第12話 ニャンコ先生
土曜日、朝目覚めると、ミースケはやはり恭子の胸の上でスヤスヤと眠っていた。
重苦しいと思っていたが、このところ毎日なので馴れてきていた。
「おはようキョウコ」
「おはようミースケ」
恭子が目覚めると、たいがいミースケも目覚める。
そしてそのままミースケはベッドの上で、ベロベロと自分の唾を付けた手で顔を洗う。
その辺りはミースケは猫の習性そのまんまだ。
人間のように洗面所で顔を洗うのをミースケは嫌がった。手や足が水に濡れるのは生理的に我慢できないのだという。
同じ液体でも蛇口から出たのと、自分の口から出たものでは違いがあるのだろう。
どう考えても唾よりも水道水の方を自分なら選ぶが、ミースケにはミースケのこだわりがあるのだと、毛づくろいをする姿も可愛いので、そこは干渉しない。
それでも週に一度、恭子はミースケを説得して風呂に入れていた。
いつも胸の上を寝床にしているミースケが、清潔なのにこしたことはない。
もし風呂に入らないのなら、一緒に寝ないからと言ったら渋々了承してくれた。
お互い顔を別の場所で洗ったら、朝ご飯が待っている。
朝ご飯を食べるとき、ミースケは恭子の膝の上に乗ってくる。
自分のご飯は別にあるくせに、おこぼれを狙ってくるミースケに、恭子はいつもちょっとだけ分けてやる。
「美味しい?」
「にゃー」
両親の前では絶対に人の言葉は話さない。
なかなかの徹底ぶりだった。
朝ご飯を食べ終えた後、恭子はジャージに着替え、ミースケを抱いて外に出た。
先日、波動でクッションに穴を空けたミースケに、こんなことができたら面白いだろうねと言うと、それならやってみるかと誘われたのだった。
「ねえ、ホントに私にも出来るのかな?」
「ああ。キョウコなら可能性ありありだよ」
「私ならって、ホント? もしかして才能ありってこと?」
なんだかその口ぶりに首を傾げつつ、ミースケに言われるがまま廃工場までやってきた。
「ここって、勝手に入っていいのかな?」
「いいさ。誰もいないしおあつらえ向きだ」
ミースケは恭子の腕の中から跳び降りて二本足で立った。
「水筒持ってきたよな」
「うん。ミースケが言うから持ってきたけど」
「それでいい」
また意味ありげにそう言うと、ミースケは恭子の横に並んだ。
「波動を扱うのにはコツがある。言い換えればコツさえつかめば、そんなに難しいもんじゃない」
「そうなの? そんな簡単に車を吹っ飛ばしたり出来るわけ?」
「まあ、そのうちに分かるよ。さあやってみよう」
右前脚というのが適切なのか、とにかくミースケはスウッと右手を突き出すとを姿勢を正した。
「こんな感じ。やってみて」
「こうかしら」
恭子もミースケに倣って、同じ感じでやってみる。
「いいぞ。体の中に流れが感じられるだろ。それを具体的にイメージするんだ」
「体の中に流れ? そんなの感じろって言われても……」
捉えどころのない指示に戸惑いながらも、言われたとおりにやってみる。
すると恭子は体内に不思議な感覚があることに気付いた。
「ミースケ。あんたの言ってるのってこれなのかな」
「分かるだろ。流石キョウコだ」
当然のようにミースケはそう言った。
恭子は戸惑いつつも、ミースケに言われたとおり、その感覚を具体化していく。
幾筋もの川の流れが知らない間に自分の中にあって、今それに気付いたかのようだった。
「なんだかうまくいったみたい。信じられないけど」
「じゃあ、次の段階に行こうか。具体的になったその流れを伸ばした掌に集めるようにイメージするんだ」
「うん。分かった」
恭子は具体的にイメージした波動の流れを掌に集中させていく。
それは黄金色の光の奔流を集めていく感覚だった。
「キョウコ、掌が暖かくなってきたんじゃないか?」
「え、ええ。そう言えば」
「その感覚が起こったら、今掌に集めた流れを解き放てばいいだけ。方向性だけ定めて解放してやるんだ。こんなふうに」
ミースケがそう言った後、伸ばした手の先から何かが飛び出て行った。
それは白い光のようなもので、真っ直ぐに飛んで行った後、5メートルほど離れた壁にぶつかった。
「同じようにやってみろ」
「うん、行くよ」
恭子は伸ばした掌のせき止めていた感覚を解放した。
体から腕に向かい掌に集まっていた奔流は、勢いよく壁に向かって飛びだした。
白い光が壁に到達し、ぶつかった。
「マジで? 出来ちゃったわけ?」
「ああ、確認してみよう」
ミースケはピョンと恭子の胸に飛びついてきた。
恭子はミースケを腕に抱いて壁を確認しに行く。
そしてコンクリートの壁に丁度二か所、ミースケの分と自分の分のくぼみができているのを目の当たりにした。
「波動をぶつけて圧力をかけた。セメントの分子が変形してこうなったんだ」
「すごい。いきなりできた。ミースケが言ったとおりだったわ」
「だろ。俺の言うとおりやってればこんなもんさ」
やや自慢げな感じのミースケを撫でながら、恭子は興奮を抑えられない。
「ねえ、私って凄い才能の持ち主なのかな」
「天狗になるなよ。今やったのをあと十回やって見せろ。コツが分かったらあとは回数だ」
「よーし。じゃあ見ててね」
「段々早く打てるようになるし、威力もコントロールできるようになる。さあ始めよう」
それから延々と繰り返し波動を撃ち続けた。
流石に疲れてきて、その場に座り込んだ。
「はあ、はあ、なんだか疲れてきた。のどがカラカラなんだけど」
「だろ。水筒の水で水分補給しろ」
言われたとおりゴクゴクいくと、ようやく落ち着いた。
「なんだか今日は、やけにのどが渇くな」
「ああ。波動を撃てば水分を消耗するからな」
「え? どゆこと?」
「体内を波動が循環している間に、ある程度体内の水分が波動に混ざるんだ。それを放出すると当然水分も出て行く。つまりそういうことだ」
「なるほどそういうことね。波動を撃った後にミースケの肉球から湯気みたいなものが出てたのは水蒸気だったってわけね」
「そうだよ。キョウコも威力の強いやつを撃てばああいう感じになる」
「私のはまだまだってわけね」
話を聞きながら、この猫教官はなかなかのやり手だと感じていた。
ズブの素人の自分を、いきなりここまで育て上げた手腕を、素直に評価したのだった。
そしてこの日の特訓はまだまだ続いた。
ミースケはまあまあストイックな鬼教官だった。




