第14話 生暖かいお弁当
大きく枝を伸ばした欅の木の下で、強い日差しを避けるように、恭子の班の女子六人は、輪になってお昼ご飯を食べようとしていた。
恭子は隣でリュックからお弁当箱を出したカトリーヌが、蓋を開けるのをそれとなく見ていた。
エレガント美少女のエレガント弁当の中身に、恭子だけでなく他の女子も関心があるのか、遠慮しつつも覗き込むように見ている。
「なあに? 珍しいものじゃないよ」
「あ、ごめん。如月さんのお弁当ってどんなんだろうって思って」
「どんなって、普通だよ。ほら」
開けて見せてくれた色とりどりの中身は、何となくエレガントだった。
そこそこ自分たちと同じ物が入っているのに、どこかしら気品があった。
「美味しそうだね」
「そう? 片瀬さんのは?」
今度はカトリーヌが恭子の弁当の中身に関心を示した。
そして恭子が弁当を取り出そうとリュックを開けた時だった。
「げっ!」
リュックを覗き込んですぐに顔色を変えた恭子に、班の全員がなにごとかと注目した。
「どうしたの恭子?」
「もしかしてお弁当忘れたとか?」
「いや、ちょっと、思い出したことがあって……みんな、先に食べといて」
恭子は一度開けたリュックのジッパーを閉めて、そそくさとその場から退散した。
それから森の小径を抜けて、皆が昼食をとっている場所から充分離れた木陰で、恭子はリュックを開いた。
「ここで何してるのよ!」
リュックの中でミースケは丸くなって眠っていた。
「んー」
声を上げて伸びをするミースケの脚は、狭いリュックの内側を突っ張る。
「どうやって入ったの? いや、入れたとしてもどうやって閉めれたの?」
「それはチョチョイーとね」
ミースケはリュックの中で手をクイクイと曲げてみせた。
恭子は呆れながらミースケをリュックから引っ張り出した。
ミースケの下にお弁当箱があったので恭子はほっとした。
「こんなに軽くなかったわ。中に入れてあった物はどこやったのよ」
「ああ、雨がっぱと折り畳み傘は邪魔だから出しといた」
「もし雨が降ってきたらどうするつもりよ」
「大丈夫だよ。今日は降らない」
「言い切ったわね……」
恭子はリュックの中身を確かめてみた。明らかに何かが減って軽くなってる。ミースケが入るスペースを空けるのに勝手に色々出してそうだった。
「バナナが無い」
「ああ。あんまし果物は好きじゃないんだ」
「いや、私のでしょ。おやつにしようと楽しみにしてたのに」
「それより早く弁当食べよう。もう腹が減って」
「また私の半分食べるつもり? リュックの中にいて一歩も歩いてないくせに?」
そう言いつつも、渋々ミースケに分けてやった。
弁当はミースケの体温のせいで生暖かかった。
「もう、信じられない。お昼から帰るまで、お腹がもたないじゃない」
「弁当箱もうちょい大きいの買ってもらえよ。俺ももうちょっと食べたいんだ」
「どうして私のお弁当を当てにするわけ? 家でお母さんにもらったらいいでしょ」
不満を口にしながら、半分になった弁当を、噛みしめるようにして食べ終えた。
あんまし食べた気がしない。しかもバナナも無い。あとで美樹にお菓子でもたかりに行こう。
「それで何しに来たの?」
「ああ、ちょっとお節介を焼きに」
「なに? どうゆう意味?」
ミースケは食べ終わって、舌と手を使って身だしなみを整えるとニッと笑って見せた。
どこかへ行ってしまった恭子を気にしつつ、女子グループはお弁当を食べ終えた。カトリーヌもエレガント弁当を食べ終えたあと、お茶を飲みながら女子の輪の中でおしゃべりしていた。
そこへカトリーヌの計算どおり忠雄はやってきた。
分かり易く、手にはあのハンカチを持っている。
来たわね。しかしチョロいもんだわ。
忠雄はこちらのグループに真っ直ぐやってきた。
カトリーヌはそしらぬふりで声を掛けてくるまで待つ。
声を掛けてきた所で瞬殺する。
カトリーヌは軽く興奮を覚えながら、狩りを愉しんでいた。
さー来なさい。
だがしばらく経っても何も起こらない。
カトリーヌの背後を足音が通り過ぎていく。
どゆこと?
振り返って確認すると、忠雄はそのまま素通りして行った。
どこ見とんねん! 目え悪いんかい!
私がここにいるって気付かなかったってこと? いやいや、あり得ない。真っすぐにこっちへ来てたし。
カトリーヌは、どこでどう計算が狂ってしまったのかを必死で考える。
今回は将棋の手を考えていた筈はない。私がいるのを分かっていながら素通りして行ったということは……。
何とか今起こっている奇行を合理的な結論に導こうと、カトリーヌは頭を働かせる。
そしてたった一つだけ残された可能性を導き出した。
内気過ぎて声が掛けれなかったってこと?
それならば納得できる。つまりここには女子グループがあって、私に声を掛けたらたちまち注目を集める。
「あの子如月さんに話しかけてるわよ」
「ひょっとして気があるんじゃないの? 身の程知らずね」
とまあ、囁かれるのに耐えられなかったとか。
つまりは一対一じゃないと、声も掛けれないってことね。
何度か頷いて自己完結を果たしたあと、カトリーヌは立ちあがった。
「どうしたの? 如月さん」
「うん、ちょっとお手洗い」
そしてカトリーヌは、獲物の跡を追うべく動き出した。
忠雄の消えていった森の方へと、エレガントに足を進めていく。
逃がすものですか。
如月カトリーヌの目は、獲物を狙うハンターの目に変わっていた。




