第27話 その正体
キジトラのトラオを自宅に連れ帰り、夕ご飯をご馳走した後、恭子は自分の部屋に二匹の猫を招き入れた。
勿論、学校で起った不可解なことの説明を聞くためだった。
「で、あれは何だったの?」
恭子は二匹の猫をベッドに座らせてから本題を切り出した。
ミースケは一度キジトラと目を合わせてから話し始めた。
「あれはあの穴から出て来た奴だよ。キョウコが穴を塞ぐ前に出てきていた奴だ」
「あの穴から? そもそもあれって何の穴だったの? ミースケは世界に開いた傷口って言ってたけど、その向こうに何かあるってこと? 出て来た奴ってまともな感じじゃなかったよね」
とにかく色々聞きたいことがありすぎて、質問をまとめきれなかった。
恭子を前にミースケとキジトラはお互いの顔を見て、ウーンと悩み始めた。
とはいっても猫なので表情は乏しい。
「説明してもキョウコに分かるだろうか」
「どうかな。見たところそんなに利口そうには見えないな」
「なに? 馬鹿にしてんの? これでもあんたたちよりは賢いつもりよ」
猫に利口かどうか疑われて、流石にカチンときた。
「いや、多分理解できないだろうな」
「つべこべ言わずに、いいから話してみなさいよ!」
たいそうな剣幕で言われたため、仕方なしという感じでミースケは語りだした。
「じゃあ話すけど、まずあの穴は次元の裂け目だ。この世界には無数の平行世界が存在しているが、通常それらは交わることはない。あの穴はこの世界の裏側の世界、とは言ってもあちらからすればこちらが裏側なんだが……」
「ちょっと、ちょっと待って。なんだか話のスケールが猫の話す内容と、かけ離れ過ぎている気がするんだけど」
「俺は猫だがそんじょそこらの猫じゃない。そんでこのキジトラに至っては猫でもない」
「いや、どう見ても猫でしょ。その辺にいる典型的な雑種の猫にしか見えないわ。喧嘩はめちゃくちゃ強いけど」
「キョウコは視覚に頼りすぎなんだよ。俺の感覚からすると、こいつは猫と似ても似つかぬ生き物だよ。あ、生き物ですらないか」
ぶっちゃけ何にも分からなかった。
頭が痛くなってきだしたので、中学生でも分かるように、嚙み砕いて話すようにリクエストした。
「じゃあ、そうしよう。話を戻すと、つまりこの世界は表裏一体で構成されているんだ」
「悪いけどミースケ、もう分かんない」
「ああ、すまない。つまり一枚の紙には表と裏があるだろ。この世界も表と裏は切っても切れないものなんだ」
「なるほど。そんであの穴は裏側に繋がっていたと」
「そういうこと。さっき戦った奴は、その穴の向こうから入って来たっていうわけさ」
「えっ? じゃあ、向こう側の世界って化け物の世界ってこと?」
「いや、全然そんなんじゃない。こっちの世界と瓜二つの世界だよ。裏は表、表は裏、一枚の紙の表裏に見分けがつかないように、この世界のあらゆるものがあちらの世界には等しく存在する。いわば鏡の中の世界みたいなものさ」
「そうなの? じゃあ私のそっくりさんもあっちにいるってわけ?」
ミースケはキジトラにチラと目をやった。
今まで静観していたキジトラが口を開いた。
「その先は俺が話すよ。キョウコのいるこの世界の人間は、ほぼ完ぺきにあちらの世界にも存在する」
「やっぱりそういうことね」
「さっきの怪物、あれは特別な存在なんだ。普通に生きていれば絶対に出会うことのない存在だ」
「まあそうよね。あんなのにしょっちゅう出くわしたくないし」
「キョウコの目にあいつはどう映った?」
突然質問を投げかけられて恭子はちょっと考え込む。
「私の目には、そうね……ちょっと怖い何かだったわ」
「怖いか……」
「うん。得体の知れないものって不安じゃない。あいつは100パーセントそんな感じだった」
キジトラは何度かウンウンと頷いた。
「キョウコの目には俺たちはどう見える?」
「んー、そうね、やたらと喧嘩っ早いしゃべる猫」
「そういう感じか。つまり恭子の目には、俺たちは猫という種の動物にしか見えていない。そういうことだろ」
「そうよ。当たり前じゃない」
「そう見えたとしても、俺とこいつは全く違う存在なんだ」
「あんたとミースケが? どっちもモフモフしてて毛色以外はそんな変わんないよ」
「それが違うんだ」
キジトラはちょっと真面目な口調で否定した。
「まず俺の正体から明かすとしよう。俺は今日出会った怪物と同じものなんだ」
「いや、冗談でしょ。全くそうは見えないけど」
「それは見た目の問題さ。中身はあれとおんなじ。猫の姿に擬態した特別な存在だ。さっきミースケが言ったように生物ですらない」
「いやいやいや、確かにしゃべってるし、色々おかしな点はあるけど、生物にしか見えないわ」
「猫としての肉体を完璧に再現しているからそう見えるのさ。さっきのあいつみたいな雑な擬態じゃないんでね」
そう説明されても納得できない恭子は、手を伸ばしてキジトラの感触を色々確めた。
「でも何で猫の姿なの? 人間でも良かったんじゃないかしら?」
「ミースケに合わせたんだよ。こいつと行動を共にするとなると、猫の姿が都合いいってわけさ」
「なるほど、理に適ってるわ」
「信じる信じないはキョウコに任せるよ。取り敢えずは俺のことは正直に話した。次はお前だ。ミースケ」
キジトラは話をミースケにバトンタッチして聞き役に回った。
ミースケは蒼い目をまばたきさせて恭子を見ている。
「ミースケも自分を猫じゃないとか言い出さないよね」
「キョウコ、俺は猫だよ。それは間違いない」
「そうだよね。ミースケは絶対猫だもんね」
猫であると言い切ったミースケに恭子は安堵した。
「ただ、この世界の生き物ではないんだ」
「え? 何言ってんの?」
「さっき言っただろ。この世界には裏の世界があるって。俺はそこから来たんだ」
「へー、別の世界の猫ってことなんだ」
そう言われてなんとなく納得してしまった。
ミースケが別の世界から来たのなら、おしゃべりしたり喧嘩が強かったりとか、そういうことだってあるのかも知れない。
「じゃあ、あの穴みたいなとこからやってきたのかしら」
「いや、違うんだ。俺は根本的にそういったものとも違うんだ」
ミースケは理解がまるで追いついていない恭子に、本当の自分の正体を明かした。
それは恭子がこれから一生忘れることのない、ミースケのもう一つの名だった。
「俺は、特異点なんだ」




