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世界最強猫と私  作者: ひなたひより
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第17話 猫の神様

「ねえ、ミースケ、ミースケったら」


 帰宅してすぐお風呂に入った恭子は、部屋に戻るなりベッドで丸くなって寝ていたミースケを揺り起こした。


「ふぁああ、どうした? まだ寝足りないんだけど」

「今日のこと、ちゃんと説明してよね」


 結局家まで自転車の籠に納まったままだったミースケに、聞きたいことがあり過ぎだった。

 遠回りに違いないのに、家の前まで猫を乗せてくれた忠雄に感謝しているものの、お互いに変な緊張をしつつ、あまり話も弾まないまま帰って来たことにかなり疲れを感じていた。

 少しは話せた会話の内容は、お互いに失敗を反省した部活紹介。

 忠雄も恭子と同じく、とても一年生の気を惹けたとは思えず、やらかしてしまったと反省していたらしい。

 運悪く、くじ引きで当たってしまったと言っていたが、周到に準備して一人でも多くの新入生に、将棋の魅力を伝えようと頑張った結果の惨敗だったらしい。

 先輩に指名されて半分嫌々やっていた自分と比べてしまい、なんだか恥ずかしくなった。

 内心、恭子は放課後一緒に帰ったことで、忠雄のことをまた少し見直したのだった。


 恭子はミースケを抱き上げて膝の上に載せた。

 喉の辺りを撫でてやると、すぐに気持ち良さげに喉を鳴らし始めた。


「やっぱりあんた、野村君と私をくっつけようとしてるでしょ」

「たまたまだよ。的外れなキョウコの勘繰りだよ」

「嘘だね。どう考えてもタイミング良すぎるし」


 不良に絡まれていた時といい、遠足の時といい、なんだかおかしいと思っていた矢先に、今日の放課後の狙いすましたような登場だ。まるで未来を見とおしているかのような行動の全てが、今思うと不自然だった。


「なんでそんなに私の恋愛に干渉したがるのよ」

「今、恋愛って言ったな。ということはつまり……」


 膝の上で顔を持ち上げ、恭子を見上げるミースケは、なんだかいやらしい顔をしていた。


「いやいや、そういうんじゃないって。野村君とはそういう関係じゃないから」

「でも、あっちはそう思ってないみたいじゃないか。キョウコが言ってたんだぞ」

「まあ、十中八九そうだろうとは思ってるけど、今日だって帰りにそんな話、してこなかったし、どうなんだろうね」

「そんな話をされたらキョウコはどうしたんだ?」


 ミースケの意地の悪い質問に、恭子は撫でていた手を止めた。

 猫に鋭い質問をされて真面目に考えているこの状態は、俯瞰してみると相当な間抜けだったが、恭子はその質問をまともに受け止めた。

 それというのも相手、つまり忠雄があまりに純真に本気を滲ませているのに、とても軽い気持ちで返事など出来ないと考えたからだった。

 毎回肝心なことは何も告ってこないが、そのうちに告白されるかも知れないと恭子は真剣に想像し始めていたのだ。


「まあ、いずれあいつはそうしてくるよ。キョウコもちゃんと準備しといた方がいい」


 サラリと言ったミースケのひと言だったが、きっといずれその時が来るという予感を感じさせる、そんな一言だった。



 忠雄は帰宅してすぐ、どういう訳だか自転車をピカピカに磨いていた。

 小学生の時から乗っている紺色の24インチの自転車。

 中学生になって背の伸びた忠雄が乗るには、少し窮屈になりかけていた愛車だった。

 忠雄は自転車を乾いた布で磨きながら、ブツブツと呟いている。


「流星号、おまえには感謝してもしきれない。最近ちょっとこぎ辛くなってきたけど、僕はお前を一生手放さないからな」


 忠雄の家は学校から徒歩で通うにはやや遠かった。

 忠雄も一年の時から自転車通学の申請を出しており、中学に上がってから数日間は自転車で学校に通った。

 しかし一学期早々に恭子に心奪われた忠雄は、自転車通学をやめて徒歩に切り替えた。

 後ろ姿でも何でもいいから、毎朝少しでも長く、恭子を眺められる徒歩通学を選んだのだった。

 しかし今朝、酷い寝坊をしてしまい、久しぶりに自転車を引っ張り出した。

 毎朝拝んでいる、天使のような後ろ姿を見ることが出来ず、やや落ち込んで帰ろうとしていた時に、あの奇跡が起こったのだった。

 そして今、ほぼピカピカになった自転車を前に、感動の余韻にしばし浸っていた。


「憧れの片瀬さんと一緒に帰れるなんて、こんなことが現実に起こるなんてまるで夢の中みたいだ。いや、ひょっとして本当に夢なのか? 夢だと解釈した方が辻褄が合いそうなことばかりだ。もし夢なら一生醒めないでいてくれ」


 幸福そうな感じから切実な雰囲気に変わった忠雄は、一旦手を止めた。


「まてよ、夢だったら僕がもし片瀬さんに告白したとしても、現実には影響しないわけだ。あの清らかで可憐な片瀬さんに、告白できるのだとしたら夢の中ぐらいだ。つまり夢を見ている今がチャンスってわけだ」


 妄想が広がり過ぎたのか、忠雄はその場で紅くなってうずくまる。


「いや、ナイナイ。それはいくら何でもあり得ない。たとえ夢の中でだってあの片瀬さんに僕なんかが……」


 忠雄は頬を紅潮させつつ、さらに力を込めて自転車を磨き終えた。

 一仕事終えて、忠雄はピカピカになった自転車を、いつも置いてある定位置に停めた。

 そしてふと、目についた籠に一本だけ残っていた細い毛を指で摘まんだ。


「そう言えば、最初もあの猫に助けられた。遠足の時は猫の鳴き声を辿って片瀬さんに行きついた。今日も彼女が猫を抱いていたおかげで一緒に帰れたわけだ」


 忠雄はその場で天を仰いだ。薄明るい空に気の早い星が瞬き始めていた。


「神だな……」


 全く猫を疑うことも無く、この奇跡的な幸運を忠雄は感謝したのだった。

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