第26話 襲撃者と猫
男を一撃で吹っ飛ばし、恭子の窮地を救ったのは、昨日ミースケと罵り合っていたあのキジトラのトラオだった。
「あんた、昨日の……」
「下がってろ」
キジトラは立ちあがった男に向かって突進していった。
目にも止まらぬ速さで猫パンチを叩き込んでいく。
ボコボコにされた男は、また五メートルほど弾き飛ばされて動かなくなった。
猫にしては立派な体格だったが、一体その小さな体のどこからその破壊的な力が出てくるのかと、恭子は呆然とするばっかりだった。
「ミースケみたい。あんた、いったい何者なの?」
「ちょっと待ってくれ」
恭子の質問を制したキジトラは、黄緑色の目を倒れた男にじっと向けて何かを警戒していた。
「来るぞ。もっと離れてろ」
「え? 来るって何が?」
その質問の答はすぐに目の前で起こった。
男の顔の部分がぐいと持ち上がったと思うと、その首が胴体から伸びてキジトラに襲い掛かった。
「きゃーっ!」
恭子は目の前で妖怪まがいの変貌を遂げた男の姿に、また悲鳴を上げていた。
男はそのまま立ちあがり、首が伸びたのと同じように腕と足を伸ばしてキジトラに襲い掛かった。
その姿はまさに怪物で、もう人間と呼べるものでは無かった。
キジトラはその攻撃をことごとくかわして打撃を叩き込む。
怪物もすごいが、モフモフのキジトラも尋常ではない化け物だった。
「キョウコ!」
その時、体育館の陰からミースケが飛び出して来た。
そして恭子を庇うように前で構えを作った。
「ミースケ!」
「大丈夫か?」
「うん。キジトラが助けてくれた。一体あれは何なの?」
「話はあとだ。奴を片付けてくる。まあ見ていてくれ」
ミースケはそのまま、キジトラと交戦中の怪物に近づいていった。
キジトラは攻撃を捌きながら不満げに口を開いた。
「いつまで待たせるんだ。このぐうたらが」
「悪い。今回は助かった。後は俺に任せろ」
「言われなくてもそうしてもらう。さっさと片付けろ」
「ああ、分かった」
ミースケが乱入するとキジトラは退いて、そのまま恭子の隣までやって来た。
「一緒に戦わないでいいの?」
「ああ、必要ない。疲れちゃった。ちょっと悪いんだけど喉の下とか色々撫でてくれないか?」
「いいけど、あっちは見とかなくっていいのかしら」
「結果は分かってる。いいから撫でてくれ」
数メートル先で怪物と激しい攻防を繰り広げるミースケを観戦しながら、恭子はリクエストしてくるキジトラを抱いてやり、撫でてやった。
ミースケはあの波動を上手く使いこなしているのだろう。
相手の攻撃はまるでミースケに届いていないように見えた。
怪物の攻撃をことごとく捌いて、ミースケはジリジリと怪物との距離を詰めていく。
ミースケは蒼い瞳を爛々と輝かせて、最後の一撃を繰り出そうとしていた。
「そろそろ仕上げだ」
キジトラが顔を上げて恭子にそう言った次の瞬間だった。
ドン!
真っ直ぐに伸ばしたミースケの腕の先から、濃縮された波動が螺旋を描きながら放たれた。
至近距離で放たれた波動は怪物の胸部に大穴を開けた。
「キイーーーーーーー!」
金切声に似た、耳を突き抜けるような音を立てて怪物はのたうち回った。
どういう法則が働いているのだろうか。胸に空いた大穴は真っ暗な深淵のようになっていて、そこに吸い込まれるように怪物の頭や手足がどんどん吸い込まれていってやがて消えてしまった。
「消えた……」
信じられ無いものを目にした恭子は、キジトラを撫でる手を止めて呆然としていた。
ミースケは背後から射し込む夕日に照らされて佇み、怪物が消えた空間をしばらく見つめていた。
「キョウコ、怪我はないか」
スタスタと戻って来たミースケは、恭子の腕の中に納まっているキジトラに目を向けて背中の毛を逆立てた。
「フー!」
「怒るなよ。ちょっとだけご褒美をねだっただけだよ」
「そこは俺の席だ。さっさとどけ」
ミースケに威嚇されて、キジトラは恭子の腕の中からぴょんと跳んでいった。
「なあに? ヤキモチ?」
「そんなんじゃないけど、そこは俺の場所なの。全く厚かましいやつだ」
ミースケは空いた恭子の胸に跳び込んできた。
「甘えん坊だね」
恭子はミースケの頭を撫でてやる。
怪物をボコボコにしていた甘えん坊の猫を抱いて、恭子は眩しげな顔で茜色の空を見上げる。
「綺麗な空。さっきまであんなのがいたなんて信じられないくらい」
「そうだな。まあ気にするな」
「そりゃするわよ。帰ってからでいいから、ちゃんと説明してよね」
「ああ。腹が減ったな。早く帰ろう」
ミースケを抱く恭子の脚に、キジトラは体をスリスリと擦り付けてくる。
「お礼をしないとね。今晩はあんたにもご馳走するね」
「にゃー」
立派な体格のキジトラは甘えた声を出しつつ、恭子の足元にまとわりつくようについて来た。




