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世界最強猫と私  作者: ひなたひより
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第15話 ひょっとしてワザと?

 忠雄はどこを探してもいない恭子を探し求め、森の中を彷徨っていた。

 ハンカチを返すだけなので、そこまでしなくてもいいように思えるのだが、忠雄はこうと一度決めたことは最後までやり遂げる男だった。


 このお昼休憩の間に、片瀬さんにハンカチを返す。


 頭の中には恭子にちょっと感謝してもらえている映像があり、それが忠雄の恭子探しの励みになっていた。

 しかしこんな森の奥まで足を運ぶだろうか、なんとなく小径が続いていたので来てみたが、流石に用もないのに足を踏み入れるような場所では無さそうだった。


 にゃー。


 何処からか猫の声がする。

 忠雄は鳴き声のする方に近づいて行った。

 大きなブナの木の向こうから、その声はしていた。

 忠雄が覗き込むと、そこには猫ではなく、お弁当を食べ終えたばかりであろう恭子の姿があった。


「か、片瀬さん」


 うろたえ半分に忠雄が名を口にすると、恭子もびっくりした様な顔で忠雄を振り返った。


「野村君。どうしてここに」


 そう言われて忠雄は余計にうろたえる。


「き、君を探してて、そしたら猫の鳴き声が聞こえてきてさ……」

「私を探して? どうして?」


 忠雄はすぐ右手に持っていたハンカチを差し出した。


「手洗い場に忘れてあって、探してるんじゃないかって思って、それで……」

「えっ、私、忘れてた?」


 恭子がポケットを探ると、ハンカチが出て来た。


「私のはここにあるから、誰か他の人のだよ」

「えっ!」


 忠雄は慌てふためいた。手に持ったハンカチの刺繍を確認する。


「K・Kって刺繍してあるからてっきり」

「ホントだ。いったい誰のだろう」


 恭子はハンカチを前に、少し考えを巡らせるようなしぐさを見せた。


「手洗い場って、みんなそこで手を洗ってたよね」

「あ、でも片瀬さんの班の次に手を洗ったから、多分片瀬さんだって思ったんだ」

「あ、じゃあ、如月さんかも」

「如月さん? ああ、一年の時いた」

「そう。彼女もイニシャルはK・Kだわ。如月カトリーヌだから」

「如月蚊取り犬?」

「え? 今、蚊取り犬って言った? カトリーヌよ。お婆さんが外国人なんだって」

「へえ、そうなんだ」


 勿論、忠雄はカトリーヌに何の関心もない。

 ほぼどんな人なのか良く知らない、忠雄の中では少女Aぐらいの感じの女生徒だった。


「私、如月さんと同じ班なんだ。折角持ってきてくれたし、私が返しとこうか?」

「あ、そうだね。じゃあお願いします」


 スッと恭子の手が差し出される。

 忠雄は真正面から恭子の顔を見たせいで、どうしても胸が高鳴ってしまう。

 そしてハンカチを差し出した手の指先が恭子の指先に触れた。


「じゃあ、預かっとくね。ん?」


 今触れた指をもう片方の手で包み込み、忠雄は真っ赤になってしまっていた。


「どうしたの?」

「え、いや、その。じゃあ、僕はこの辺で」


 あたふたしながら、忠雄は猛ダッシュでその場を去った。


「片瀬さんに……片瀬さんにじかに触れてしまった……」


 猛烈にときめいて忠雄はとにかく走った。

 恋に患う少年に、思いがけなく訪れた奇跡の瞬間だった。



 恭子と忠雄が小さなときめきドラマをしていた頃、五人ほどの少年が一塊になって森の小路を歩いていた。

 リーダーらしき先頭を歩く金髪の少年は、先日ミースケに成敗された池田という不良だった。


「野村のやつ、ホントにこっちへ来たのかな」

「女子から聞いた話だとこっちに向かったらしいけど」


 あまり自信なさげに返した連れに、池田は舌打ちをした。

 このあいだ野村をしめてやろうとしていたとき、どういうわけか気が付けば全員が地に這わされていた。

 不可解な出来事だったが、今回の遠足のどさくさに、もう一度野村忠雄をしめてやろうと目論んでいたのだった。


「ホントにこっちで合ってんだろうな……」


 不良たちは少し不安になり始めていた。というのも、さっきから頭上で木の枝がザワザワと風もないのに音を立てていたからだった。


「なんだ? ひょっとして猿か?」

「こんなとこに猿なんているかな……」


 ぐおおおおおお。


 低いけだものの吼えるような声が頭上から降って来た。


「お、おい、今の聞いたか?」

「ああ、な、なんかいる。なんかいるぞ」

「なあ、引き返そうよ。なんだかヤバそうな感じだ」


 頭上を見上げる五人の目には、その姿は見えない。だがそこに何かがいるのは感じ取れた。

 そこに追い打ちをかけるように、おかしな笑い声がしてきた。


「ケケケケケ!」


 不良の一人が、その気味の悪い声に飛び上がった。


「ヒイッ! な、なんだ!?」

「笑い声みたいだ。ヤバイ、ヤバいって。早く引き返そう」


 ミシミシミシ。


 巨木が変な音を立てて軋むと、そのまま不良たちの方へ倒れて来た。


「ギャー!」


 間一髪で下敷きにはならなかったものの、巨大な倒木の迫力に五人は震え上がった。


「ヒーッヒッヒッヒ!」


 狂ったような笑い声が樹上からしてきた。五人は元来た道を我先にと逃げ出した。腰が抜けかけているのか、五人とも足取りがおかしい。


「ヒャーッヒャッヒャッ!」


 おかしな笑い声を高らかに響かせている木々の間に、蒼く光る二つの目があった。

 一目散に逃げていく不良たちを樹上で眺めていたのは、器用に口元を吊り上げて笑っているミースケだった。

 そして不良たちがいなくなった後、猛烈に赤面しながら森の奥から走って来た野村忠雄が、ミースケの眼下を駆け抜けていった。

 ミースケは忠雄が走り去った後、樹上から地上に飛び降りて来た。


「これでいい」


 満足げにそう呟くと、尻尾を立てながら、恭子のいる方に続く小径を歩いて行った。



 一方、如月カトリーヌは、忠雄探しを断念して戻って来ていた。

 忠雄の歩いて行った方向を追いかけていったカトリーヌだったが、道中で色々な困難に出会ったのだった。

 得体の知れない動物の遠吠えが聴こえて来たり、あり得ないほどの大木が倒れてたり、挙句の果てにはまだ温かい動物のフンを踏んで靴を汚したり。

 何か邪悪な力が働いているのかというくらい、先に進めなかったのだった。

 汚してしまった靴裏を、腹立たしく水道で洗っていると、背中から声を掛けられた。


「如月さん」


 昼食時に行方不明になった片瀬恭子だった。カトリーヌはすかさずエレガントスマイルを見せた。


「靴を洗ってるの?」

「え、ええ、そうなの。さっき泥で汚れてしまったから」


 まさかエレガント美少女の私が、動物の排泄物を踏んだとは絶対言えないわ。


「如月さんがいっつも綺麗なのはそういうことなんだね」


 恭子は素直に感心しているみたいだ。カトリーヌはすんなり切り抜けられて内心ほっとしていた。


「これ、如月さんのじゃないかな」


 さらっと手渡されたハンカチに、カトリーヌの表情が険しくなる。


 何故? どうして? 片瀬さんがこのハンカチを渡してきたわけ?

 間違いなく獲物はハンカチを持っていた。そして片瀬さんの手に渡った。

 どうゆうことよ?


 ハンカチを手に取ったカトリーヌが、険しい表情で固まっているので、恭子は訝しげな顔をしている。


「如月さん、どうかした?」

「あ、いえ、そう、私のよ。片瀬さんありがとう」

「いえ、どういたしまして。男子が拾って、私が預かってたの」

「そ、そう。それで彼、なんか言ってなかった?」

「え? ううん。特には」


 ハンカチをしまったカトリーヌは、去っていった恭子の背中を見送りながら混乱した頭の中を整理していた。


 私じゃなく片瀬さんに頼んで返させた?

 内気過ぎて私に近づけ無いってこと?

 こんな分かり易い機会を作ってやってもまだ駄目ってこと?

 まるであれみたい。水族館で砂から体を出して同じ方向を向いてる細長い奴。

 たしかチンアナゴだっけ。警戒心が強くて敵が来たらすぐに砂の中に潜っちゃう……。

 でも私に掛かればチンアナゴだって手玉に取ってやるんだから。

 次は砂の穴から引きずり出してやる……。


 カトリーヌは一筋縄ではいかない強敵に、俄然燃え出したのだった。



 遠足から帰って来た後、すぐにお風呂に入って一日の疲れを癒した恭子は部屋で髪を乾かしていた。

 ベッドの上で丸くなり、こちらに蒼い目を向けているミースケに恭子は訊きたいことが山積していた。

 一度ドライヤーを止めてミースケに向き直る。


「ねえミースケ。あんたひょっとして、野村君と私をくっつけようとか思ってない?」

「え? そう見える?」

「いや、ちょっとそんな気がしたんだ。わざわざリュックに忍び込んでお節介を焼きに来たみたいだし」

「それはたまたまさ。ところでキョウコは、あいつのことどう思ってるんだ?」


 そう返されて恭子は口ごもった。


「いや、どおって、どうかな……」

「言ってたよな。キョウコのこと好きみたいだって」

「うん。それは間違いなさそう。今日だって……」

「今日だって?」

「なんか、真っ赤になって逃げてった。ちょっと指先が当たっただけなのに」


 ミースケはあの奇妙な笑いを浮かべた。


「フフフ」

「なに? そのいやらしい笑い」

「いや、面白くなってきたなって思ってさ」

「猫のくせに、人間の恋愛に首を突っ込まないでよ」


 ミースケは恭子以上に、こういったことに関心がありそうだ。

 恭子は奇妙な顔でニヤつくミースケを横目に、また髪の毛を乾かし始めた。

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