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世界最強猫と私  作者: ひなたひより
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第43話 注目される少女

 日曜日の通学路。休日に通ることのない道を恭子は歩いていた。

 その顔にはやや緊張している様子が窺える。

 恭子は歩きながら、物憂げな空を見上げる。

 雨は降っていないものの、まだ梅雨の明けていない七月の空には、びっしりと雲が広がっていた。

 そして高い塀の上には、ミースケが恭子と並ぶように付いて来ていた。

 そしてその向かいの高い塀には、あの目つき鋭いトラジマのトラオが、悠々と尻尾を立てて歩いている。

 恭子を挟みこむように歩く二匹の猫は、おかしな風格を醸し出し、狭い住宅地の通路を進む恭子の守護天使みたいな感じになっていた。

 本当なら今の時期は定期テストの勉強で、休みの日にどこかへ出かけている場合ではない。

 当然のことながら、今は他の生徒もテスト勉強中である。では、なぜこうして恭子が背中にリュックをしょって、出かけているのかというと……。


「はー」


 溜め息をついた恭子に、二匹の猫の視線が集まる。

 そして二匹とも表情が乏しいはずなのに、不気味な笑い顔を口元に浮かべた。


「そう緊張するなよ、キョウコ」

「そうだよ。たかが勉強会だろ。忠雄の家でさ」


 そのひと言で恭子の肩がビクっとなった。

 そうなのだ。今日は前回の化学のテストで満点を取った忠雄に、勉強を教えてもらう予定になっていたのだった。

 家まで送ってもらったときにテストの話になって、どういうわけかこうなってしまったのだった。

 二匹の猫は、それはそれはいやらしい笑いを浮かべて恭子をあおる。


「フフフフ」

「ヒヒヒヒ」

「もう、あんたたち、いい加減にしてよね」


 こっちはあんたたちに構ってる余裕なんて、これっぽっちもないのよ。


 初めての男子の家への訪問。

 当然、日曜日だし、ご両親もいるだろう。

 妹さんもいると聞いていたし、どんな感じで挨拶したらいいのだろう。

 そんで二人っきりで野村君の部屋で過ごすわけだよね。

 やだ、ドキドキする。

 いや、ほんと、マジで勉強どころじゃないかも。


「あれ?」


 色々不安になって来ていたときに、恭子の進行方向に、傘を二本持って立っている忠雄の姿を見つけた。


「あれ? 野村君、どうして?」

「あ、いや、その、雨降りだしそうだなって、それで……」


 成る程、降ってきそうな空を見て、もし恭子が傘を持っていなかったらと思い、行動に移したのだろう。

 また、出合頭にキュンとさせられて、恭子は赤面してしまう。


「ひゅーひゅー」


 トラオが下品な感じで二人をあおった。一体どこでそんなベタなあおりを覚えたんだ。


「あれ? トラオ、ミースケがいるのに君もついてきたんだね」

「ああ、なんといってもキョウコが心配で心配で」


 嘘つけ! 私があたふたしているのを鑑賞しに来ただけだろ!


「まあ、俺が来たからには安心だ。お前たちが勉強中、ずーっと傍で見張っておいてやるからな」

「ありがとう。恩に着るよ」


 いやいや、そこは疑いなよ。どう見たってそんな親切心なんて見えないじゃない。


 したり顔のトラオ。勿論表情の乏しい猫のしたり顔なのだが、恭子にはハッキリとその真意が見えるのだった。



 玄関でいきなり家族総出で出迎えられた恭子は、想像以上の頭数あたまかずにたじろいだ。


 おじいちゃんとおばあちゃんもいるって、聞いてなかったわ!


 祖父母、両親、妹、全員が恭子のことを、あたかもパンダかコアラを見る眼差しで凝視していた。

 恭子は家を出るときに持っていきなさいと手渡された菓子箱を渡して、丁寧に挨拶をした。


「か、片瀬恭子と言います。今日はお休みの所お邪魔させて頂きます。これ皆さんで召し上がって下さい」

「すみません。気を使わせてしまって。ゆっくりしていってください」


 なんとなく忠雄と目が似ている母親が、家族を代表してにこやかに迎えてくれた。

 そのまま直行で、そそくさと忠雄の後に続いて二階に上がる。

 忠雄の家は古い家みたいだったが、けっこう広かった。

 襖を開いて通された忠雄の部屋は和室で、いきなり立派な将棋盤が座卓の隣にドンと置かれているのが目に飛び込んできた。


「やっぱり将棋盤があった」

「あ、うん。ずっとあそこに置いてるんだ。動かすのも重くって」


 初めて入る男の子の部屋。

 恭子は緊張しながらも、その広くもない少し暗い部屋をつい眺めてしまっていた。

 部屋に一つだけある窓の外には、ミースケとトラオがすでに待機していた。


「お待たせしたね」


 忠雄が少し重たそうな窓を開けると、二匹はササッと部屋に入って来た。


「なかなかいい部屋じゃないか」

「日当たりはイマイチだがな」


 別に招かれたわけでもないのに態度がでかい。

 それでも忠雄はきっちり、二匹のためにふかふかの座布団を用意してくれていた。


「ささ、片瀬さんはこちらにどうぞ」


 忠雄が用意した恭子の座る座布団は、その二匹のものの二倍くらい厚みがありそうな、金色の刺繡の入った豪華な座布団だった。


「いいの? なんかやたらと豪華に見えるんだけど」

「も、勿論です。どうぞどうぞ」

「じゃあ、遠慮なく」


 座り心地は最高だった。

 いったいこの座布団は、どんな時に誰が座るものなのだろう。


 トントントン。


 襖がノックされてスーッと開いた。

 ミースケとトラオは電撃の速さで天井に張り付いた。

 先に母親が顔を出して、その後ろに妹がくっ付いてきた。

 短めのツインテールの髪。忠雄に目元が似ていて、ふくよかな頬が可愛らしい。小学三年生くらいだろうか。

 好奇心に満ち溢れた妹は、兄の連れて来た女の子が何者なのか見極めようとしている。そんな雰囲気がありありと窺えた。


「忠雄、お茶とケーキを持ってきたよ」

「母さん、ありがとう」


 座卓に並べられたお茶とケーキ、そしてその隣には翔風堂の栗饅頭が添えられてあった。


「あっ」


 並ばなければ買えない、おひとり様一つの限定スイーツの再登場に、恭子は思わず声を上げた。

 その恭子の反応を見て、妹はニヤリと笑みを浮かべた。


「やっぱりね。朝早くからまた並ばされて、多分そうなんだろうって思ってたんだ」

「こら、千尋ちひろ、何言ってんだ」

「だって、そうなんでしょ。お兄ちゃん、このお姉ちゃんのために並んだんでしょ」

「馬鹿。そういうんじゃないんだって……」


 忠雄は慌てて誤魔化そうとするが、もう完全にバレていた。というよりも、隠せていると思っていたのは、もともと忠雄だけだった。

 恭子は真っ赤になってうつむいた。

 母親は息子と恭子の関係をなんとなく悟ったのだろう。やや満足そうな笑みを浮かべた後、妹の頭をペチッと叩いた。


「じゃあ、ごゆっくり」


 まだ何か話したげな妹の手を引いて、気を利かせた母は部屋を出て行った。

 なんとなくいたたまれない空気が出来上がってしまい、しばらく黙り込む。


「あの……ごめんなさい。私のせいで早起きさせて」

「いや、ホント気にしないで、妹が勘違いしているだけなんだ……」


 ここに来てまで隠し通そうとする忠雄はタチが悪い。

 天井に張り付いていた二匹の猫は、また薄気味悪い笑みを浮かべていた。

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