第49話 夏休みの計画
恭子の所属する水泳部は、夏休みに入れば本格的な活動シーズンに入る。
練習が終わってプールサイドに集まった部員が、先輩から受け取った夏休み期間の予定表は、お盆休み以外、殆ど練習で埋められていた。
日曜日はかろうじて休みではあるものの、そのうちの数日は試合が入っていた。
これが体育会系の恐ろしい所だ。昔ほどではないにしても、体力と根性で乗り切るしかない計画表に、恭子は大きなため息を吐いた。
びっしりと予定の埋まった部活の計画表を目にして、渋い顔をしていたのは恭子だけではない。しかし、なにかと都合をつけて休む部員の多い水泳部の部員たちは、恭子ほど落胆しているわけでは無さそうだった。
部活に燃える恭子ではあったが、お付き合いを始めたばかりということもあり、少しは忠雄との時間を作りたいと考えていた。
部活を終えて、校門前で待っていた忠雄と夏休みの予定表を見せあうと、周二回しか活動日のない将棋部との差が半端なかった。
「すごいね。こんなに練習があるんだ」
忠雄は真っ黒に埋まった計画表を見て、ただ感心していた。
「野村君の方はスコスコだね。夏休み中にトーナメントあるって言ってたけど、腕がなまりそうだね」
「部活はこれでいいんだ。空いてる日は将棋会館に通うつもりだよ」
「将棋会館?」
「うん。けっこう強い人がいっぱいいるんだ。あとネットでも対戦出来たりするよ」
「へえ、じゃあ大丈夫だね」
部活の話題はさておき、このままではなかなか会えそうにない。下手をすれば学校があるときの方が融通が利くぐらいだ。
恭子は、取り敢えず何とかしようと歩きながら知恵を絞った。
そして恭子と同じく、忠雄もそのことで頭を回転させていたようだ。
「片瀬さん」
「はいっ」
集中していたので変な感じで返答してしまった。
「あの……練習と試合があって、取り敢えず七月はなかなか空きが無さそうだね……お盆休みは帰省するって聞いてたし、強化練習の終わった翌日の六日は休みみたいだけど、きっとお疲れだろうし、とすると、お盆休みのあとの日曜日か……」
さっきざっと見ただけで予定表を記憶したみたいだ。さりげなくすごい人だった。
「野村君、午前練のときなら午後から空いてるよ。そこで遊ぼうよ」
「いいの? 疲れているんじゃない?」
「平気だよ。帰って着替えて、それから遊ぼうよ。野村君が都合のつくときにさ」
「僕はいつでも大丈夫。片瀬さんの予定が僕の予定なんだ」
「そんなの駄目だよ。野村君の都合の悪いときはちゃんと言ってね」
恭子が気を付けていなければ、忠雄は無理やりにでも時間を作りそうだ。そうゆう所もちょっと嬉しい恭子だった。
「じゃ、じゃあ、いきなりかもだけど、夏休みの初日なんてどうかな……」
「うん。約束ね」
誘ってもらえた嬉しさに恭子の笑顔がはじける。忠雄は猛烈に赤くなりつつ、恭子をのぼせたような顔で見つめていた。
そしてとうとう夏休みに入った。
午前練を終えて一度帰宅した恭子は、お昼ごはんをパッと済ませてバタバタと支度を終えて、早速家を出ようとした。
リビングにいた母が慌ただしい恭子を引き止める。
「恭子、どこかへ行くの?」
「うん。ちょっとね」
「そうなの? まあいってらっしゃい」
自転車を引っ張り出そうとすると、すでにミースケが籠の中で陣取っていた。
「なに! ついてくるわけ?」
「当然だ。俺は恭子から絶対に離れない」
「ちょっとは遠慮してよー」
ずしりとした前籠のせいで、ハンドルが取り回し辛い。
自転車に猫を乗せての初デート。
やや自転車の重量は増えたものの、恭子の踏み込むペダルは軽かった。
爽快な夏の雲が青い空に白く映える。
蝉の鳴き声を心地よく感じながら、恭子の赤い自転車は、軽快に住宅街を走り抜けていった。
通学の時にいつも待ってくれている三差路に、紺色の自転車に跨る忠雄の姿があった。
そして前籠にはトラオがすっぽりと収まって、鋭い目つきを恭子たちに向けていた。
「お待たせ、野村君。待ったんじゃない?」
「いやいや、たった今着いたところだよ」
忠雄がそう言うと、籠に収まっていたトラオが吐き捨てるように付け足した。
「おせーよ。どんだけ待たせんだよ」
どうやらトラオは忠雄にくっついて行動を共にしていたようだ。
「なんであんたがここにいるのよ。私は野村君と待ち合わせしてたの。あ、でも野村君ごめんね。ちょっと遅くなっちゃった」
「いえいえ、もう全然。片瀬さんが来てくれただけで夢のようです」
アツアツの二人を前に籠に収まったままの二匹の猫は、またいやらしい目つきをしている。
そしてトラオが野良猫らしい図々しさで割って入って来た。
「さあて、これからどこ行くんだ? 取り合えずなんか食いたいんだけど」
「なんであんたのペースなのよ。おかしいでしょ」
軽くトラオにキレた恭子にミースケも注文を付けてきた。
「さっさと行こうぜ、できれば涼しいとこがいいな。あとあんまし人が多くない所がいい」
好き放題言い出した二匹の猫に、忠雄は困った顔をし、恭子は軽くめまいを覚えたのだった。




