第13話 エレガントな遠足
恭子の通う中学では毎年この時期に春の遠足がある。
そこそこ長い距離を歩かされるこの遠足だが、友達同士でおしゃべりしながら歩くので大して苦でもなく、足は疲れるけれども、それはそれで楽しかった。
二年生の恭子が今年歩くのは8キロのコース。
多少起伏のある古墳を巡るコースだ。
頑張って歩けばそれほど時間はかからないが、六人編成の班で固まって歩かなければいけないので、自然と足の遅い者に合わせる感じになる。
そして今年の班編成は、恭子にとっていささか緊張感のある顔ぶれだった。
如月カトリーヌ。
学年で、いや学校で一番エレガントオーラを出している美少女。
一年の時も同じクラスだったが、自分とは住む世界が違いそうな近寄り難いその高貴な雰囲気に、今までそんなに話をしたことも無かった。
そして恭子だけではなく、六人組の班編成の中に如月カトリーヌがいるだけで、グループ全体が緊張していた。
ただの遠足なのだが、如月さんが楽しめるように全員で頑張らないといけない。そんな雰囲気があった。
そして名前順で決まったバスの席は、如月カトリーヌの隣だった。
「片瀬さん。今日はよろしくね」
窓側のシート、肩の触れそうな近さで、少し首を傾げクリッとした目を恭子に向ける。
男だろうが女だろうが、たらし込む高等テクニックに、恭子もハッとしてしまう。
「こ、こちらこそ」
恭子はエレガント美少女の、ゴージャスな色香にドギマギしてしまっていた。
可愛い。でも、相手は女の子よ。落ち着かないと。
まだ遠足は始まったばかり。いや、まだ始まってもいなかった。
バスが到着すると、一度クラスで集合し、あらかじめ決まった班に分かれて順番にスタートしていく。
別に競争している訳ではないので、歩き出す班もあれば、地図を確認して周るコースを話し合っている班もいる。
恭子は班長をさせられていたので、予め頭に入れていたコースを歩きだした。
見上げると、もう散ってしまった桜の木は、至る所に新しい葉を芽吹かせて、瑞々しい緑をお日様で煌めかせている。
高い空に眩しい日差し。少し冷たい空気もこうして歩くのには丁度いい。
それにしても、何となく息のつまる古墳巡り。
雑談しながらブラブラ周っている他の班が羨ましい。
恭子はそんなことを考えながら、隣を歩くカトリーヌに視線を向けた。
しかしエレガントだわ。歩く姿勢がやたらと洗練されてる。同じ中学生とは思えないわ……。
チラチラ見ていると視線を感じたのか、カトリーヌが恭子の方を向いた。
ドキッとして慌てて視線を逸らす。
「いい天気ね」
カトリーヌの唇から春風のような涼やかな声がした。
「うん。ほんといい天気だね。晴れて良かった」
当たり障りのない返事を慌てて返した。
恭子と並んで歩くカトリーヌ以外の四人は、一歩退いてついて来ている。
エレガントオーラを発散しているカトリーヌに、なんとなく近づき難いのであろう。心の距離が実際の距離感を作っている感じだった。
何となく恭子がカトリーヌ担当になっている。つまりは接待係にされてしまっていた。
とにかく楽しんでもらわないと、と恭子は話題を探す。
「えっと、如月さんは生徒会役員だったよね」
「うん。一年の時は。引き続き今年もやるつもりだよ」
「部活は吹奏楽部だっけ」
「そうなの。クラリネット。片瀬さんは体育会だったっけ」
「私は水泳部。美樹と一緒なの」
「ああ、島津さんね。あの子背も高いし向いてそう。片瀬さんの専門はなに?」
「私は自由形。六月から冷たいプールで練習始まるの」
何となく普通に話せている。意外と話に乗ってくれる美少女に、少しは緊張が解れてきた。
見た感じで話しにくそうって思ってたけど、そんなことなかったんだ。
春の匂いがする小径。一年の時にあまり話せなかった時間を取り戻すように、恭子はまだ少し緊張しながら、カトリーヌとのおしゃべりを楽しんだのだった。
昼食の時間。
全員が同じ広場に一旦集合し、食事をする。
恭子の班も午前の部を周り終えて、お昼ご飯をとろうとしていた。
如月カトリーヌは手洗い場で、またあの視線を背後に感じていた。
また見てるわ。
凄い視線の圧を受けながら、カトリーヌはちらりと振り返る。
やはりそこにはあの野村忠雄が、手洗い場の順番を待ちながらこちらに熱い視線を注いでいた。
ここいらで仕掛けようかしら。
カトリーヌは手洗いを済ませると、手を拭いたハンカチを手洗いの台に置いたまま立ち去った。
こうしておけば、ガン見していた野村忠雄は、このハンカチに必ず気付く。
あとは待っていれば、あちらからノコノコやってくる。
そして手玉に取る。
余裕ね。
完璧な未来を想像しながら、カトリーヌはその場を去った。
午前中、予定していた行程を歩き終えた忠雄の班は、昼食をとる前に手洗い場で順番を待っていた。
そして忠雄は、自分たちの班の前で手を洗っていた女子班の中に、恭子がいることに気付いたのだった。
そこからはひたすら視神経を集中させて、恭子の背を目で追い続けた。そのとき隣にはあの如月カトリーヌもいたのだが、忠雄の狭い視界に入っていたのは恭子だけだった。
恭子の班が手洗いを済ませ退散していったあと、忠雄はカトリーヌの思惑どおり、手洗い場に置かれているハンカチに気付いた。
綺麗に畳まれたままそこに在るハンカチの生地に、イニシャルが刺繍されてある。
K・K……。
一呼吸おいて忠雄は仰天した。
片瀬さんのハンカチじゃないか!
忠雄はハンカチに飛びついた。
どうした僕。いったい何が起こってるんだ? 奇跡か? 神のいたずらか?
如月カトリーヌのものだという可能性は、忠雄の頭の中に一切思い浮かばなかった。
そもそも下の名前を知らなかった。
片瀬恭子のハンカチであると、疑いもしなかったのである。
どうする? このまま僕の宝にしてしまうか? いやいや、それじゃあ片瀬さんの私物を盗むことになる。第一ハンカチが無ければ片瀬さんが困るだろ。
忘れてたよって渡しに行くか? こんな大勢の中でか? いや、大勢いるからかえってさりげなくていいのかも知れない。
「おーい、野村、後がつかえてんだぞ」
班の連中の声で我に返った忠雄は、取り敢えずハンカチをポケットにしまったのだった。




