はい。あの…」
「どうした?」
「今月第3日曜日、休日じゃないですか。実は、最後に2人で出かけたいなと…その…記念に…。」
確かに、ダイヤモンドナイトは常に忙しく、特殊部隊で月一の休みはダイヤモンドナイトにはないため、出かけるのなら今月が最後だ。
クルートに会う機会は圧倒的に減るだろうし、ここで思い出を作っておいて損はしないだろう。
「わかった、じゃあ第3日曜日に。」
エレクニアがそう答えると、不安そうだったクルートの顔が一気に明るくなる。
「…!…ありがとうございます!!」
クルートはスキップしそうな勢いで部屋の方へ走っていった。
そんな第3日曜日は忙しい日々の中すぐに訪れた。
休日とはいえ私服厳禁。制服の状態で街を歩く。
更には外出時は闇鬼の急襲に備え常に武器を常備する。
街の見回りのようになってしまうが、たくさんの聖騎士軍の人達が出歩く中だとあまり目立たない。
少しクルートをからかってやろうと今日は長い髪を縛る初めてのスタイル。
5分前に来たはずだが、待ち合わせの噴水の前には既に見慣れた緑髪の彼が。
「エレク隊ち…?!?!」
思った通りの驚きようだ。
「お前早いな!悪い、待たせて。」
「いっ、いえ!いいい今来たところです!!」
顔を真っ赤にしてこちらを見るクルートを見ているとオシャレではなくからかうために髪を縛ったことが申し訳なくなる。
オシャレなど興味ないが。
「じゃあ、行こうか。行きたいとこある?」
「はい!いろいろあります!隊長も行きたい所あったら言ってくださいね!」
あぁ、と頷いたものの、いつも街に出ても見回りしかしないほど物に執着がない。
改めて観光気分で街を見ると、ロークタウンはやはり綺麗だ。
「ありました!ここの雑貨屋です!」
トワールエイレント、ロークタウンの昔の言葉で「宝石」という意味だったか。
中はアンティーク調の雑貨が多く、ロークタウン土産としても有名な店のようだ。
「わっ、高…」
商品はどれも200タルズ(1000円)以上。
制服に合いそうなブローチを見つけたが、480タルズ(2400円)。
「俺が買いますよ。あっ、これ俺も買っていいっすか…?」
つまりお揃いがしたいんだな。
「わかった、いいよ。ありがとう。」
ぱあっと表情が明るくなると、クルートはブローチを2つ持ってレジへと向かった。
ふと、見覚えのある商品を見つけ記憶を探る。
アンティーク調の、時計と合体した写真立て。
「あっ…」
ルライアから貰ったものだ。
無意識に値段を見て、思わず声をあげそうになった。
5000タルズ(25000円)、かなりの高額商品だ。見なかったことにして、戻ってきたクルートに笑顔を向ける。
買ってきてもらったブローチをつけてから、2人で色々な店に行った。
夕方、最後に訪れたのは夕日で有名な観光スポット。
「すげぇぇ!!綺麗!!」
柵から身を乗り出し興奮するエレクニア。
「海に落ちないでくださいよ。」
そういうクルートも目を輝かせて夕日を見ている。
「あの、2人で写真撮りません?せっかくですし。」
「そうだな!こんな景色初めて見た…!」
夕日をバックにシャッターを切る。
「次出かける時は俺がダイヤモンドナイトになった時のお祝いですかね?」
「なれたらな。」
そんな冗談を交わしながら、太陽が沈み切るまで2人で空を眺めた。
3 暗黒の腫瘍
「闇鬼だー!!!大量の闇鬼だ!!!北の平原!北の平原に襲来!!!」
深夜に響くその声にベットからガバッと起き上がる。
ズボンを履き替え上は着替えかけのまま剣を窓から持ち外へと飛び出した。
ここは5階。普通なら骨折等はするだろう。
だが、エレクニアは違う。
落下速度低下のため空中でくるりと1回転する。そして両足で全身に衝撃を逃がしながら着地、すぐさま再び走り出す。
特殊部隊の他メンバーが玄関から続々と走ってくる。
ハンドサインでクルートに合図を送り、エレクニアは指笛を吹いた。
だんだんバッサバッサという羽音が聞こえてくる。
後ろからも指笛の音が聞こえ、羽音や足音が聞こえてくる。
いつの間にかエレクニアの横で飛んでいたのは小型の飛竜。
エレクニアはそれに乗ると、簡単な手綱をつけ空へと舞い上がった。
特殊部隊は生き物とともに戦う。
入隊した時に相棒を選び、相棒と一生共に戦うのだ。
エレクニアの相棒である飛竜はカサルトスという名前で、相棒を選ぶ際に懐いてきた。
そんなカサルトスは飛ぶのがとても速い。
エレクニアが服のボタンを閉めている間にあっという間に闇鬼の群れの元へたどり着いた。
「ルトス!」
相棒のあだ名を呼ぶと、カサルトスは闇鬼に向けて火球を吐いた。
闇鬼は大抵弱いため、特殊な攻撃をしなくても倒すことが出来る。
ふと、ほかの部隊や仲間はまだたどり着いていないことに気付いた。
「僕達だけで倒そうぜ!」
そのまま頑張れ、という意味でカサルトスの頭をぽんぽんっと叩いてから剣を抜きつつ地面へ飛び降り、着地とともに剣を振るう。
得意とする蹴り技も織り交ぜながら、まうように剣を振るい、近づく闇鬼を一網打尽にしていった。
数は多いが強さはいつもより弱い。ほかの部隊や仲間もたどり着き、さらに闇鬼を圧倒していった。
「エレク隊長!流石です!」
闇鬼が残り僅かになった時、クルートがこちらに走ってきた。
近くでは彼の相棒の狼龍レクロスが戦っている。
「最後まで気ぃ抜くなよ!」
「はい!」
クルートが得意とするのは剣術。エレクニアに劣らない見事な剣さばきだ。
一人一人、得意なものがありそれを駆使して闇鬼を倒す。それが聖騎士軍の戦い方だ。
地面が見えないほどだった数の闇鬼は、20分ほどで全て倒した。
「勝ったぞー!!」
その声にわぁぁぁぁぁっと歓声が上がる。
「エレク!今日も大活躍だったな!」
そう肩を叩いてきたのはダイヤモンドナイトのリーダー、エーデリア・クロッグハーツ。
男勝りな女性で、リーダーになるほどには強く、先制部隊出身。その頃からだいぶ噂になっていた。
「ありがとうございます!明日からよろしくお願いします!」
「楽しみにしてるぞ。」
明日はエレクニアがダイヤモンドナイトになる日。
前日に闇鬼襲来とは不吉だが、圧倒したという点では幸先がいい。
「エレク隊長!数人負傷してしまっているので先に戻りますね!」
今度はいつの間にか離れていたクルートが走って戻ってきた。
「ああ!大丈夫か?」
「はい!任せてください!」
下降してきたカサルトスを撫でながら、平和が戻った平原を見渡した。
それぞれの隊の生活棟に戻っていく仲間たちを見送ると、自分達もそろそろ行こうかとカサルトスに乗ろうとする。
その瞬間、カサルトスが唸った。
「カサルトス?」
カサルトスの視線の先には、さっきまではいなかった人影が。
いや、人ではない。
飛翼や角があり、闇鬼と人間の間のような見た目だ。
「誰だ。」
エレクニアがその影に問いかけると、何も答えずに近付いてくる。
剣を抜き、再び問いかける。
すると、ようやくその影は話し出した。
「ふふふ、警戒しないでください。私はあなたに危害を加えに来たのではない。」
足が動かなくなるような不思議な違和感に襲われ、足を確認する。
何もなく、再び前にむくと、その影は目の前に来ていて、顔や表情がはっきり見えるほどだ。
「ッ?!」
逃げようとしても、攻撃しようとしても足が動かない。
隣でカサルトスが唸っているが、同じく動けなくなっているようだ。
久しぶりに感じた、死への恐怖。
震えもしない足にイラつきを感じる。
男の首に絡みついた蛇がこちらを見ている。
「可愛いでしょう?もう時期立派な闇鬼になります。人間を飲み込む大蛇にね。」
「お前は…何者だ。」
自然と声が震えた。
「私は、全ての闇鬼の親。この世界の王になるべき者です。」
闇鬼の、親。つまりこちらでいうロークタージ家。
「今日はあなたに交渉に来ました。エレクニアさん。」
「なぜ僕の名を…?!」
男はにこやかに笑った。糸目で常に笑顔なのが逆に恐ろしい。
「あなたに、闇鬼側に来ていただきたい。」
「…は?」
「聖騎士軍ではなく、我々闇鬼の味方になっていただきたいのです。」
そんなことにYESと答える聖騎士が何処にいる。
「そんなこと、無理に決まっt…」
「そう言うと思いました。」
男が、エレクニアの右肩にスっと手を置く。
朝日の光なのか、一瞬赤い光が見えた。
男は登ったばかりの太陽を背景に、にこやかに言い放つ。
「強行手段で申し訳ない。」
歴戦ノ琥珀 1話 暁の紅 [完]