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世界最強猫と私  作者: ひなたひより
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第29話 プール掃除と蛙

「ミースケ、あんた山下さんちのゴンを殴ったでしょ」


 山下さんちのゴンとは、近所で最も獰猛な雑種の大型犬だった。

 猛然と誰かれなしに吠え立て、小型犬や猫、さらには散歩するお年寄りまでも震え上がらせている地獄の番犬だ。

 その地獄犬が、放し飼いにしてある家の敷地でノックアウトされていたらしい。

 気絶していた愛犬を飼い主は発見し、動物病院で蘇生させたらしいが、犬は綺麗に顎の骨を砕かれていたという。

 近所で誰にやられたのかと色々な憶測と噂が流れているのを耳にして、こんなことが出来るのは、あの二匹のうちのどちらかしかいないと確信したのだった。 

 ペロペロと舌を使って、ベッドの上で毛づくろいしている最中のミースケに向かって、素直に言ってみなさいと迫ると、ケロリとした感じで自分の仕業だと認めた。


「やっぱりね。あんたの散歩コースだし、絶対そうだと思った」

「なかなかキョウコは鋭いな」

「いや、あんなこと出来るのってトラオかあんたしかいないでしょ。顎の骨折れちゃってるんだよ。鉄拳制裁が基本みたいだけど、たまには話し合いで解決しなさいよ」

「いや、通るたんびにしつこく吠えられてさ、ずっと無視してたんだけど、俺もとうとう堪忍袋の緒が切れちゃって」


 不良の時もそうだったけれど、ミースケは結構手が早い。

 地獄犬のゴンも吠え立てた相手が悪かった。


「あんたのせいでゴンは怖がって、あれから一歩も外に出られないらしいよ」

「そうか、それは気の毒なことをしたな。反省しよう」

「いや、しないね。ざまあみろって顔に描いてるよ」

「フフフフ」


 なかなか悪魔的な笑いだった。

 モフモフの愛らしさとのギャップにどうしても叱る気が萎えてしまう。

 可愛いというのはそれだけで罪だなと思いつつ、恭子はミースケを抱きしめてしまうのだった。



 ミースケが特異点であっても、キジトラが絶対者であっても、恭子の生活は何にも変わらない。

 毎日学校に行き、勉強を適当にこなし、部活を頑張る。

 五月も後半に差し掛かり、六月に入ったらプールの練習も始まる。

 昨年はへこたれかけた水温16度での練習をまたやるのかと思うと、正直気が進まない。

 しかし新入部員もちょっとは入ってくれたし、先輩って呼ばれてるし、へこたれてなんかいられないのよね。

 そして、今年も恒例のプール掃除が始まった。

 きったない池の水みたいな色になってしまったプールの水をある程度抜いて、膝下まで水に浸かりながらデッキブラシでゴシゴシこすり倒す。

 人海戦術で行う掃除だが、水泳部の部員だけでやるので、今の部員数では相当働かされるのを覚悟しなければならなかった。

 取り敢えず、今週は掃除オンリーだったので、コツコツと着実に汚れをこすり落としていく。

 このぐらい水を抜くと、どっから来たのか毎年蛙が何匹か姿を現す。

 捕まえようとする男子の手をすり抜けて、蛙たちは本家本元の平泳ぎでスイスイと逃げ回る。

 そしてこっちに逃げて来た蛙がヌルっと足に当たって、女子部員は悲鳴を上げるのだ。


「きゃー!」


 誰のものでもない恭子自身の悲鳴。

 蛙はとにかく苦手だった。

 ヌルヌルしてるし、生臭いし、時々道端で内臓をぶちまけて死んでるし、こうして絡んでくるし。

 そして女子が悲鳴を上げると、男子は余計に面白がって蛙を追い立てるのだ。


「もう、いい加減早く捕まえてよ」

「そうしたいけど、すばしっこくってさ」


 絶対に私を狙って蛙を追い立ててる。


「わざとやってんでしょ!」

「おれが? まさか。なあ、塩田、海老原」

「ああ、蛙を田んぼに返してやりたいってそれだけだよ」

「平泳ぎが苦手な片瀬に、教えに来てくれてんじゃないのか」


 そしてまた、男子に追い込まれてきた蛙が恭子の足をかすめた。


「きゃー!」


 男子三人はハイタッチして喜んでいる。やっぱり確信犯だった。


「あんたたち、いい加減にしなさいよ!」

「やば、片瀬が怒った」


 プールサイドに上がって逃げ出した三人に、恭子は手元にあったバケツで抹茶色の水を掬ってお見舞いしてやった。


「ひでーな。パンツまで濡れちゃったよ」

「当然の報いよ」


 どうせ着替えて帰るのだ。恭子はふざけていた男子三人を成敗して、やっと気が済んだ。

 またデッキブラシをかけようとしたときに、水をかぶった男子三人の様子がおかしいことに気付いた。

 三人ともフェンスから外を見て何か言っている。


「まさか」


 恭子はすぐにプールから上がって、フェンスの外を覗き込んだ。

 そこには白いカッターシャツを抹茶色に染めた少年が佇んでいた。


「どうしてここにいるの……」

「や、やあ」


 おずおずとフェンス越しの恭子に向かって手を振った少年は、あの野村忠雄だった。



「ごめんなさい」


 抹茶色のカッターシャツから体操着に着替えて出て来た忠雄に、恭子は猛烈に謝った。

 とばっちりを食った少年は、謝る恭子に恐縮している様子だった。


「ホント全然大丈夫だから。片瀬さんはなんにも気にしないでね」

「いや、本当にごめんなさい。まさかあそこに人がいるなんて思わなくって」

「そうだよ。片瀬さんはなんにも悪くない。あんな所にいた僕の方こそ悪いわけで……」

「野村君は何にも悪いことなんかないよ。あー、穴があったら入りたい」


 恭子はやらかしてしまったことに赤面しながら猛省していた。


「片瀬さん、まだ部活中だったよね。僕は大丈夫だから戻ってね」

「うん。野村君も部活中なのにごめんね。あれ? 部活中だよね」


 そう言われて忠雄の目が泳ぎ始めた。

 明らかに指摘されて動揺し始めている。


「どうして部室じゃなくて、あそこにいたの?」

「そ、それは……」


 恭子の掃除していたプールと、忠雄の将棋部の部室はまあまあ近い。

 校舎側に目隠しがあるので、三階の将棋部の部室からはプール内は見えないが、なんとなく水泳部が掃除しているのには気付いていたのかも知れない。

 そのことと何か関係があるのだろうか。

 その時、廊下の向こうから一人の男子生徒が走って来た。


「いたいた。先輩何やってるんですか、対局中にいきなり飛び出して行って」


 どうやら将棋部の後輩らしい。

 対局中にいなくなった忠雄を探していたみたいだ。


「さ、早く戻って下さいよ。どんだけ待たせるんですか」

「ごめんなさい。私のせいなの。野村君に掃除中のプールの水をかけちゃってそれで……」

「え、先輩プールに行ってたんですか? 女子の叫び声を聞いて飛び出して行ったと思ったらそんな所にいたとは」


 忠雄は暴露されて猛烈に赤面していた。


 滅茶苦茶分かり易い。


 どうやら忠雄は恭子の悲鳴を聞いてプールに駆け付けたみたいだった。

 事情を知って赤面する二人を見て、忠雄を探しに来た後輩は首をひねったのだった。


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