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世界最強猫と私  作者: ひなたひより
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第11話 エレガントな少女

 長い艶のある栗色の髪。

 透き通るような白い肌。

 つぶらな瞳にすっきりとした鼻筋。

 柔らかそうな唇は上品さを兼ね備え、多くの少年たちを惹きつける。

 フランス人形のような容姿の、キラキラしたその少女の名は如月きさらぎカトリーヌ。

 祖母がフランスの貴族の娘で、成る程日本人離れしているのも納得だった。

 そして本人も、己が美少女であるのを自然に意識し、たしなんでいた。

 お手洗いに行って用をたしている姿が想像できないエレガントな美少女。

 まさに完全無欠ともいえるこの中学二年生の少女は、普通の県立中学に通っていた。


「また見られてたわね。カトリーヌ」


 昼食後の教室で、如月カトリーヌにそう声を掛けてきたのは、クラスメートの三宅詩音みやけしおんだった。

 シオンという呼び名ではあるが純和風な顔立ち。

 カトリーヌは笑顔で返す。


「え? 何のこと?」


 やや首を傾げて少しだけ目をクリッとさせる。これこそが何気ないながらも男子も女子もたらし込める高等技術よ。


「えー気付かなかったの? あんなにガン見されてたのに?」


 勿論、詩音が何を言いたいのか分かっている。しかし気付いていないと言うのが清純美少女の持ち味なのよ。


「え? ホントに? いつ?」

「昨日の朝の集会の時よ。最後に前に出て並んでたあの子よ」

「ほんと? 気付かなかった」

「もう、カトリーヌはいっつもそうやって気が付かないんだから。ちょっとは気付いてあげなさいよ」


 言われるまでもなく、カトリーヌはガッツリ気付いていた。

 最後に壇上に上がった将棋部の野村忠雄。

 しつこいくらい何度も私をチラ見して頬を紅くしていた。


 まあ、昨日に始まったことでは無いんだけど。


 昨年、同じクラスだったときも、痛いくらい視線を感じていた。

 ちょっとは遠慮しなさいよっていうくらい、しょっちゅう熱い視線を向けられながらも結局は告って来なかった。


 まあ、告られてもお断りしてたけどね。


 しかし、今回あのパッとしない暗めの男子生徒が将棋ではやり手だったのを知って、完璧なはずの自分がぬかってしまったことに気付いた。

 カトリーヌはとても計算高く、先見の明のありそうな男子に目を付けては、思わせぶりな態度を見せていた。

 将来大成しそうな若芽を恋人候補にランクインして、コレクションにしていたのだった。


 将棋の棋士って凄い儲けてるわよね。社会的地位だって凄そう。見かけはパッとしないけれど、成長期で化けるかもだし、末席に加えてやってもいいかもね。


「ねえ、聞いてる? あの野村って子よ。カトリーヌにメロメロって感じだったよ」

「そうなの? 思い違いじゃない?」

「いい加減、自分の可愛さに気付きなさいよ。罪深い子ね」


 三宅詩音はなかなか純粋な子なのだろう。この腹黒い、見かけ天使のクラスメートに、取り立てて疑念も抱くことなく解説してくれたのだった。

 カトリーヌはそんな詩音の話を半分以上聞き流して、別のことを考えていた。


 よし。まあ、見逃してた若芽を、早速放課後にでも摘みに行こうかな。


 いかにもチョロそうな相手に、カトリーヌは余裕しかなかった。



 カトリーヌに余計なことを吹き込んでいた三宅詩音は、重大な勘違いをしていた。

 集会の時、野村忠雄が壇上から熱い視線を送っていたのは勿論、如月カトリーヌではなかった。

 新学期に入ったばかりで、並ぶ順番が出席番号順だったため、片瀬恭子の後ろは如月カトリーヌだった。

 つまり視線の先にいた恭子の後ろにたまたまいただけで、忠雄はカトリーヌを認識すらしていなかった。

 そして一年の時、カトリーヌは忠雄が一年間、自分に熱い視線を送り続けていたと思っていたが、これも同じ様な勘違いだった。

 どう言う訳か、席替えの度に恭子は忠雄の座る斜め前の席になっていた。

 そしてまたどういう偶然のいたずらか、忠雄が視線を向ける恭子のその奥に必ずカトリーヌの席があったのだった。

 一年間熱い視線を注ぎ続けた少年と、視線を注がれ続けてきた少女。そして見られ続けていると錯覚し続けた少女がいて、ややこしいことに発展するのだった。



 放課後の生徒会室。

 如月カトリーヌは一応生徒会役員であった。

 別に生徒会の集まりもないのに、カトリーヌは生徒会室の前へとやってきた。

 狙いは当然、隣の将棋部の部室に顔を出す筈の野村忠雄だ。

 生徒会室の前にいればあいつは必ずやってくる。

 そこで軽くモーションをかけて、手玉に取ってやろうと考えていた。


「あ、野村君じゃない。表彰されてたね。見直しちゃった」

「あ、ありがとう。ぼ、僕と、お、お付き合いしてください」


 とまあ、こんな感じだろう。

 そこで連絡先の交換をすることで、気のあるそぶりを匂わせておいて、コレクションに加える。

 チョロいもんでしょ。


 そんな成功映像を思い浮かべていると、計画通り獲物がやってきた。

 カトリーヌは姿勢を正し、天使の如くはにかんだ。


「あ、野村君じゃない」


 呼びかけたカトリーヌの声に、少年は何の反応もない。

 ただ下を向いてブツブツ何かを呟いている。


 どうゆうこと? なんだかものすごく集中してて周りが見えてないみたい。


 カトリーヌは今の状況を打開すべく、まるで反応のない忠雄を前に頭をフル回転させる。

 そしてあっという間に合理的な結論を導き出した。


 そうだ。将棋の棋士って、頭の中で詰将棋をしていい手を考えてるって聞いたことあるわ。つまり周りが見えないくらい将棋にのめり込んでるんだわ。


 忠雄はずっと何かを呟きながら部室の戸を開けて、そのまま中へ入って行った。


 凄い集中力だった。ひょっとして金の卵かもしれないわ。

 天才若手棋士と恋仲になるってのもアリよね。


 また未来の期待を膨らませながら、カトリーヌはその場を去った。

 本腰を入れてあいつを獲りに行く。そう決めたのだった。



 部室に入って将棋盤の前で忠雄は正座をしていた。

 将棋盤の上には何故か座布団が置かれていた。

 解説すると、この座布団、恭子がここに来たときに敷いていた座布団だった。


「この座布団をどうすればいいか、それが問題だ……」


 忠雄はそのことでずっと悩んでいた。

 狭い部室では隠せるところなど無い。

 明日から部活が始まれば、身の程をわきまえず、この座布団に座る奴が必ず現れる。

 あの清らかな片瀬さんの座った座布団に、部員が汚い尻を乗せているのを想像しただけでブチ切れそうだった。


「片瀬さんの使ったあの湯飲みは持って帰って僕の宝になった。この座布団も今日持って帰るか? 僕は部室の備品を二つも盗んでしまう訳か? 盗みはいけないことだけど片瀬さんを汚されたくないし」


 またブツブツと呪文のように自問自答する。

 カトリーヌが廊下で聴いたあのブツブツはこれだった。


「よし決めた!」


 そう言って忠雄は鞄を開いて座布団を詰め込み始めた。

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