第30話 エレガント美少女再び
如月カトリーヌはどう考えても不可解なものを見ていた。
どうゆうこと?
吹奏楽部の練習が終わった後、カトリーヌが下校しようと校門に向かっている時だった。
校門のすぐ脇で、クラスメートの片瀬恭子と、あの将棋部の野村忠雄がいい感じで話し込んでるのを目撃したのだった。
二人はなんだかお互いに恥ずかし気な感じで、なんとなくピンク色の雰囲気に包まれていた。
カトリーヌは衝撃を受けた。
なに? 私との格の違いを痛感して、手近なのに走ったわけ?
カトリーヌは思考の纏まらない状態のままそう判断した。
あまりの空腹に、なかなか手の届かない高級料理を諦めて、手近なインスタント食品に飛びついたってわけ?
そんであの子は私が食べる筈だったものを食べちゃうの?
つまりタナボタってことだわ。労せずして勝手にリタイアして落ちてきたものをパクッと食べちゃうあれね。
そうはさせないわ……。
カトリーヌは、苛立ちを一切顔に出さず、二人に近づいた。
「あら、片瀬さん、これから帰るの?」
「あ、如月さん、うん、今から帰るとこ」
エレガントなスマイルで、さりげなく二人の間に割って入ったカトリーヌは、忠雄の存在に今気が付いたという感じを見せた。
「そちらは、えっと、野村君だったよね」
「や、やあ、如月さん」
ここでちょっとだけはにかんで、上目遣いで心臓を射抜くのよ。
カトリーヌはエレガントな上目遣いを見せつつ、忠雄の様子を窺った。
「片瀬さんたち、二人で帰るの?」
その一言で、二人は浮き足立ち始めた。
「の、野村君とはちょっと話してただけ。ね、そうだよね」
「そ、そうなんだ。ぼ、僕が片瀬さんと帰るなんて、と、とんでもない」
恭子もだが、忠雄のオタオタ感は半端なかった。
カトリーヌは、しどろもどろになっている忠雄を見て、内心ほくそ笑んでいた。
当然そうなるわよね。本命の高級料理が目の前に現れたんだから、インスタント食品に手を付けようなんて思わないわよねぇ。
「えっと、じゃあ、僕はこれで」
忠雄はそう言い残し、一目散に走って校門を出て行った。
あっという間に消えてしまった少年を二人は見送る。
「ねえ、片瀬さん、途中まで一緒に帰りましょうよ」
「あ、うん。そうだね」
そしてカトリーヌはさりげなく探りを入れるべく、恭子と共に下校するのだった。
夕日が二人の少女を照らして長い影を作っている。
他愛ないクラスの話題の後に、カトリーヌは確認すべきことを、それとなく切り出した。
「片瀬さんと野村君って、何だか親しそうだね」
カトリーヌの一言に、恭子は分かり易くあたふたし始めた。
「いや、そんなことないよ。ちょっと今日は色々あってそれで」
「色々って?」
「ええと、プール掃除のときにね……」
恭子から、二人の間に起こったハプニングを聞き終えて、カトリーヌは納得した。
成る程、そういうことか。
つまり普段女子に相手にされていないであろう彼が、やらかしてしまった片瀬さんに近寄って来られて、勘違いしたパターンね。
しかしいいタイミングだったわ。まかり間違えば、あのままインスタント食品に手を出していたかも知れなかったわ。
こういうこともあるかもだし、早めにこちらに引き込んでおいた方が良さそうね。
カトリーヌはここで予防線を張っておくことにした。
「野村君って、将棋で表彰されてたよね」
「うん。結構強いみたいだね」
「ちょっと意外だった。大人しいけど、そんな一面もあったって知って見直しちゃった」
片瀬さんには悪いけど、彼は私のコレクションに加えさせてもらうわね。
「それでね、なんだか最近、詩音がやたらと野村君の話をしてくるからちょっと気になってて……」
「三宅さんが?」
「いや、詩音がね、彼が私のこと、すごい見てるってしょっちゅう言ってくるの。私はこんな性格だからあんまり気付いてなくって」
「あ、そ、そうなんだ……」
カトリーヌの隣を歩く恭子の雰囲気が急に変わった。
あからさまに動揺しているわね。そうよね、ちょっといい感じかって思ってたのに、彼が私に夢中だって知ったんだから。
「ごめんね。変な相談しちゃって。このことは私と片瀬さんだけの秘密にしておいてね」
「う、うん。分かった……」
なんだかショックを受けていそうな感じの恭子に、カトリーヌはエレガントスマイルを見せた。
「じゃあ、また明日ね。片瀬さん」
「うん、またね、如月さん」
交差点で手を振って分かれた二人は、それぞれの思いを胸にまた歩き出す。
一仕事終えて満足げなカトリーヌと、前かがみにややうなだれてため息を吐く恭子。
思春期の女子はこうして勘違いしたり悩んだりして成長していく。
いつか大人になって思い返せば、きっと笑って話せることなのだろう。
それでも、今まさにそのただ中にいる二人にとっては、純粋に思い悩むべき大事な問題なのだ。
そんな二人の様子を二階建ての家の屋根から、じっと見つめている影があった。
猫背の背中をやや伸ばし気味に蒼い目を向けている猫。
ミースケだった。
カトリーヌと分かれて、ややうなだれながら住宅街を歩く恭子の背中を、ミースケはじっと見つめている。
「さて、俺の出番だな」
小さく呟いてミースケは屋根の上から姿を消した。




