第24話 少年と少女そして猫
ゴールデンウィークが明けて学校が始まった。
通学路にある児童公園の前には、通り掛かる恭子を待っていた美樹の姿があった。
「おっはよー」
久しぶりに顔を合わせた美樹に、早速おばあちゃんの所に行った帰りに買ったお土産を手渡した。
「マジ? くれんの? ありがとう」
そんなにかさばらないちっさい箱には、萩の名産である夏みかんを使ったクッキーが入っていた。
美樹は上機嫌でクッキーの箱を鞄にしまった。
「美樹は私になんも無いの?」
「私はどっこも行ってないの。恭子と遊びたかったのに里帰りって、そりゃないっての」
「しょうがないじゃない。文句言わないでよね。お土産もあげたんだから」
「そうでした。じゃあ、またちょっと肩揉んだげるね」
恭子の背後に回って美樹は肩に手をかけグイグイやり始めた。
やっぱり上手い。毎日やってもらいたいぐらいだ。
「今日から席替えだって。恭子と近かったらいいけど」
「先生に当てられたときに頼りたいだけでしょ。調子いいんだから」
「それもあるけど、二人だと楽しいじゃん。ね、恭子もでしょ」
「それはそうだけど……」
美樹を振り返った恭子は、ちょっと気になっているあの少年が、少し離れた後ろの方を登校しているのに気付いた。
やっぱり今日もいた。
恭子の視線に気付いて、またおかしなところに視線をそらして歩いている。
今日も分かり易い少年は、朝っぱらからそういうものが溢れ出していた。
恭子はまた前を向いてからフウとため息をつく。
鞄の持ち手を強く握ったのは、この中にもう一つお土産があったからだ。
あのおしゃべりな猫にそそのかされたのもあるが、それ以外にも少年にお土産を用意する動機は幾つかあった。
限定栗饅頭を並んで買ってくれたこと、自分の物では無かったけれど、ハンカチをわざわざ届けてくれたこと、そしてミースケを籠に入れて家まで送ってくれたこと。
けっこう親切にしてもらって、貰いっぱなしっていうのも悪いと、葛藤しながらお土産を籠に入れた。
しかし、買ったはいいが、どうやって渡したらいいのだろうかと、恭子は真剣に悩んでいた。
こんなの渡したら、気があるって思われちゃうじゃない!
どうでもいいような葛藤を抱えながら歩く通学路。
それでも思春期の純情女子には大問題なのだ。
色々想像しすぎて頬を紅くしながら歩く少女と、微妙な距離感でその後を通学する熱い少年。
肩をグイグイ揉み続ける少女のことを完全に忘れて、恭子の想像は妄想へと羽ばたいて行くのだった。
にゃー。
学校にはまるで相応しくない声が、また聞こえて来た。
放課後、部室を出た途端に、猫の鳴き声を耳にした恭子は、慌てて周りを見渡した。
少し開いた窓からぴょんと跳んで廊下に現れたミースケは、縞々の尻尾を立てて恭子にすり寄って来た。
「ちょっと、また登場ってわけ? 今日は何の用よ」
「いや、大した用でもないよ」
「じゃあ、学校に来たら駄目じゃない。私もこれから帰るんだから、家で待ってなさいよ」
「フフフフ」
不気味な笑いを口元に浮かべて、ミースケは廊下を小走りに駆けだした。
「どこ行くのよ」
校内をウロウロされて、誰かに見られたらマズいと思い、恭子はミースケをすぐに追いかけた。
「待って。待ちなさいって」
階段を駆け上がっていくミースケの後を、恭子は一段飛ばしで駆け上がる。
距離が詰まってもう少しという所で、ミースケはピタリと立ち止まった。
「にゃー」
「にゃーじゃ無いわよ。学校で追いかけっこなんて、誰かに見られたらどうすんのよ」
ようやくミースケを抱き上げようとした時だった。
「片瀬さん」
「あっ」
絶妙なタイミングで階段から降りて来たのは、あの野村忠雄だった。
一瞬驚いた恭子だったが、すぐに足元のミースケを軽く睨んだ。
「き、奇遇だね。また猫が迎えにきたの?」
「あ、えっと、そうみたい。もうやんなっちゃう」
取り敢えず怪しまれないように、恭子は微妙な笑みを浮かべて取り繕った。
「いや、素晴らしい忠猫だよ。きっと片瀬さんの帰宅まで待てなかったんだ」
「そんないいものじゃないって。ただ散歩ルートなだけだよ……」
なんとなく話が続かなくなって、お互いに黙り込む。
廊下に差し込む夕日の影がジワリと伸びる間に、恭子は鞄の中にあるものを渡す決心をした。
「あのさ、野村君」
「え、な、何?」
「これ、なんだけどね……」
恭子は鞄を開けて、包装された小さな箱を取り出した。
「これ、お土産なんだ。おばあちゃんのとこに休みの間行ってて、それで……」
忠雄は階段の途中で固まった。
何が起こっているのか理解できていない。そんな感じの固まり方だった。
「ぼ、僕に? か、片瀬さんが?」
「大したもんじゃないよ。ただのクッキーだよ」
恭子は階段の途中で足を止めていた忠雄に、お土産を渡そうと手を伸ばした。
忠雄も受け取ろうと手を伸ばす。
ズルッ!
恭子の目の前で足を滑らせた忠雄が階段で尻もちをついた。
そのまま、三段ほどお尻をぶつけながら階段下までやって来た。
「大丈夫!?」
恭子は咄嗟に忠雄の手を取っていた。
忠雄は自分の手が憧れの少女の手と重なっていることに呆然としている。
恭子も咄嗟に掴んだ手がそうなっていることにやっと気付いた。
パッと手を放した恭子はそのまま紅くなってしまった。
「怪我してない?」
「う、うん。全然大丈夫……」
ぼんやりと立ち上がった忠雄は、今一体何が起こったのか頭の中で処理しきれていない様子だ。
さっき恭子が掴んだ忠雄の手が小刻みに震えている。
階段を踏み外した尻の痛みなど何も感じていないみたいだ。
「野村君、ねえ野村君」
「あ、ごめん。えっと僕は一体……」
忠雄は恐らく今起こったことが現実であるのか、妄想であるのか判断できない状態になっているみたいだ。
恭子は自分も若干動揺していたので、取り敢えず忠雄にお土産を手渡したあと、この場を離れることにした。
「じゃあ、野村君、またね」
「あ、うん。ありがとう、片瀬さん」
恭子はミースケを抱き上げると、そそくさとその場を離れた。
小走りに廊下を駆けて行った少女の後ろ姿を見送りながら、少年は時間差で猛烈に赤面してきたのだった。




