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世界最強猫と私  作者: ひなたひより
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第7話 猫が結んだ縁

 休み明けの月曜日、学校に行ってみると、先日ミースケが言っていたことはやはり本当だった。

 ボコボコにされた不良たちのことは噂になっていた。しかし誰にどうしてボコボコにされたのか曖昧になっていた。

 痛めつけられた不良たちは、何が起こったのかをよく覚えていないらしく、事情を聞いた学年主任は、とにかく誰かに殴られたとしか聞いていないらしい。

 何故、あれほど衝撃的な記憶が吹き飛んでいたのかは分からないものの、その方が都合がいいのに違いはない。

 口々に噂をする生徒の間で、そのうちに色々な尾ひれがついて、三年生にやられたとか、他校の生徒が乗り込んできただとか、様々な憶測とデマが流れた。

 ちょっとした事件はただの喧嘩として、生徒たちの間で片付けられたのだった。



 そして放課後。

 恭子の所属している水泳部は、シーズン前の今の時期は部活の無い日があった。そして今日はその日だった。

 先週の一件が大した騒ぎにならず、意外と何事もなかった一日の終わりに中学生の女の子にとって特別なことが起こった。

 下校しようと靴を履き替えようとしたところ、靴の中に、小さく折られた手紙が入っているのに気が付いたのだ。


「えっ? えーっ!」


 ひょっとしてラブレター?

 憧れてたけど、ホントに私の身に起こってるの? マジで?


 通りがかる生徒達を気にしつつ、ドキドキしながら綺麗に折りたたまれた手紙を開いて読んでみる。

 そして恭子はその場で真っ赤になった。


 片瀬恭子様。

 突然このような手紙を書いてしまい申し訳ありません。

 どうしてもあなたにお伝えしたいことがあります。

 宜しければ放課後、生徒会室に来て頂けないでしょうか。

 お待ちしています。


 ホントに? 多分、いや、絶対これはラブレターだわ。


 丁寧に描かれた、品のある筆跡にドキドキが収まらない。

 大きく息を吸って吐いた後、恭子は手紙をポケットにしまって踵を返した。

 生徒会室は三階にある。

 フワフワした足元で、階段を上がる恭子の頭の中には、想像を超える妄想が広がっていた。


 生徒会室ってことは生徒会の誰かよね。生徒会長の増田先輩かしら? イケメンだけど彼女がいるって噂だし、でも、知らない間に見初められてたりして……えーっ、返事どうしよう。お付き合いしちゃうの? いやいや、まだ増田先輩のことあんまし知らないし、ここは慎重に……。


 生徒会室の前まで来てみたが、ここへ来て怖気づいてしまっていた。


 この扉を開けたら、きっと恋が始まる。


 人生初のラブレターの後に、人生初の告白がこの扉の向こうで待っているのだと思うと、なかなか開ける勇気が出てこなかった。

 扉の取っ手に手をかけたまま躊躇していると、背中から声を掛けられた。


「片瀬さん」


 勿論、恭子は飛び上がった。

 このタイミングで不意に声を掛けられたら誰でもそうなる。

 恭子は心の中で慌てふためく自分を、表に出さないように振り返った。

 そこには先週、校舎裏で不良たちに絡まれていた男子生徒がいて、やや伏し目がちにその場に立ち尽くしていた。


「あ、野村君」


 おかしなタイミングで、葛藤していたシーンを色々見られていたであろう男子に声を掛けられた恭子は、取り敢えず表向き平静を保ったまま笑顔を見せた。


「片瀬さん、この間はその……」


 昨年同じクラスだったが、殆ど話をしたことも無い男子生徒。

 野村という苗字は知っていたが、名前も分からない。

 大人しい、何時もうつむき加減のこの少年は、今日に限って必死な面持ちで、あまり話をしたことも無い女生徒に語りかけていた。


「この間は、本当に、その……ありがとう」

「あ、あれね、いいのいいの。気にしないでね」


 お礼を言いに来たのか。野村君には悪いけど、今はこの扉の向こうに大事な用があるのよ。


 じゃあねと、笑顔で軽く手を振ったのだが、少年はそこから一歩も動かない。

 まだ何か言いたそうにしている。


「えっと、野村君、ちょっと私、生徒会室に用があって……」

「うん。ごめんね。呼び出して」

「え?」


 恭子は一瞬だけ混乱した。

 今の少年のひと言を、普通に解釈したならば、彼が手紙を書いたことになる。


「えーと。野村君が私に手紙をくれたってこと?」

「ごめん。どうしても二人きりで話したくてそれで……」


 落胆と共に落ち着きが戻って来た。まあ色々想像してしまったが勘違いだったらしい。


「どうして生徒会室なの?」

「あ、僕、将棋部なんだ。今日は部活が無くって、部室だったら落ち着いて話が出来るかなって思って。でも片瀬さんは将棋部の部室知らないかも知れないし、隣の生徒会室に来てもらった方が分かり易いだろうなって思ったんだ」

「そうゆう訳だったんだ」


 それから将棋部の部室に通された恭子は、少年と将棋盤を挟んで、敷いてもらった座布団に正座していた。

 あまり日当たりが良いとは言えない部室には、西日が僅かに入って来ていた。窓の外にある大きな楓の樹が、かなり日差しを遮っているようだった。

 差し向いに座る少年の顔に、まだら模様に射し込んだ光が当たっている。

 部屋には言いようの無い独特な匂い。

 こうして向かい合っていると、なんだか今から将棋を指そうかという感じになっていた。

 湯気のたつ湯呑が、盤の上に置かれているので、将棋に誘ったのでは無いことは分かった。

 それにしても将棋の盤というものは、普通のテーブルと比べるとその面積はかなり狭い。その近さからか、差し向いに座る少年は明らかに目のやりどころに困っているようだ。

 さっきからあちこちに目を移して落ち着きがない。目が泳いでいると言うのは、差し詰めこうゆう感じなのだろう。

 そんな感じで、なかなか話を始めない少年に、恭子は焦れだしていた。


「話って何?」


 こっちから訊いてみた。


「うん。そうだ。あの、先週はありがとう」


 それはさっき聞いた。どうもテンポの良くない少年だ。


「あの、それでこれ、片瀬さんに……」


 そう言って少年は、用意していたらしい紙の包みを手渡してきた。


「これは?」

「あの、お礼と言っては何なんだけど、とにかく気持ちです」


 包みを開けてみると栗饅頭が入っていた。

 見覚えのある上品な包装に、恭子は目を丸くした。


「翔風堂の栗饅頭じゃない! 私の一番大好きなやつだ」

「え、そうなの? いやあ、そうだったんだ……」

「一日限定二十個しか店頭に並ばないお宝商品よ。開店前から並ばないと買えないはずじゃあ……」

「え、いや、たまたま通りがかって買っただけだから……」

「しかも二個入ってる。一人一個って決まってたはずだけど……」

「ああ、妹とたまたま通りがかってそれで……」

「どうして野村君と妹さんが食べなかったの?」

「いや、どうしてだったかな……」


 目を泳がせ続ける少年は、恭子の質問に焦っているように見えた。


「まあ、いいわ。ね、お茶も有るし、ここで一個ずつしない?」

「え? 僕はいいよ。片瀬さんのために並んで買ったやつだから」

「え? たまたまじゃなかったの?」

「そうだ。たまたま。そう、たまたま並んで買った。間違いないです」

「ふーん」


 どう見てもたまたま買った感じは無かったが、ありがたく頂くことにした。


「じゃあ、私が一個、野村君が一個ね。たまたま買ったんならいいでしょ」

「うん……」


 そして二人で大きめの栗饅頭を一口食べた。

 少年は味わいながら何度か頷いた。


「美味しい……」

「ね。美味しいでしょ」


 久しぶりに食べた好物の栗饅頭。

 恭子はちょっと幸せだった。

 目を閉じてその上品な甘さを味わい、お茶を飲もうと手を伸ばした時、差し向かいに座る少年の熱い視線に気付いた。

 少年は恭子と目が合い、慌ててまた視線を泳がせる。


「あの、それで話って……それだけ?」

「まあ、そうなんだ。それと一年の時の分も今言えたらって思って」

「あ、鞄の時の?」

「うん。片瀬さんにずっとお礼を言いたかったのに、機会を逃してなかなか言い出せなかったんだ。長い間お礼を言ってなくて本当にごめんなさい」

「ああ、そんなのいいんだよ。野村君って律儀なんだね」

「まとめてみたいになっちゃったけど、本当に感謝してます。ありがとう」


 どうやら話は終わったみたいだ。食べ終わった恭子は、ごちそうさまを言った後、それじゃあと腰を上げかけた。


「片瀬さんって猫飼ってるんだね」

「え?」

「あの時、片瀬さんと一緒だったよね」


 ミースケの話題が出たので、頭の中に緊張が走った。

 不良たちは何一つ憶えていなかったのに、この少年はあれを憶えているみたいだった。


「猫? んーと、どの猫の事かな」

「たしか白と縞模様の雑種の猫だったかな。片瀬さんの飼い猫じゃないの?」

「あー、ミースケのことね。それがどうかした?」

「片瀬さんを庇って、あいつらに飛び掛かって行ったよね。勇気ある猫だった。それに比べて僕は……」


 おかしい。一部始終を見ていたはずなのにこの反応。不良たちをあっという間に地に這わせた猫のことを不思議がらず、自分の不甲斐なさを悔やんでいる。

 

 この場合どうしたらいいのかな。気付いていなければそれでいいわけだけど、胡麻化しといた方がいいのかな。


「あのね、ミースケはさ……」

「片瀬さんの猫を、僕は見習いたい」

「え?」

「まるで片瀬さんみたいだった。理不尽なものに颯爽と立ち向かった姿は本当に素敵だった」


 そして、全く目を合わそうとしない少年は、頬を真っ赤に染めながらこう言った。


「やっぱり飼い主に似るのかな……」


 恭子はもうこの時点で気付いていた。少年はどちらかといえば猫のことよりも目の前の少女に関心がある。

 必死で隠そうとはしているものの、つまりは好きだという気持ちがだだ洩れだった。

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