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世界最強猫と私  作者: ひなたひより
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第39話 新しい脅威

「これは計算外だったな」


 そう呟いたミースケの視線の先には、何もなかった。

 実はここは、恭子が塞いだあの穴の在った場所だった。

 キジトラの先導で、再び恭子たちは繁華街の路地裏に足を運んでいた。

 そして前回とは違い、今日は忠雄もここにいた。

 約束していた訳ではなかったのだが、恭子たちが家を出ようとしたときに、忠雄が自転車で現れたのだ。


「なんだか胸騒ぎがして、ぼ、僕も一緒に行っていいかな?」


 きっと昨日の話を聞いていたので、心配になって現れたのだろう。しかしまさに出掛けるタイミングだったので、恭子はいささか驚かされたのだった。

 断ることも出来ずに、まあミースケとトラオも一緒だから心強いと思い、忠雄の申し出を承諾して今ここに来ている訳である。

 そして、ガムテープで穴を塞いだあの古びたビルのあった場所は、取り壊されて瓦礫以外何も無くなっていた。

 ミースケは瓦礫の上にピョンと跳び乗って、周りを見渡した。


「ここに蓋をしたガムテープが落ちてる。周りのコンクリートの方を壊されてしまったとは……やられたな」

「穴は、相当なダメージを受けてるな。ちょっと手間だぞ」


 キジトラは空中に浮かんだ黒いものを見上げて、悩まし気にそう言った。

 恭子はちょっとした疑問をミースケに投げかけてみた。


「ねえ、解体した工事の人たち、あの黒いのを見て大騒ぎしたんじゃない?」

「いや、あれは俺たちにしか見えない。波動と同じだよ」

「そうか。じゃあ何にも気付いてないわけだ」

「そういうことだ」


 恭子にはその黒々としたものがはっきり見えていた。上手く表現できないが、黒いと言うより、光が全く届いていないものといった印象だった。


「また塞ぐの?」

「いや、今度はテープを使えない。周りの空間を変形させて穴を隠す」

「それってどうやるの?」

「地味な作業だよ。丸一日かかりそうだ」


 それはミースケが言ったとおりの地味な作業だった。

 やり方は、波動を纏った手で、穴の周囲からちょっとずつ空間を引っ張って来て、穴の周りからじわじわ塞いでいく作業だった。

 とにかく穴の位置が恭子の背丈よりも少し上にあるので、首が痛くって腕がだるかった。

 テープで蓋をしたときは十分程度で済んだのに、今回は根気と体力が必要だった。

 休みを丸一日潰して、ようやく穴を塞ぎ終えたミースケと恭子は、げっそりとしていた。

 作業割合としては、ミースケ七割、恭子三割といった感じだったが、ミースケが作業する時はずっと忠雄の頭の上に乗っていたので、忠雄はほぼ一日中立ちっぱなしだった。

 ようやく穴を塞ぎ終えて、恭子は凝り固まった首と肩をほぐしながらその場にしゃがみこんでいた。

 辛そうな恭子に、忠雄は自分の水筒のお茶をカップに注いで手渡してやる。


「片瀬さん大丈夫?」

「うん、平気だよ。ありがとう」


 波動を長時間使ったため、喉がカラカラだった恭子は、コップの冷たいお茶を一気に飲み干した。

 疲労困憊の恭子だったが、この地味な作業によって得たものもあった。長時間波動を扱っていたせいで、また波動のコントロールのコツをつかんだ感覚があったのだった。

 別のコップに水を注いでミースケに飲ませつつ、恭子は持参した水筒に口を付けてグビグビ飲む。

 商業ビルの立ち並ぶこの辺りは、日中でも陽射しはそれほど届かない。

 薄暗くなったこの路地裏から、おおよそ何時くらいだろうと見上げた恭子の頭上にはマゼンタの空。

 そろそろ帰って夕飯を食べる時間になっていた。


「ねえ、そろそろ帰らないと」


 コップの水を飲んでいたミースケに話しかけた時だった。

 恭子の視界におかしなものが映った。


「あれってどうなってるんだろう」


 忠雄の背後にある電柱がいびつに歪んで見えた。

 恭子は疲れておかしな見え方をしているのかと目をこする。

 背後に目を向けた忠雄はあからさまに仰天した顔をした。


「電柱が、曲がってる……」


 忠雄にも同じように見えているみたいだ。

 恭子は自分の目が正常なのを確認し、今ここで何かおかしなことが起こり始めているのを感じていた。


「ミースケ。これはいったい」


 ミースケはその問いかけには応じずに、先の尖った耳を一点の方向に向けていた。

 蒼い双眼の瞳孔が大きく開き、何かに警戒している。

 恭子はただならぬ気配を感じ取り、ミースケの集中しているであろう方向を振り返った。

 そこには作業服を着た中年の男がいた。

 このビルを取り壊した解体業者だろうか。

 男は恐らく四十代くらい。背は低く、少し小太りで、腹がズボンの上に載っているだらしない体形だった。

 太い眉毛の下の目を、こちらに向けている。

 その瞳からは何の感情も伺い知れなかった。


「ミースケ、あれって」

「キョウコ、下がってろ。仕掛けてくるぞ」


 恭子が後ずさったタイミングで男が動いた。

 全く予備動作なしに、信じられない速さで恭子とミースケに接近してきた。

 その動きは、明らかに以前出逢った怪物達とは違っていた。

 あまりの速さに反応が出来なかった恭子は、次の瞬間押し倒されていた。

 忠雄だった。とっさに恭子に跳びついて抱え込んだまま、路上に押し倒したのだった。

 そしてミースケは、即座に波動の一撃を叩き込んでいた。


 ドン!


 もうわずかというところまで迫っていた男の腕は、忠雄のお陰で空を切り、恭子の目の前でちぎれ飛んで行った。

 そして目前まで迫っていた男は、またすごい速さで飛び退いていた。

 ミースケは忠雄と恭子をかばう様に前に出た。


「忠雄、キョウコを頼む。奴の攻撃の届かないところまで下がるんだ」

「分かった」


 忠雄は恭子を起こすと、そのまま腕のちぎれた男から目を逸らさずに、かなりの距離を取った。

 そして二人の目の前でミースケの体が発光し始めた。

 波動を膨張させて全身にまとったのだ。

 そして、今度はミースケが動いた。


 ドン!


 恐らく波動を、踏みだした足に乗せて撃ちだしたのだろう。その反動を使ってミースケは弾丸のように男に向かっていった。

 この緊張する場面で、波動にはこういった使い方もあるのだと、恭子は頭の隅で感心してしまった。

 男は体をぐにゃりと歪ませて、ミースケの突進を避けようとした。

 ミースケはそのまま勢いを殺さず、飛び込んでいった。

 ミースケの爪が一閃した。

 相手が避ける動きよりも、ミースケの方がわずかに早かった。

 波動の塊となって飛び込んでいったミースケは、男の胴体を半分くらい切り裂いていた。

 すると今まで人間の姿だったものは、闇のような黒に変貌していった。

 どうやら人間の擬態を捨てて、本来の姿へと変化していっているようだ。

 ミースケはそのまま、波動を込めた連打を怪物に叩き込む。

 怪物は真っ黒な触手を何本も体から伸ばして、ミースケに対抗している。

 その攻防のあまりの速さに、遠目に見ていた恭子は、どちらが優勢なのかすら判断できなかった。

 だが、そんな恭子にも一つだけはっきり分かっていることがあった。

 それはミースケに、今までのような余裕がないことだった。

 これまで戦った怪物は、ミースケに触れることすらできなかった。

 しかし、今目の前にいる敵は、明らかにミースケと同等か、それ以上の怪物だった。

 恭子は激しいせめぎ合いを目の前にして、ミースケのことが心配でならなかった。

 その時、背後から声を掛けられた。


「様子を見に来たら、まさか交戦中だったとはな」

「トラオ!」


 穴を塞ぎ終わったかどうか、様子を見にきたトラオが、恭子の横にスッと並んだ。

 恭子は落ち着いた感じのトラオに頼み込んだ。


「ミースケが苦戦していそうなの。助けてあげて」

「うーん、あんまし気乗りしないけど、加勢してくる」


 トラオはそう言うと、すごい勢いで向かって行った。

 怪物はトラオの乱入にたじろぎ、じりじりと後退し始めた。

 トラオがスキを作っている間に、ミースケは右手を前に突き出して構えを作った。

 恐らく波動を集中させて、必殺の一撃を打ち出す態勢を整えたのだろう。


「早く頼む! あんまし持ちこたえられない」

「ああ、それじゃあいくぜ!」


 ミースケの体が一瞬まぶしく発光した。


 ドン!


 右手に乗せた強力な波動の一撃が、らせん状に勢いよく発射され、怪物の体を貫いた。

 怪物の体は半分にちぎれて、そこいら一体に黒い体の一部が飛び散った。闘いは決着がついたようだった。

 ミースケは何とか無事のようだった。


「良かった」


 恭子は二匹の猫が元気そうなのを目にして、ようやく安堵した。

 あちこちに散らばった怪物の残骸は、そのままゆっくりと地面に沈んでいき、やがて消滅した。

 恭子を守る様に立っていた忠雄は、緊張から解放されたせいか、その場でへたり込んだ。


「野村君、大丈夫?」

「あ、うん。僕は平気。それより片瀬さん、怪我はない?」

「私はどこも……あっ」


 忠雄の手の甲に血が滲んでいた。恭子を庇って路上に倒れ込んだ時にすりむいたみたいだ。


「大変。早く手当てしないと」

「ああ、こんなの大したこと無いよ。ハハハ」

「駄目だよ。家に寄って行って。消毒して手当てするから」


 忠雄は以前宣言していたとおり、本当に身を挺して恭子を守った。

 怪我をした忠雄を目にして、恭子の目から涙が自然と溢れ出した。


「ごめんなさい。私のために……」


 嗚咽し始めた恭子に忠雄はあたふたし始める。


「僕は、全然平気だよ。それよりも嬉しいんだ」

「えっ?」


 涙を拭きながら顔を上げた恭子に、忠雄は恥ずかし気で誇らしげな笑顔を見せた。


「やっと片瀬さんの危機に間に合った。こんな僕でも君の役に立つことができた」

「のむら……くん……」


 それから恭子はいっそう激しく泣いてしまった。

 そして少年と猫二匹は、泣き止まない少女を時間をかけてなだめたのだった。

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