第51話 決戦の時
初デートの興奮は、ベッドに入ってからも収まらなかった。
特別な一日が終わり、恋をしている自分に戸惑いを覚えながら、今日あったことを繰り返し反芻してしまっていた。
それでも一日の疲れから、ようやく眠たくなってきた頃、大きな欠伸をした恭子の胸の上で、ミースケが耳をピクピクと動かし顔を上げた。
「どうしたの?」
何かを警戒するようなその反応に、恭子は少なからず緊張を覚えた。
そのまま布団から出て行ったミースケは、スッと二本足で立って窓の外を見上げた。
「ミースケ?」
恭子の問いかけにミースケは応えない。
恭子はミースケの隣に座って、窓の外を同じように見上げた。
「あれが見えるか?」
「あれって?」
明るい星が瞬く窓の外。
目を凝らすと、月明りの中を黒いものが飛んでいた。
「蝙蝠?」
「いいや、鳥だ。カラスのようだ」
窓を開けようとした恭子を、ミースケは止めた。
「開けるな。気付かれる」
「気付かれるってまさか」
「ああ、前に闘った奴の本体だ。体を細かく分裂させてカラスに擬態して飛び回っている。俺たちの居場所を探っているみたいだ」
「そうなの? それにしても凄い数だわ。百羽ぐらいいそう」
月の明かりに浮かび上がった無数の烏たちは、恭子の目に禍々しく映った。
「ここでしばらくじっとしていよう。ここまで近づいているとすれば見つかるのは時間の問題だが、トラオが来るまで待った方がいいだろう」
「トラオがここへ?」
「ああ、トラオのことだ。もう気配に気付いて、こっちに向かっているだろう。合流したら家を出る。キョウコも動きやすい服に着替えておけ」
「うん。分かった」
ジャージに着替えて待っていると、ミースケの言うとおり、トラオはしばらくして現れた。窓を開けてやると、ぴょんと跳んで入って来た。
「やはり来たな。あいつらに気付かれないうちに、闘いやすい場所へ移動しよう」
表情が乏しいので分かりにくかったが、トラオの口調からは、ただ事ではない緊張感が感じられた。
「闘いやすい場所か……」
ミースケは尖った二つの耳を細かく動かしながら、何処を戦闘の舞台にしようかと模索している。
「空を飛ぶ敵を相手にするには、閉鎖された空間におびき寄せないとマズいだろうな。この近くでひと気のない広くて閉鎖された空間と言えば……」
「学校はどう?」
恭子は思いついたままを口にした。
「学校か。この時間なら誰もいないだろうし、あいつを迎え撃つにはうってつけだな」
ミースケは何度か頷いて恭子の提案に乗った。
「よし。学校に向かおう。キョウコ、自転車を出してくれ。学校に着くまで、俺は自転車の籠に乗って波動の痕跡を極力消しておく。それで学校に着いたら波動を放出してあいつらをおびき寄せる」
「いよいよ決戦なんだね」
「そうだ。キョウコ。今夜で片を付ける」
両親に悟られないよう家を出た恭子は、月明りの中、自転車の前籠に猫二匹を詰め込んで、学校を目指そうとした。
そこにキーッとブレーキの音をさせて、あの野村忠雄が現れた。
「野村君? どうして……」
「いや、なんだか胸騒ぎがして、居ても立っても居いられなくなって……」
忠雄はなぜ自分がここに来ているのか、自分でも困惑しているようだった。
前の時もそうだったが、忠雄は不思議なタイミングで恭子の前に現れる。
本当は忠雄を巻き込みたくはないが、じっとしている訳にもいかず、そのまま自転車に跨った。
「じゃあ野村君はトラオをお願い。今から学校に移動してこの間の奴と対決するの」
「うん。分かった」
あの怪物を思い出したのだろう。忠雄は必死に緊張を押し殺しているようだった。
「野村君、大丈夫?」
「え? も、勿論だよ」
「無理しないでいいんだよ。私はミースケとトラオがいるから大丈夫だから」
「いや、ぼ、僕も行くよ。君の傍にいるって決めたんだ」
こんな時なのに二人とも紅くなった。
しびれを切らしたのか、前籠に乗っているミースケが二人を振り返った。
「そろそろいいか?」
「あ、ごめん。じゃあ出発ね」
走り出してすぐ、籠に収まっているミースケが振り返って恭子に蒼い目を向けた。
「キョウコ。これが最後の闘いだ。あいつは全力で俺たちを始末しに来る。俺とトラオとであいつを迎え撃つ」
「うん。きっとミースケとトラオならあいつに勝てるよ」
「ああ。応援しててくれ。でもな、もし俺たちがまずい状況になったら、迷わずお前は忠雄と全力で逃げろ。いいな」
その言葉にはいつもの余裕がまるでなかった。
「ちょっと待って。このまえみたいに二人だったら勝てるんだよね」
「そうだと言いたいところだが……」
ミースケは揺れる前籠で一度座り直した。
「分からないんだ。俺にもこの先が見通せない」
その言葉には何か深い意味が隠されていそうだった。
「だから、俺たちが不利だと思ったらすぐに逃げろ。分かったな」
「そんな……ミースケたちを置いていけないよ。私も波動を撃てるんだし、その時は加勢する」
「駄目だ。キョウコの波動ではあいつに歯が立たない。とにかく逃げ切って深夜零時まで持ちこたえてくれ」
「どうして深夜零時なの?」
「いいから言うとおりにしろ。もし危機的状況でも、その時間になれば必ずそれを覆す何かが起こる。俺を信じろ」
「うん。分かった……」
確信を含んだミースケの言葉に、恭子はこれ以上疑念を持たなかった。
きっと今回は熾烈な闘いになる。そんな空気の中、自転車は学校に到着した。
夜の学校に来たのは初めてだった。
自転車を停めた恭子と忠雄は、どうやって入ろうかと二人で相談し始めた。
「フェンスを上るしかなさそうだね」
「うん。それしかないよね」
そう決めた時に、ミースケは門にかかっている太い鎖に爪を一閃させた。
鎖は真っ二つに両断され、呆気にとられる二人の前で、今度は重い鉄製の門をトラオが片手ですんなりと開けた。
「ちょっと、鎖を切っちゃったりしたらマズくない?」
後のことをまるで考えていなさそうな二匹に、恭子は苦言を呈した。
「こんなもの、あとで何とでもなる。さあ行くぞ」
二本足でスタスタと門をくぐっていく二匹に、恭子と忠雄は仕方なしについて行った。
校内に入る玄関扉の鍵を、猫パンチの一振りで叩き壊し、二匹と二人は学校に侵入した。
「ねえ、やっぱりこれってマズくない? 見つかったら怒られるだけじゃすまないかも」
障害になるものを何でも壊して回るミースケに、恭子は後ろから声を掛けた。
「気にするな。これも世のため人のためだ」
「そうなのかな? まあ、あんなのがウロウロしてたらみんな危ないんだろうけど……」
二階の渡り廊下のちょうど真ん中あたりで、ミースケは足を止めた。
「ここなら丁度いい」
ミースケは蒼い目を輝かせて、窓越しに遠見に見えているカラスの大軍を仰ぎ見た。
「今から波動を全開にする。恭子と忠雄はそっちの階段の踊り場に隠れていろ」
「分かった。ミースケ、トラオ、気を付けてね」
「ああ、やってやるさ。忠雄、キョウコを頼んだぞ」
「うん。僕が必ず片瀬さんを守るよ」
「良く言った。流石俺の見込んだ男だ」
ミースケは口元を吊り上げてニッと笑って見せた。
「じゃあ行くぞ」
ミースケの体が真っ白に発光した。
恐らく忠雄の目には見えないその光は、恭子の視界を一瞬だけ昼間のような明るさに彩った。




