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ひと夏の冒険

作者: 有仁

「行ってきます!」

 僕は、まだピカピカのゴーグルを勢いよくかけた。

 途端にそれまで殺風景だった駅のホームがカラフルで賑やかになった。次々と色が変わって注意を引きつけようとしている自販機。その上で踊っている新しい清涼飲料水のペットボトルたちと僕の大好きな戦隊ヒーロー。ベンチで列車を待っていたお兄さんの服の上では長い竜が悠々とうねっていた。

「気をつけてね。おじいちゃんに失礼のないようにね」

「大丈夫だよ」

 心配顔のママに、僕は元気な声で返事をした。

 パパやママにとっては怖いおじいちゃんかもしれないけど僕には優しいんだから。

 そう、十歳になった僕は、この夏休みにおじいちゃんに逢いに行く。

 離れて暮らすおじいちゃんと最後にリアルで会ったのは、僕がずっと小さかったころ。小学生になる前だ。両手に庭先で取れたキュウリをもって大きなタタミの部屋を走っていた記憶がうっすら残っている。

 あのときの瓦屋根の広い家も庭の畑ももうなくなって、今は施設に入っているそうだけど、日焼けした力強い腕で頭を撫でられた感触は今でも懐かしい。

「わざわざ行かなくても、いつでも会えるじゃない」

「会えるって、アバターでしょ」

「悠真もゴーグルを使える歳になったから、リアルに話ができるようになったでしょ」

 ママの言う通り、おじいちゃんはときどき「ボウズは元気か?」と言いながら急に現れる。実際に現れるのは、本人ではなく送られてきたアバターロボットだ。ゴーグルを着けていれば、二つの車輪がついた看板のようなアバターロボットがおじいちゃんの姿に置き換えられて、大人たちはそこにおじいちゃんがいるように思えるのかもしれない。

 成長期にVRゴーグルは悪い影響があるそうだ。今までは僕は子供だったから、ゴーグルの替わりにタブレットをかざしておじいちゃんのアバターを見ていたけど、手が疲れるからだいたいはロボットのディスプレイに映る顔を見て話していた。

 十歳になってゴーグルが使えるようになった今は、アバターの見え方も違うだろう。

 それは分かるんだけれども。

 ゴーグルをかけて見える世界はタブレットでのぞき込むよりも包み込まれる感じで、画面の縁からはみ出すのが気にならないのは、確かにそうなんだけど。それがリアルかというとそれは違うと思うんだ。ゴーグル越しの世界は、自分の目で直接見る世界よりなんかたどたどしいし、想定したように動いてくれなくて疲れるんだよね。それにアバターロボットは大きな手で髪の毛をワシャワシャにして頭をなでてくれることもない。

「そんなの、リアルじゃない」

 大人はそんなことも分からないのだろうか。

 そういえば、大人同士って飛びついたり、互いの手をパチンと合わせたり、ふざけて叩いたりとかしていないな。

 大人になるって寂しいことなのかもしれない。

「悠真は、おじぃちゃん子だからなぁ」

 いつものように、ママの後ろで静かに見守っていた父が口を挟んだ。

「だからって、わざわざ行かなくても」

「おじいちゃんだって、会うのを楽しみにしているじゃないか」

「なにかあったら心配で。それに……」

「いいじゃないか。そろそろ一人旅をしてもいい頃だ」

「でも・・・」

「大丈夫。一回り大きくなって帰ってくるよ」

 ママはいつも心配性なんだから。大丈夫。初めての駅でもゴーグルが教えてくれる通りにきちんと乗り換えもできるし、困ったらいつでもアシスタントに聞くから。

 それにきっと、弱々しくなったおじいちゃんの姿を見て僕がショックを受けると思っているんだ。僕だって、施設に入るということがどういうことか分かっている。畑仕事ももうしていないし、記憶にある日焼けしたたくましい腕もひょろひょろで青白くなっていることだろう。

 大丈夫。会った瞬間はショックかもしれないけど、そんなことは乗り越えられる。

 視界の中央にカウントダウンする数字がスライドインしてきて、リニアの発車時間まであと九十秒と教えてくれた。

「そろそろ乗車しないと。お土産。しっかり渡してね」

 ママが小さな紙袋を手渡した

「うん。行ってくるよ」

 僕は、力強く言ってリニア新幹線の扉をくぐった。そのまま矢印に導かれて自分のシートに座った。

 ゴーグルのおかげで見た目はとても豪華だったけど、座ったお尻にあたるシートの感触は、小学校の遠足の時に感じたものと同じだった。僕はちょっと安心して、リュックを膝に乗せると、窓越しにホームで手を振る両親に手を振り返した。

『おじいちゃんによろしくね』

『乗り過ごさないように気をつけてね』

『GPSはオフにしちゃダメよ』

「発車いたします。閉まるドアにご注意ください」

 ママの声に、発車を知らせるアナウンスが重なった。

 ゆっくりと両親の姿と周囲のフキダシが後ろへと流れていく。流れる景色がどんどん早くなり、ゴンという軽い衝撃とともに体がふわりと浮き上がった。

 窓の外では、景色がすごいスピードで流れていて、ランドマークを教えてくれるポップアップも読む前に流れていった。


 ゴーグルの指示に従ってリニア新幹線を降りると、僕はビルの中を通り抜けて古めかしい列車に乗り換えて、小さな駅のがらんと広いロータリーで僕を待っていたデマンドバスと乗り継いで、さらに田んぼや太陽光発電パネルが広がる道を歩いてようやく、立派な二階建ての建物の前に立っていた。

「よく来たなぁ」

 エントランスホールの大きなガラスの扉が開いて、見慣れたおじいちゃんの姿が現れた。

「おじいちゃん!」

 門からエントランスまでの10メートルを僕は全力で駆け抜けた。

「大きくなったなぁ。途中で迷わなかったか?」

「僕もう十歳だよ」

「そうだな。もう子供じゃないな。失礼した」

 僕の顔を覗き込むようにちょっとかがみ込んだ、おじいちゃんはニコニコ笑っていた。

 僕はちょっと顎をひいて、昔のようにワシャワシャと頭を撫でてくれるのをじっと待っていた。だけど、いつまでも力強い腕が伸びてこないので、僕は上目遣いにおじいちゃんを見つめ返した。

 もしかして。

 僕はゴーグルを外してみた。

「もう昔みたいに元気に歩き回れないから、ここでもアバターなんだよ」

 家にあるのとちょっと違う車輪付きのディスプレイに、おじいちゃんの顔が映っていた。

「せっかく来てくれたのに、ごめんな」

 アバターロボットのおじいちゃんは、マニピュレーターで本当に困ったように顔が表示されたディスプレイの裏を掻いた。まるで本当に頭を掻いているような仕草だった。

「ご飯はどうしてるの?」

「おお、お腹すいたか? もうおやつの時間だもんなぁ。残念だけど、ここにはボウズの好きなじいちゃんのつくった干し芋はないなぁ」

 そうじゃない。生きているおじいちゃんは食事をするんでしょ。そうじゃなきゃ、死んじゃうもの。そのアバターじゃなくてちゃんと食べて消化できる肉体があるんだよね。そのおじいちゃんはどこにいるの? 弱っていたって、萎びていたって、僕はリアルなおじいちゃんに会いにきたんだよ。

 そんなことを伝えたかったんだけど、僕の頭は頼りにならなくてうまく言葉がみつからなかった。ここまで僕を導いてくれたゴーグルのアシスタントも、こういう肝心なときにはなにも教えてくれなかった。

 どう伝えるか答が分からなくて、僕はしかたなく言いやすい言葉を口にした。

「干し芋って、いつの話だよ」

 本当は、お日様の降り注ぐ明るい縁側でかじりついたあの濃い黄色のねっとりとした甘い小判のことはいつ思い出しても懐かしいんだけど。

「そうか。もう干し芋の丸かじりはやらないのか」

 おじいちゃんは目を細めていた。

 うなずいた僕に、おじいちゃんはゆっくりと自動ドアを指差した。

「おやつはあるか分からないけど、いつまでも玄関で立ったままというわけにはいかないだろう。こっちにおいで」

 僕はおじいちゃんに連れられて、大きな広間のような部屋に行った。そこには、おじいちゃんの友達だというたくさんのお爺さんやお婆さんがいた。

「うちの孫がわざわざ来てくれました」

 おじいちゃんが大きな声で僕のことを話したので、僕は広間の全員の注目の的になっていた。

「こんな田舎までよく来たね」

「大したもんだ」

「本当に一人できたのかい?」

「最近の子供は偉いね」

 突然、多くの知らない人たちに注目されて、僕はどうしたらいいか分からなくなって、おじいちゃんのアバターの陰に逃げ込んでしまった。

「あんたたち。一斉に話しかけるから、あの子が恐がっているじゃないか」

 部屋の片隅にいたお婆さんの厳しい声に怒られたお爺さんお婆さんたちは、互いに顔を見合わせた。

「坊や。怖くないからね」

 そういって優しそうに笑うお婆さんの口には、白い歯が見えなかった。

 ふと気になっておじいちゃんにたずねた。

「ここにいるのは、みんなアバターロボットなの?」

「そんなことはないさ。でも、アバターなら思い通りに動かない手足でもどかしい思いをしなくて済むし、物忘れもないからなぁ。自分のやりたいことを自由にできないのは、とても耐えられないんだよ」

 おじいちゃんの声はだんだんと小さくなり、最後は呟いているようになった。それから急に顔を上げて僕の方を見ると、元気な声で、

「こんなことを言ってもボウズにはまだ分からないか」

とつけ加えて、いたずらっぽくウィンクした。

「それに、久しぶりの客人にみんないい格好をしたいのさ」

 アバターでいつでも家族に会いに行けるのだ。わざわざリアルに訪問してくる家族は少ないのだろうとは僕にも想像できた。その分、僕は大歓迎されたというわけだ。

 徐々に雰囲気にも馴れてきて、おじいちゃんの友達の皆さんとお話できるようになってきたころ、チャイムの音が館内に響き渡った。

「もう夕食の時間だな」

 天井を見上げたおじいちゃんがつぶやいた。

 そう言われて気づいてみれば、部屋の大きな窓の外は夕焼けに染まっていた。

「今日は一緒に食べよう。ちゃんとボウズの分もあるよ」

 そう言って差し出された手の感触は硬くてゴツゴツとしていたけど、僕はおじいちゃんに手をひかれるままに食堂に向かった。

「苦手なものとかあるかい」

「何でも食べられるよ」

「そうか。ここの食事も美味いぞ。じいちゃんの畑で作った野菜ほど栄養満点で美味しいのはなかなか食べられないけどな」

「それは楽しみだね」

 食堂の入り口で僕たちは背後から声をかけられた。

「今日はロボットのあんたも食べるのかい?」

 後ろからきたのは、さっき僕が困っているのに気づいてくれたあのお婆さんだった。

「せっかく泊まりに来てくれたお客がいるからね」

 おじいちゃんがびっくりするくらい大きな声で返事を返した。

「そりゃ、よかった。毎日テレビに向かって食べるのはつまらないからね」

 言われて食堂を見ると一人分の食事が並べられたテーブルの向かいに、古い映画に出てきそうな渋いオヤジが座っていた。ゴーグルをかけてないこの老婆のために、大きなディスプレイがおいてあるのだろう。

「あたしゃ、あのイケメンとデートなんだけど、あんたたちも一緒に食べるかい?」

「お邪魔しちゃ悪いんじゃないかい?」

「大丈夫さ。昔は映画スターだった、ただの爺さんがテレビの向こうにいるだけさ」

 老婆はそう言って笑った。皺くちゃの笑顔だったけど、僕にはその表情がとても愛らしく感じられた。

「ウタさ~ん」

 映画スターをモデルにしたというアバターが立ち上がってこちらに手を降ってきた。

「今日はこの二人も一緒だよ。いいね」

 ウタさんが叫び返した。

「分かったよ。ちょっと待っててね」

 すると、どこからか現れた給仕ロボットが、すごい勢いで僕たちのテーブルもつなげて大きな食卓をつくった。

「すごい」

 あまりの手際良さに呆気にとられていた僕の姿を見てウタさんが笑った。

「なんだい。そんな驚くことじゃないだろ」

 僕は首を振った。

「学校でもこんなに沢山のロボットはいないよ。それに人間の指示がなくてもきちんと仕事をしていてびっくりした」

「そうかい。ここじゃロボットばっかりでね。この老婆のために一緒に食べてくれよ。あんたみたいな生身の人は久しぶりなんだよ」

 ウタさんは皺くちゃの顔に満面の笑みを浮かべた。

「他にいないの?」

「少し前までもう一人いたんだけどね。いまはロボットばっかりだよ」

「寂しくないの?」

「大概のときは、誰かのロボットがいるし、食事のときも、あのスターの他にも二人、イケメンが話し相手になってくれるからね」

 僕たちはウタさんの歩くペースに合わせて、ゆっくりと席についた。

「ノロいだろ? 自分でも嫌になるのさ」

 ウタさんは力のない笑顔を浮かべた。

「あたしもロボットで自由に走り回った方がいいかなと思うこともあるよ」

「アバターロボットは使わないの?」

「使わない訳じゃないさ。でも、まだ元気なうちは自分の肌でお日様を感じたいし、舌で食事を味わいたいじゃないか」

 ウタさんは、シチューがしたたりおちるスプーンを掲げてみせた。

「確かに、美味い飯は生きているって感じになったなぁ」

 おじいちゃんの前にもウタさんのと同じ食事が並べられていたけど、多分それは映像だけなのだろう。その証拠に、おじいちゃんの前にあるのはなんのにおいもしなかった。

「あんたももう少し、頑張ればよかったのさ」

 ウタさんはお魚の団子を刺したフォークをおじいちゃんに向けた。それは僕がやったら怒られるようなお行儀だったけど、とても楽しそうだった。

「そうかもしれんな」

 おじいちゃんは上手な箸捌きで、幻のシチューの中のお団子をつまみ上げて少し眺めると、またスープ皿に戻した。

「あとは美味いワインがあれば言うことなし」

 突然スターが割って入った。

「ここじゃ酒は飲めないよ。知ってるだろ」

 ウタさんがピシャリと言った。それから、キラキラした目で僕につけ加えた。

「このAIがもうちょっとお利口だったらいいんだけどね」

「AIだけど、あなたへの愛には溢れてるぞ」

「もう、いいから」

 スターのダジャレを流すと、ウタさんは、おじいちゃんに向かって言った。

「あんただって、まだ生きているんだろ」

 頷いたおじいちゃんに、ウタさんはさらに続けた。

「今を楽しんでるかい? どうせ、遠からずお迎えは来るんだよ」

 ウタさんは、お酒を飲むように味噌汁のお椀を一気に飲み干してカラカラと笑った。

「いずれあたしも、自分で噛んだり飲み込んだりできなくなったら、仲間入りだけどね。ぎりぎりまで自分の肉体で楽しむのさ」

 ウタさんとの食事はその後もいろいろ話が盛り上がった。ウタさんには僕よりちょっと小さい孫がいるそうで、それもあってか、とても饒舌だった。

 だから、おじいちゃんがだんだん無口になっていたことに僕は気づいていなかったんだ。

 食堂を出て、エレベーターで二階の部屋に戻るウタさんを見送ると、おじいちゃんがゆっくりと口を開いた。

「ご飯はおいしかったか?」

「おいしかったよ」

「ボウズには少なすぎたんじゃないか?」

「大丈夫だったよ」

 僕は、食事の途中から気になっていたことを口にした。

「……おじいちゃん、本当は食べてないんでしょ?」

「そうだな」

 おじいちゃんは寂しそうに笑った。

「だめだよ食べなきゃ。元気に長生きできなくなるよ」

 さっき、ウタさんも言っていた。美味しく食べて、楽しく過ごすことが元気で長生きの秘訣だって。

「そう……なんだよなぁ」

「本当に、食べられなくなっちゃうよ」

 おじいちゃんはそれには答えず寂しそうに笑っていた。

 それから、しばらくの空白があって、おじいちゃんはゆっくりと口を開いた。

「……。最後に、じいちゃんの肉体に会っていくかい?」

「会えるの?」

「もちろん。ついておいで」

 そう言って、おじいちゃんはエレベーターの下行きのボタンを押した。降りたところは、暗くて殺風景な、まるで古いホラー映画に出てくる病院みたいな薄暗い廊下だった。 

 オバケとか表示されそうないかにもな雰囲気に、僕はあわててゴーグルを外した。

 殺風景な廊下の見た目は変わらなかったけど、ガタガタと動くアバターロボットのおじいちゃんが、僕には心強かった。

「歳をとると、だんだん身体が言うことを聞かなくなるんだ。弱ってきた身体をどうにかしようと、昔はいろんな器具が使われたそうだ。だけど、どうやっても弱っていくことは止められないんだよ」

 廊下の途中にあった鋼鉄の大きな引き戸の前で、おじいちゃんは止まった。

「さぁ。この先だ」

 非力なアバターロボットを手伝って二人で重い引き戸を開けると、そこは体育館ぐらいの大きな空間で、僕が入れるくらい大きなカイコの繭のような白い機械がいくつも並んでいた。

「こっちだ」

 本当はここがどういうところかおじいちゃんに教えてもらいたかったんだけど、押し殺したようなアバターロボットの声に圧倒されて、僕は大人しくついていくしかなかった。

 たくさんの白い繭を通り過ぎたところで、突然アバターロボットが停止した。

「これが本当のじいちゃんだ」

 白い大きなカプセルの正面のところがゆっくりと透明になって、大きなガラス窓になった。

 中が明るくなって覗き込むと、そこには全身に電極をつけられてケーブルだらけになった萎びた小さな老人が浮かんでいた。

 あの力強かった腕は僕の半分ぐらいの太さになっていて、簡単に折れそうだった。まばらに残された髪の毛よりもたくさんの頭から伸びるケーブルと、鼻と喉に差し込まれたチューブが痛々しかった。

「……生きてるの?」

「もちろん。このロボットを動かしているのは目の前にいるじいちゃんだぞ」

 僕は繭の中のおじいちゃんと目を合わそうとしたけれど、半開きの瞳はなにも映していないようだった。

「また、出て来られるんだよね?」

 自分でも声が震えているのが分かった。

「一度入ったらもう出ることは難しい」

「おじいちゃん。苦しくないの?」

「大丈夫だよ。ボウズが思っているように大変なことはないんだから」

「本当?」

「本当だとも」

「じゃあなんでもっと早く教えてくれなかったの?」

 おじいちゃんは、恥ずかしそうにボソボソと答えてくれた。

「じいちゃんも男だからなぁ。こんな弱ってみっともない姿は見せたくはなかったんだ。でもこうしてボウズに会えたんだから、これはこれでよかったのかもしれないなぁ」

「本当に?」

「ボウズがこんなに大きくなったのを見られたからな。もうボウズとは呼べないなぁ」

「おじいちゃん!」

 僕は、アバターのおじいちゃんに抱きついた。弾みでアバターロボットが倒れて、ガシャンと嫌な音が響き渡った。

「ほら。男の子が泣くもんじゃないぞ」

 ディスプレイのおじいちゃんは困ったような、でもちょっと嬉しそうな表情で、僕を励まそうと声をかけ続けてくれた。アバターロボットのマニュピレータがなにもない宙を撫でていた。

 思い出すと恥ずかしいけれど、僕はそのマニュピレータに頭を突き出した。昔みたいに力強くはなかったけれど、おじいちゃんはごつごつした手で僕の髪の毛をワシャワシャにして頭をなでてくれた。

「おじいちゃん」

 僕は倒れた状態のまま、ぎゅっとおじいちゃんを抱きしめた。

 かすかに、太陽と土の匂いがしたような気がした。


 その晩、僕は施設のゲストルームに泊まった。本当は一緒に寝たかったけれども、施設では僕みたいな訪問者と一緒に寝ることはできないと規則で決められているそうだ。

 おじいちゃんに案内されたのは、食堂の並びにある小部屋だった。部屋にトイレと昔の公衆電話ボックスのような箱型のシャワールームがついていて、ビジネスホテルもこんな感じなのだろうと僕は思った。

「長族で疲れたろう。今日はゆっくりとお休み」

 おじいちゃんは片足を引きずるようにしてゆっくりと部屋の扉まで行くと、振り返って優しい声で僕におやすみの挨拶をした。

「うん。ありがとう」

 扉が閉まるカチャリという声をきいて、僕はゆっくりとゴーグルを外した。

 そして持ってきたパジャマに着替えて支度をすませると、早々にベッドに潜り込んだ。

 最後に聞こえるはずはなかったけど、同じ屋根の下で寝ているはずのおじいちゃんにおやすみの挨拶をした。

「おじいちゃん、おやすみなさい」


ジャンル設定が難しい。

こんな未来があるかなと空想してみました。

コメントなどいただけると、今後の励みになりますので、よろしくお願いいたします。

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