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世界最強猫と私  作者: ひなたひより
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第45話 オス猫のプライド

「おまえのせいだからな」

「しょうがないだろ。あんなことされて黙ってられるか」


 帰宅してすぐにミースケとトラオは揉めていた。

 それは先ほど忠雄の家で行われた勉強会で、無理やり着せられたフリフリの服にブチぎれたトラオが、妹の千尋を叩いた件であった。

 ミースケは薄いブルーのフリフリを着せられ、トラオはピンク色のフリフリを着せられていた。

 恭子もその姿を見たが、確かに酷い格好だった。

 不貞腐れるトラオに、ミースケはさらに不平を浴びせる。


「俺はキョウコのためにあの辱めを耐え抜いたってのに、お前はなんだ」

「あんな屈辱的な格好をさせられて黙ってられるか。あんなおかしなひらひらした服を着せられてるとこを、もし近所の猫連中に見られたらどうすんだ。言っとくが俺はこの界隈では男らしい猫で通ってんだ。ダンディな俺様がじつはオカマだったとか、変な噂を流されでもしたらどうすんだよ」

「そこ、こだわるところか?」


 ミースケが前に言っていたが、トラオはトラジマの猫に完璧に擬態し過ぎて、絶対者としての自分を見失っているのだという。つまり身も心もオス猫のトラオだということらしい。


「俺だって雄猫としてのプライドがある。それをあの忠雄の小憎たらしい妹は土足で踏みにじってくれたんだ。ああ、殴ったよ。殴って何が悪い?」


 相当腹が立っているみたいだ。トラオはミースケが不平を言うのも聞かず開き直った。

 猫同士がもめている間、恭子は自分の机に向かって頬杖をつき、大きなため息を吐いていた。


「はーーー」


 そのため息を耳にして、揉めていた二匹が恭子の方に首を向けた。

 ミースケは不満顔のトラオの背中をバシッと叩いた。


「ちゃんとキョウコに謝れよ」

「おれだって、キョウコの邪魔する気はなかったんだよ……」


 しょげかえるその姿に、流石のトラオも悪いと思ったのか、恭子の足元にやって来てスリスリと体を擦り付けて機嫌を窺った。


「いいよ、あんたのせいじゃない。だからちょっと、そっとしておいてくれない?」


 トラオのスリスリに一瞥もせず、恭子はまた大きなため息をついた。

 間違いなく告白寸前までいっていたあのタイミングだった。

 一生で一度の初めての告白を、トラオの肉球に踏みつぶされたのだ。それは落ち込むのも無理はなかった。


「悪かったよ。謝るよ」

「だからいいって。もうほっといて」


 泣き出しそうな顔の恭子に、トラオもとうとう反省したようだ。


「すまない。手を出したのは悪かった。このとおりだ」


 トラオは手を合わせて恭子に謝ったが、恭子は落ち込んだままだった。

 しょげかえる恭子に、いつも飄々としている二匹も、居心地悪そうに小さくなっていた。



 そして翌日の朝。

 いつも通りの重苦しさに目を覚ますと、相変わらずミースケは恭子の胸の上でスヤスヤと眠っていた。

 昨日の落ち込んでいた気分も、この無邪気な寝顔のお陰で少しはましになった気がする。

 この毛の塊の癒し効果は万能なのだろう。


「うーん」


 グーっと伸びをしてきたミースケの肉球が、恭子の顎をグイと押す。


「おはよう、キョウコ」

「おはよう、ミースケ」


 久しぶりに、カーテン越しに朝日が射し込んできている。

 それそろ梅雨明けの時期なのだろうか。

 恭子はまだ眠たそうなミースケをどかせて、カーテンを開けようと体を起こした。

 そして机の上に何かあることに気付いた。


「ちくわ?」


 机の上にチクワが一本、無造作に置かれていた。

 しかも袋に入っているのではなく、むき出しのままだ。


「なんでチクワがこんなところに……」


 ちょっと気味悪かったので、触らずに眺めてみた。

 そうして訝しがる恭子に、ミースケが大きな欠伸をしたあと解説してくれた。


「それ、あいつが置いてったんだよ」

「あいつって、トラオが?」

「ああ、昨日のことをあいつなりに謝りたくって、あいつの好物のチクワをお詫びの印に持ってきたんだろう」

「そっか、私が元気なかったから、トラオも心配してくれたんだ」


 よく見ると、チクワに歯形がついている。咥えてここまで持って来たらしい。


「好物のチクワを食べずに、ここまで持ってきたみたいだな。なあ、恭子の気持ちは良く分かるけど、今回だけ、あいつを許してやってくれないか?」

「うん。そうだね。私も言い過ぎたかも。今度来た時にトラオと仲直りするね。スティックおやつ用意しとこうかな」

「ああ、あいつも喜ぶよ。それとおやつなんだけど、俺の分も頼むよ」

「うん。分かった」


 トラオの微笑ましい一面を知ってしまい、恭子の気分はすっかり明るくなった。

 しかしあのチクワに関しては、いくら何でも食べるのは気味悪いので、気持ちだけ頂いておくことにしたのだった。



 通学路の途中で、恭子は街路樹の下で立ち尽くしている忠雄に手を振った。


「おはよう」

「お、おはよう。片瀬さん」


 普段から少しおどおどしているこの少年の様子からは、昨日のことを気にしているのかどうなのか、若干わかり辛かった。

 恭子は一度リセットしたくて、明るい笑顔を少年に向けた。


「ねえ、野村君、わたし今朝ね、ちょっと変わったことがあったんだよ」

「え? 片瀬さんも?」


 少年は意外そうな顔で、そう言った。


「野村君も何かあったの?」

「うん。まあ、ちょっとしたことなんだけどね。実は朝起きたら、枕元にチクワが置かれてあってさ……」


 それを聞いた途端、恭子は吹き出しそうになった。


「フッ、フフフフ」

「え? どうして笑うの?」

「ううん。何でもない。それで?」

「それでさ、そのチクワ、袋に入っていない、むき出しのやつでさ、しかも半分齧られた感じのやつだったんだ」

「そ、そうなの? フッ、フフフフ」


 恭子が顔を真っ赤にして笑いをこらえている感じなので、忠雄は首を傾げている。


「えっと、僕何か面白いこと言ったかな?」


 恭子はとうとう吹き出してしまった。

 どうやらトラオは忠雄の家にもお詫びとして、チクワを持って行ったみたいだ。

 しかしチクワの誘惑に我慢できずに、半分食べて帰ったのだろう。

 その様子を想像してしまい、恭子は腹筋がツリそうになるくらい、ヒーヒー笑ってしまったのだった。

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