第33話 意外な展開
水泳部の部員全員を張り倒して記憶を飛ばしたミースケは、あれからさっさと帰って行った。
そして恭子以外の部員全員、頬を腫らした状態で、その日の掃除を終えたのだった。
どうして頬がジンジン痛むのか、みんな不思議そうに首をひねっていたが、やはり誰も何も覚えていなかった。
前に不良たちをミースケが張り倒したのには、これっぽっちも心は痛まなかったが、今回は流石に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
そして、あの巨大蛙が悠々と泳いでいたきったない水で汚れた体操着を着替えて更衣室を出た。
美樹は左の頬をまだ腫らしたまま、恭子の隣で陽気に話しかけてきた。
「ようやくプール掃除終わったねー」
「そうね。明日からはプールサイドだね。まだ更衣室も残ってるし」
「まあ順調じゃない? 恭子の苦手な蛙も今日はいなかったし」
確かにちっさいのはいなくなっていた。逃げ出したか、あいつに食われたりしたのだろう。
はっきり言って一番見たくなかった大物と遭遇して、今晩でも嫌な夢を見そうだった。
「また蛙とは来年ってことだねー」
「私はもう会いたくないっての」
冗談交じりに本気でそう言った時、靴箱の前に人影があるのに気付いた。
「あ……」
小さく声を上げたのは美樹だった。
靴箱の前にはあの、野村忠雄が佇んでいた。
誰かを待っている。そんな感じだった。
「恭子、私ちょっと急いでるんで、また明日ね」
「え? 美樹、ちょっと待ってよ」
振り返りざまウインクをして、美樹は先に行ってしまった。
恭子はいらない気を利かせて帰って行った友人を見送ったあと、言葉を探した。
「あ、ええと、昨日はごめんね」
「いや、僕の方こそ……」
忠雄は相変わらず恭子と目を合わせられない感じだった。
しかしなんとなく、恭子の目には昨日までとは忠雄の雰囲気が違っているように見えた。
「誰か待ってるの?」
「うん。片瀬さんを待っていたんだ」
「えっ!」
恭子は急にドキドキしてきた。
まさか今日告白される?
あの不気味な化け物蛙騒動のあとで?
グロイ恐怖体験のあとに、学園ときめきドラマってわけ?
また脳裏に浮かび上がったデカい蛙を、頭をブンブン振ってどこかへ振り払い、少年の次の言葉を待った。
「人に聞かれたくないんだ。一緒に来てくれる?」
「はい……」
恭子はもうそこまで迫っている人生初体験を想像しつつ、少年の背中について行った。
忠雄のあとについて、恭子が辿り着いたのは、皮肉にも体育館裏だった。
先日ここでミースケが、最初の怪物を退治したまさにその場所だった。
またちょっとグロイのを思い出した。
何でここなのよ……。
仕方の無いことなのだろうが、ここ以外ならどこでも良かった。
「ごめんね。急にこんなところに連れてきたりして」
「ううん、いいの。それで話って……」
「うん。実は……」
恭子より忠雄は少し背が高かった。
きっと五センチ位の身長差なんだろうな。
いつものようには目を泳がせること無く、真剣な表情の少年を前に、恭子はそんなことを考えていた。
楓の葉の隙間から夕方の光がキラキラと射し込み、少年の白い夏服にオレンジの色を落とす。
ドラマティックな瞬間というのは、きっとこんな感じで美しいものなのだ。
そして少年は、おずおずと口を開いた。
「片瀬さん、実は、僕……」
「はい……」
恭子は待った。そのひと言を。
「今日、行ったんだ。プールに」
「え?」
期待していたのとも、想像していたのとも違う言葉が少年の口から出て来た。
「また、昨日みたいにプールから片瀬さんの声が聴こえてきて、急いで駆け付けたんだ。そしたら……」
恭子はこの時納得した。
少年が何を見たのか。
どうしてここに自分を連れてきたのか。
舞い上がっていたのは自分だけだった。
恭子は恥ずかしさで真っ赤になった。
しかし今はそれより、彼が怪物とミースケの闘いを見てしまったのが問題だった。
「野村君はあれを見たんだよね」
「うん」
「びっくりしちゃったよね。驚かしてごめんね。あれはさ、えっと……」
なんと説明をしようかと、恭子が次の言葉を選ぼうとした時だった。
「また君に何もしてあげられなかった」
「え?」
「ごめん。僕は本当に情けない奴だ。君が襲われかけていたのに間に合わなかった。あの猫がいなかったら君がどうなっていたか……」
少年は拳を握りしめて悔しさを滲ませた。
自分の不甲斐なさに心を痛めている。まさにそんな感じだった。
えっ! そう受け止めているわけ?
不良の時もそうだったが、この少年はいつも恭子の想像を超えてくる。
「片瀬さんの猫が助けに入ったってことは、あの変な蛙は君を狙っていたんだよね」
「んー、そうかも知れないね」
「ああいうのにまた片瀬さんが狙われたりしないかな」
「どうだろうね、流石に三回目はないと思うけど」
つい口を滑らせた恭子に、忠雄の顔色が変わった。
「えっ! 前にもあんなことがあったの?」
「あ、うん。まあちょっとね」
ちょうど今、野村君が立ってるところ辺りにそいつがいたよ。
そう思ったが、水を差してはいけないので、口には出さなかった。
「これは何とかしないと……」
忠雄はその場で深刻な顔をして悩み始めた。
そしてすぐに何かを決心したみたいに大きく頷いた。
「片瀬さん。僕はこんなヒョロヒョロで頼りない男だけど、君の近くで君を守りたい。何かあった時に君の盾になりたいんだ」
「えっ、えーっ!」
少年のその言葉に、恭子の声は裏返ってしまった。
実はハートを射抜かれていた。
少年も相当勇気を出して言ったのだろう。その顔は熱でもあるのかというくらい真っ赤になっていた。
そして恭子も頭から煙が出るくらいに赤くなっている。
「まずは君を家まで送らせて下さい。お願いします」
「いや、えっと、あの……困ったな……」
この展開は予想していなかった。
これってもうほぼ告白じゃない?
ぼんやりとのぼせたような頭で、恭子は凄いことになったと感じていた。




