第50話 初デート猫付き
ミースケとトラオが同伴となると、当然のことながら普通のデートというわけにはいかない。
自転車で行ける涼しいショッピングモールに行って、二人で色々見て周ろうかと計画していたのだが、猫二匹を連れていけるところと限定してしまったため、この炎天下の中、少し遠出することになった。
なるべく涼しい緑道を選んだが、気温は三十四度。二人とも汗だくになって自転車をこぎ、ようやく噴水のある公園までやって来た。
足を浸けれる浅いプールと、噴霧器がある整備された公園で、ようやく二人はひと息ついた。
靴と靴下を脱いでひんやりとした水に足を浸けると、二人とも至福の表情になった。
当然ながら足が水に濡れるのを嫌う猫二匹は、つまらなさそうな顔で二人を眺めている。
やっと汗がひいてきた二人は木陰のベンチに移動し、途中コンビニに寄って買ったジュースをゴクゴク飲んだ。
ミースケとトラオには、忠雄が家の冷蔵庫から持ち出してきたチクワを食べさせておいた。
トラオはガツガツと食べ終えてから、ゲフッと行儀悪くげっぷをした。
「まあ美味かったけど、どうせなら涼しいどっかの店内で食いたかった」
「そうだな。どうせなら涼しい所でダラダラしたかった」
ミースケも賛同した。言いたい放題の二匹に、恭子はイラっとさせられた。
「あんたたち何言ってんのよ。あんたらのせいでここになったんじゃない。チクワを奢ってもらえただけでもありがたいって思いなさいよね」
恭子の話を聞いているのか聞いていないのか、ミースケとトラオはその場で毛づくろいをし始めた。
「ちょっと、ここで寝る気? もう、マイペースなんだから。ねえ、野村君からもなんか言ってやって」
「うん。えっと、そうだね、二人とも僕たちのためにご苦労様。感謝しています」
ミースケとトラオは礼を言われて機嫌を良くしたみたいだ。
トラオはベンチで足を伸ばして寝そべりながら、忠雄に黄緑色の目を向けた。
「ああ、いいってことよ。少年よ。俺がちゃーんと見ておいてやるから心配するな。あとちょっと背中が痒いんで掻いてくれ」
忠雄に背中を掻いてもらって気持ち良さげげなトラオを見て、ミースケも自分もやってくれと恭子にすり寄ってきた。
仕方なく恭子も背中から尻尾の付け根までを掻いてやる。
ミースケは喉を鳴らしながら目を細めて満足げな顔をした。
「なあキョウコ。俺たちに構わず、忠雄と色々してくれていいんだぞ。遠慮しないでいいんだからな」
いや、無理だから。あんたらのそのやらしい視線を何とかしなさいよ。
得体の知れない怪物がまだ残っているんで仕方のないことだが、この二匹がついて回るとなると、なんだか落ち着かない。
お陰で手を繋ぐことも出来やしない。
そう思った時に、唐突に自分が少年と手を繋ぎたいのだということに気が付いた。
トラオの背中をボリボリと掻かされている忠雄の横顔を、恭子はそっと見る。
猫の背中を掻きながらも、忠雄は近くにいる恭子に緊張しているように見えた。
恭子は自分と同じ気持ちで少年がここにいることを察して、嬉しく思った。
そしてこれから、この少年とこの夏休みを共有できることを幸せに思い、その先の未来も彼と一緒なのだろうなと、何気なく思い描くのだった。
野村君と私とミースケと、ちょっとうっとおしいトラオがずっと一緒だったらきっと楽しいんだろうな。
恭子はそんなことを考えながら、また強い陽射しの中へと足を踏み出す。
そして少年に向かって手を差し伸べた。
「いこ」
少年は驚いた顔をしたあと、顔を真っ赤にして少女の手を取る。
「うん。行こう」
夏は始まったばかり。
やかましい蝉の鳴き声の中で、少年と少女は今、夏の中へと跳び込んだ。
思い出深い夏の一日が終わった。
少年と次の約束をして、手を振って分かれたあと、恭子は僅かに少し涼しくなった帰り道を急ぐ。
自転車をこぎながら、恭子は籠に収まっているミースケと会話する。
はた目から見れば、一人で喋っているように見えるのではないだろうか。
特別だった今日という日を、少女は夢中になって猫に話す。
猫はそんな少女の話を楽し気に聞いている。
もうすぐ日が暮れる。
夢中になって時間を忘れてしまっていた。
そんな一日にもゆっくりと黄昏が訪れ、長く伸びていた影はいつの間にかどこかへ消えていく。
そして籠の中のミースケが振り返って、楽しげに話す恭子に蒼い目を向けた。
「良かったな。今度はいつ会うんだ?」
「明後日。また午後から今日の場所で待ち合わせ」
「そうか。俺も行きたいな」
「なあに? どうせくっ付いてくるくせに」
恭子が鼻で笑うと、ミースケは黙って前を向いた。
それから家に帰るまで、恭子はずっと楽しそうにミースケに話しかけていた。




