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世界最強猫と私  作者: ひなたひより
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第16話 部活紹介

 春の遠足が終わり、しばらくして毎年恒例の部活紹介が始まった。

 恭子の所属する水泳部は、二年の男子二人と、同じく二年の女子二人が部活紹介に抜擢された。

 そして選ばれた恭子は島津美紀と共に、照れ笑いを浮かべながら水泳部の紹介を講堂の壇上でしたのだった。



「あーあ、新入部員来るかなぁ」


 あまり手ごたえを感じなかった恭子と美樹は、部活後の女子更衣室で反省会をしていた。

 冴えない顔の恭子を前に、これまた冴えない顔の美樹が大きなため息をついた。


「他の部は色々パフォーマンスしてたよね。卓球部は台を設置して打ち合ってたし、ダンス部は音楽までかけて派手に踊ってたし、私らも水着になって宣伝すれば良かったかな」

「馬鹿言わないでよ。そんな恥ずかしいこと、出来るわけないじゃない」


 思春期の乙女が、水着姿で壇上に上がれますかっての。


 想像してしまい、恭子は勝手に紅くなってしまった。


「今のは冗談。でも男子はやった方が良かったって言ってた」

「河合君と、田淵君が? あんなガリガリなのに?」

「まあ、スジスジしてるけど、二人は体形に自信ありげだよ。無駄な肉の一切ない体だって」

「骨と皮だけじゃない。あー見たくない。プール以外では裸にならないでもらいたいわ」


 そんな感じで二人ともクスクスと笑い声をあげる。


「ね、やっぱり一番盛り上がってたのは吹奏楽部だったよね」


 恭子がそう言うと美樹はすぐに、うんざりといった顔をした。


「楽器使うなんて卑怯よ。部活紹介なのに演奏会みたいにしちゃってさ。あんなのがいたら、私らなんて記憶に残らないじゃない」

「そうよね。おまけに如月さんもいるし」

「そうそう。如月カトリーヌ。中央でクラリネット吹いて、おまけに吹奏楽部を代表してスピーチしてた。最後のエレガントスマイルで一年男子はイチコロよ」

「そうなのよね。あのスマイルには勝てないわね」

「だからこっちは露出で勝負した方が良かったのよ」


 また話が振り出しに戻っていた。

 恭子はあの遠足以来、カトリーヌと時々話すようになった。

 未だにあのエレガントさの前で、やや尻込みしてしまうものの、向こうからも話しかけてくれるので、少しずつだが慣れてきだしていた。

 最近では顔を合わせるたびに手を振ってくれるようになり、ちょっと高級な友達が出来た感じがしていたのだった。


「しかし私らより酷かったのは間違いなく将棋部だよね。マイクを通しても声がちっさくて聞き取り辛かったし。あ、ごめん。恭子のお気に入りの野村君が紹介してたんだった。今のは忘れて」

「なによ。野村君とはなんでもないんだから」


 恐らく恭子の反応を見たくて、美樹は将棋部の話題を挙げたのだろう。

 最近ちょこちょこ恭子の周りに登場する男子に、美樹はやたらと目を光らせるようになった。

 親友の恋に関する動向が気になっているようだ。

 美樹が軽く揺さぶって来たのは案外的外れではなく、実際のところ、恭子はあの少年のことがかなり気になっていた。

 あからさまに気のある態度を毎回のように見せられては、肝心なことを言わずに去っていくので、気にしないでおこうと思っていても、気に掛けてしまうのは仕方の無いことだった。


 野村君ってどんな子なのかな。


 いつも遠目に滅茶苦茶見てくるのに、目を合わせようとすると、あたふたしながら視線を泳がせる少年のことを、恭子は頻繁に考えるようになっていった。



 部活紹介から一週間が経ち、仮入部ではあるがチラホラと新入部員も顔を出し始めた。

 あれだけ出来の悪かった部活紹介にも拘らず、男子四人、女子二人の一年生が体験に来てくれた。

 プールが使用可能になっていない今の期間は、週に三回の陸トレをしていた。参加してくれた一年生はきっとつまらなかっただろうと、恭子は一年前の自分を振り返り想像していた。

 トレーニングが終わり、着替えを終えて下校しようとしていた時に、どこからか猫の声が聴こえて来た様な気がした。

 隣を歩いていた美樹もその鳴き声に耳を澄ます。


「なんか猫みたいだよね。学校に迷い込んだか?」


 美樹と二人で鳴き声のした方に行ってみると、靴箱を出た所の茂みに、ミースケがちょこんと座っていた。


「にゃー」

「ミースケ!」

「え? なに? 恭子んちの猫?」


 美樹は不思議がりながらもミースケに近づき、撫でまわした。


「可愛い。学校まで出迎えってこと? 滅茶苦茶お利口さんじゃない」

「たまたまだよ。行動範囲広いんだ。うちの猫」

「ふーん、きみ、ミースケっていうのか、よしよし」


 猫撫で声でミースケを撫でまわしている美樹を見る限り、あの日空から現れた猫だと気付いていないようだった。

 今はいいが、もし気付いたら、記憶を飛ばすために猫パンチで殴るかも知れない。

 恭子は友人が殴られてはいけないと思い、撫でまわしている美樹から、ミースケをサッと奪って抱き上げた。


「美樹、悪いんだけど先帰ってくれないかな。私、先生に帰り寄るようにって言われてたの忘れてた」

「そう? じゃあミースケとここで待ってるよ」

「いいよいいよ。ミースケはあとで抱いて帰るから、先帰ってて」

「そう? じゃあ明日ね。またね、ミースケ」

「にゃー」

「おっ、いい返事。今度恭子の家に行ってミースケと遊んじゃおうかな」

「うん。そうね、また今度ね」


 愛想のいいミースケを気に入ったみたいで、美樹は名残惜しそうに手を振って帰って行った。

 恭子はミースケを抱いたまま、校舎裏に駆け込んだ。


「どうしてここにいるのよ!」

「まあ、ちょっとやることがあってさ」

「お弁当はもう無いわよ」

「ああ、それはいいよ。今日は家で済ませてきたから」

「もう、なんなのよ……」


 校舎裏から出て行こうとすると、丁度バレーボール部の団体がぞろぞろと列になって下校している最中だった。

 仕方なく周りを気にしながら、ミースケを抱いて普段は通らない裏手の自転車置き場に出た。

 夕日が眩しいひと気のない自転車置き場。

 一見誰もいなさそうだったので、ほっと一息ついて恭子はミースケを抱いたまま裏門から出て行こうとした。


 ガチャン。


「え?」


 誰もいないと思っていた自転車置き場の隅で、丁度夕日の陰に隠れるように自転車のスタンドを上げる人影があった。

 逆光のその人影に恭子は目を細める。


「か、片瀬さん」

「え?」


 名前を呼んできた男の子の声に、恭子は一瞬戸惑った。

 自転車を押して出てくる人影が、やっと眩しくない場所まで来たときに誰であるのか気が付いた。


「野村君?」


 光の加減で少し見え辛いが、白いヘルメットを頭に載せた忠雄が緊張した顔を恭子に向けていた。


「え? 自転車通学?」

「あ、いや、これはね」


 毎日のように、恭子のちょっと後ろを歩いて通学しているのを知っていたので、恭子は不思議に思ったのだった。


「その、遅刻しそうになって。今日は自転車にしたんだ」

「あれ? じゃあ、もともと自転車通学だったわけ?」

「そうなんだ。実は結構遠くて、自転車通学の申請はしてあるんだ」


 よく見ると、頭に載っているヘルメットが、やたらと綺麗に夕日を跳ね返している。新品みたいな光沢だった。


「どうして普段は自転車通学じゃないの?」

「それは……」


 またいつものように目を泳がせ始めた。


「えっと、それより片瀬さんはどうして猫を抱いてるの?」

「あっ、そうだった。えっと、その……」

「あの時の勇敢な猫だね。お礼を言わないと……」


 忠雄は自転車のスタンドを立てて、ミースケにぺこりと頭を下げた。


「あの時はありがとう。僕も君のようになれるように頑張るよ」


 けっこう真面目に猫に頭を下げる忠雄に、恭子はクスリと笑ってしまった。


「野村君、変わってるね。ミースケみたいになりたいの?」

「うん。彼のように凛々しくなりたいって、あの時本気で思ったんだ」

「やめときなよ。ミースケは気ままで寝てばっかりなんだよ」

「そうなの? でも僕の気持ちは変わらないよ」


 忠雄は何故学校に恭子の猫がいるのか、あまり気にしていないようだった。

 ミースケのことを詮索されずに安堵した恭子は、そろそろ帰ろうとした。


「じゃあね、野村君」

「うん、またね……」


 忠雄の脇を通り過ぎようとすると、腕の中でミースケが体をグッと動かした。

 恭子はミースケを抱えなおす。


「あ、あの、片瀬さん……」

「え?」


 忠雄は相当必死そうに何かを言おうとしている。

 気持ちが言葉になって出てくるまで、恭子はしばらく待つことにした。

 そして、やっと忠雄の口から小さな声が出た。


「……もし良かったら、その、自転車の籠に猫を乗せていかない? なんだか重そうだし……」

「え? いいよ。抱いて帰るから……」


 恭子が言い終える前にミースケは体を捻じって、腕の中からモフモフの体をはみ出させた。

 恭子はまたミースケを抱えなおす。


「やっぱり大変そうだよ。この間のお礼にミースケをこの籠に乗せてって」

「んー、でも大人しく籠の中に入ってくれるのかな……」


 勧められて、試しに乗せてみるとミースケは籠の中で丸くなった。


「気に入ったのかな? 寝ちゃいそう」

「良かった。じゃあ、このまま行くね」


 裏門を出て自転車を押す忠雄は、何となくぎこちない。

 自転車を挟んで歩く二人の後ろに、長い影が伸びていた。

 茜色の夕日のせいで、忠雄の頬が紅くなっているのかはよく分からない。

 そして恭子の頬もどんな色に染まっているのか、見て取ることは出来なかった。

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