第52話 闇の猟犬
真っ白に発光したミースケの体は、渡り廊下を一瞬まばゆい光で染め上げた。
その光に呼応するかのように、月夜の空に徘徊していた無数のカラスが向きを変えた。
ガシャン!
渡り廊下の窓を突き破って、最初の一体が飛び込んできた。
準備万端で待っていたミースケは、狙いすました波動を放つ。
ドン!
ミースケの一撃でカラスは吹き飛んだ。
しかし、その後も次から次へとカラスは窓ガラスを割って渡り廊下に侵入してきた。
ある程度波動を乱射して数を減らしてから、ミースケとトラオは恭子たちが待つ階段の踊り場まで退いてきた。
「こっち側に誘い込む。あいつはカラスの擬態を解いて追いかけてくるはずだ」
ミースケの言ったとおり、渡り廊下から階段上に現れたのは、三頭の犬だった。
大型のドーベルマン。まさに闇の猟犬だった。
ドーベルマンは真っすぐにミースケに飛び掛かって来た。
ミースケは体に波動を纏いつつ、突進をかわす。
「キョウコ、一階へ行け!」
「分かった!」
ミースケとトラオが狭い階段の途中で入り乱れているのを背にして、恭子と忠雄は一階の廊下へと走った。
壁を背にした廊下は見通しがいい。
月明りが射し込む長い廊下は、何者かが侵入してきたとしたも、すぐに確認できそうだった。
ガシャン。
恭子の視線の先、十五メートルほどの窓ガラスが割れた。
あのカラスが窓を破って侵入してきたのだ。
「片瀬さん。僕の後ろに隠れて」
忠雄が恭子を庇うように前に出た。
校内に入ったカラスは変形し、見慣れた小動物へと変化した。
「ウサギだわ」
見た感じは可愛い姿だが、怪物が擬態しているだけの危険な相手だった。
ウサギは猛スピードで跳ねながら二人に向かってきた。
「片瀬さん、下がって。ここは僕が」
「いいえ。あいつは私が相手をするわ」
恭子は忠雄を制して、スッと前に出た。
「野村君には黙っていたけど、私、実はすごいんだから」
そして恭子は右手を突き出した。
ドン!
らせん状の波動が恭子の掌から飛び出した。
波動は光の帯を引きながら、真っすぐに突進してきたウサギに激突した。
至近距離でまともに波動を食らったウサギは、吹き飛ばされて消滅した。
呆気に取られている忠雄の目の前で、恭子はほっとした顔で大きく息を吐いた。
「私の波動でも倒せた……」
ずっと特訓して、ようやく手ごたえを掴んだばかりの波動が、実戦でうまく機能してくれた。
こうして忠雄を守れたことに、余裕はないものの、恭子は笑みを浮かべた。
「すごい。片瀬さん。君は……」
「黙っててごめんね。私もちょっとだけどミースケみたいなことができるんだ。野村君は強い女の子は嫌い?」
「そんなこと無いよ。やっぱり片瀬さんは凛々しくって素敵だ。僕は全然役に立ててなくて恥ずかしいよ」
「そんなこと無いよ」
恭子は忠雄の手を取った。
「私を庇ってくれた野村君、とっても素敵だったよ」
流石に暗いので分かりにくいが、お互いに赤面しているのは間違いなかった。
その時階段から激しい物音がしてきた。
ドン!
階段の先を見上げた恭子は、クルクルと回転しながらこちらに飛んで来たものに慌てて手を広げた。
回転しながら恭子の胸に収まったのはトラオだった。
「トラオ! 大丈夫?」
「ああ。ナイスキャッチだ。キョウコ」
腕の中のトラオは片腕がなかった。恭子はそれを目にして蒼白になった。
「トラオ、腕が、腕がなくなってるじゃない」
「ああ、犬に波動を撃たれてな。かわしたつもりだったんだけどやられちゃったよ」
「やられちゃったよって、大怪我じゃない。病院に連れてかないと」
「なあに、大したことないさ」
トラオは恭子の腕の中で口元をニッと吊り上げて見せた。
「俺は猫だけど、絶対者なんだぜ。このくらいなんともない。まあ見てろ」
トラオは失った片腕の付け根に黄緑色の目を向けると、「フンッ」と気合を入れた。
すると一瞬で片腕が元通りになった。
「なに! どうなってるの!」
おかしなものを目にして、恭子は目を丸くした。忠雄は何も言わずに口を開いたまま呆気に取られている。
「フフフ。俺様はな、ちょっとやそっとじゃやられない体なのさ。たとえ首から上を吹き飛ばされたとしても……」
「講釈はいいから、元気なんだったら早くミースケに加勢してきて!」
「なんだよ。猫づかいの荒いやつだ」
ぶつぶつ言いながら、またトラオは階段の踊り場に跳び込んでいった。
それから廊下に跳び込んできたカラスの怪物を、恭子は二体ほど片付けた。
階段でもみ合っていたミースケたちは、じりじりと後退して、一階の廊下にまで降りてきた。
「ミースケ!」
「キョウコ、無事か?」
「うん。こっちは大丈夫」
ミースケは階段を降りてくる怪物と闘いながら、恭子の安否を気遣った。
暗いのではっきりとは分からないものの、恭子にはミースケの息が上がってきているのが感じ取れた。
そしてトラオもまた相手の波動を食らったのだろう。尻尾が半分ほど消失していた。
「ミースケ! 私も加勢する!」
「駄目だ!」
相手の攻撃を捌きながら、ミースケは強い口調で恭子を止めた。
「こいつは波動を持つものを優先して攻撃してくる。みだりに波動を撃てばキョウコにも波動を撃ち返してくる」
「じゃあ、私はどうしたら……」
「さっき話していたとおり、マズいと思ったら逃げろ。お前が無事ならなんとかなる」
そう言ったミースケにはまるで余裕がなかった。
前回この怪物と対峙した時はトラオの加勢で逆転できたが、今回闘っている怪物の本体はそうはいかないみたいだった。
またじりじりと後退し、とうとう怪物は一階の廊下まで降りてきた。
先程は三匹の大型犬だった怪物は、今は異様な姿に変貌していた。
人間の体に触手の頭部が載っている。
ギリシャ神話に登場する、蛇の髪の毛を持つメドューサのような頭だった。
その頭部から伸びる触手で翻弄し、時折両手から波動を放つという厄介な相手に、ミースケとトラオの連携をもってしても有効な一撃を加えることができない状況だった。
先程ミースケが恭子に言った、最悪の状況が現実味を帯びてきだしていた。
疲弊し始めたミースケの動きが、目に見えて鈍くなってきている。
トラオも懸命に伸びてくる触手に対抗しているが、完全に劣勢であることは恭子にも分かった。
ドン!
そして激しい衝撃音と共にミースケの体が宙を舞った。




