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2.『どうか我が国をその美しさで滅ぼしてください!』というおかしい依頼をしてきた国に嫁ぐことになったが、その国の皇帝はもっとおかしかった


「初めして、美殺と名高い美しさを持つ皇帝陛下。その噂に名高い美しさを拝見できて恐悦至極。どうかあなたの春麗公主様を今度皇帝に即位します我が国の皇太子と結婚させていただきたい」

 お父様と一年以内に婚約者を見つけるという約束を交わしてから3ヶ月後。明らかに怪しい婚約の話がやってきた。

 お父様はその申し出をすぐに受けない。それはそうだろう。これで下手に受けて国が滅びたらますます私の結婚先はなくなってしまう。

「……嬉しい申し出だが、我が国の公主の噂は知っているのかい?」

「はい、存じております。嫁ぐ予定をその美しさで滅ぼすという『美滅公主様』というあだ名で呼ばれている公主様であると」

「へぇ、なら我が娘に滅ぼされてもいいというのか? 貴国は面白いことをいう」

「はい、我が国は滅びに向かっています。その理由はここでは口にだせるものではありませんが、どうせ滅びるのなら『美滅』と言われる公主様の美しさで滅びた方が納得できる終焉です!どうか我が国をその美しさで滅ぼしてください!」

 そういって頭を下げてきたのは近隣の宝石を使った貿易で財を築いてきた宝成国の李宰相だった。宝成国は最近あまり良い噂を聞かない。貿易の要である良質な宝石も近年あまりでてこないし、落ち目という噂があったが、まさか滅びを願うほどだったとは。

「まさか滅ぼしてくださいって依頼が来るとは思わなかったなぁ……君はどう思う? 春麗」

「滅ぼして欲しいとお願いしてくる時点でまともな国じゃない可能性がめちゃくちゃに高いのですよね? ただでさえ宝成国はここ最近ろくな噂を聞きませんし」

 娘の意見は一応は聞いてくれるらしいが、意見通りに動く気はないらしい。少し悩んだ素振りを見せたあと、使者にこう返した。

「了解した。我が娘、春麗を貴国に嫁がせよう」

「お父様!?本気ですか?!」

「その代わり、宝成国が滅びたら我が国の領土としてもらう。それが条件だ」

「わかりました。ではそのようにしましょう」

 なんやかんやでとんとん拍子に話が進み、私が嫁ぐのは半年ごと決まった。司馬家に嫁ぎたくはないが、滅ぼしてくれとお願いしてくる国に嫁ぐのも同じくらい嫌な予感がする。

「お父様、滅ぼしてくれとお願いしてくる国に嫁がせると正気ですか? いくら私が美しすぎて嫁ぎ先がないとはいえ、まだ別の方法があったのではないですか?」

「たぶんだけど、使者の態度からあの国が滅びそうな原因がわかった。その原因さえ春麗が対処したらどうにかなりそうだからね」

「その原因とは?」

「僕が考えるに贅沢と女だろうね」

「はっきりと断言されますね」

「なんとなくだけど使者が話したくない事情なんてそんなもんだよ。滅びたらうちに帰ってきたらいいし、滅びなかった場合は君が好きなようにすればいい。政治ができるよう教育してきたでしょう? それこそ皇太子と同等の教育を君に施したよ、僕は」

「確かにそうですけど……」

 私は確かに五歳の頃から皇太子の兄が勉強した内容と同じ教育を受けてきた。普通の公主ならそこまではしない。うちの国でも近隣の国でも女の子は基本的にそこまで勉学に身をいれないものとされている。それでも私が皇太子であるお兄様と同じ教育を受けることになったのは、父の経験からによる物であった。

 お兄様と同じ教育を受けることになった日のことははっきりと覚えている。あれは五歳の誕生日だった。

「春麗もそろそろ皇太子と同じ教育を始めないとね。今の時代は女の子もある程度お勉強できないといけないよ」

 お誕生日の贈り物と一緒に渡された教科書の厚さに思わず私はため息をついた。なんで女の子なのに男であり、皇太子であるお兄様と同じ教育を受けなければいけないのかとおもっていたからだ。

「お父様、心配なさらないで。お勉強ができなくても、春麗には『美殺』と呼ばれたお父様譲りの美しさがあるから大丈夫ですよ」

「美しいだけの女はすぐに飽きられる」

「お父様?」

「美しさしか持たない女はそれが損なわれると絶望しかなくなりやがて死を選ぶことになる。僕の母・春梅のように」

 お父様は私を抱き締めながら、絶世の美女と呼ばれた祖母がどれだけ悲惨な最後だったかを語った。

「だからこそ、美しい女こそ男と同様の教養が必要だ。美しさを失っても、それに変わる力を手に入れることが必要だよ。美と男の愛だけにすがるとろくなことにならない」

 美しい女こそ、美と男の愛にだけ頼るな。自分の手で未来を開け。それがお父様の考えだった。この年齢になるとその考えがよくわかる。国母になるのなら、国の内情をよく理解しないといけない。

 色々と準備をすれば結婚式まではあっという間だった。お父様がこの日のために作ってくれた花嫁衣装を身に纏い、馬車に乗る。きっとこの国にあまり帰ってくることはないとおもうとなんともいえない気分だ。

「春麗、辛いことがあればいつでも帰ってきていい。手紙もガンガン送ってきていいからな!お兄ちゃん、絶対返事するから!」

「お兄様……」

「何かあったらこの衣装を売って金にしなさい。そしてそのお金でいつでも帰ってきていい」

「はい、お父様。春麗はこの衣装を売ることがないように頑張りますわ」

 嘘でも帰ってきていいと言われて思わず涙が流れる。お兄様が護衛として嫁ぎ先に引き渡すまでついてきてくれるのだが、たぶんここで永遠にお父様とお別れだ。

 ゆらゆらと馬車に揺られ、自分が育った国の全体を改めてよく見てみる。貧富の差はあるが、 国民は飢えていないようだ。

 この国はお父様が治め出してからは食べるのに困って子供売るような貧しい農民はかなり減ったという。

 改めて観察しても自分の国がどれ程恵まれていたのかよくわかる。これに比べ、滅ぼしてくれと頼まれた宝成国はどれほどひどい状態なのか気になった。数日馬車に揺られ、宝成国の門を通ったとき、予想以上の状態に驚いた。王が住まう城と城下町以外はここまで貧富の差がひどいとは思っていなかった。

「それにしてもひどいな。街中で死臭がするぞ。同じ王族として民をここまでないがしろにするやつに俺の可愛い春麗を嫁がせるとは……」

「お兄様、お父様にも考えあってのことですわ」

「まあ、なんかあったら早々にこの国を滅ぼして帰ってこい。春麗ならできるだろう」

「まったく、お兄様もお父様も私の能力をを高くみすぎですわ」

 本当にこの国をどう滅ぼしたり建て直したりしろというのか? 右も左もわからない状況で無理だ。

 城に到着し、馬車から降りて周りを見る。国民は痩せ細っていたのに対して、ここの貴族たちは丸々と太っていた。

「あれが噂の美滅公主か」

「本当に美しい。これならさすがの陛下もあれから目が覚めるのでは?」

「見るもの総て従わせるという魔眼と呼ばれる皇太子もついてきている。本当にあの眼は恐ろしいな」

 せっかく花嫁である私が来たというのに夫になるはずの男は迎えには来なかった。待っていたのは野次馬と皇帝の側近であり、我が国に私の婚約を持ちかけてきた李宰相だけである。

「長旅お疲れさまでございます、『魔眼』と名高い皇太子様、春麗公主様……いえ、春麗皇后様。皇帝陛下はこちらでお待ちでございます」

 案内された先はこれまた無駄に豪華な会場だった。無駄に立派な形式の結婚式が準備ができるのなら、自国の民を飢えさせないでほしい。お兄様も同じことを考えていたらしく豪華な式に顔をしかめた。

「お前が我が妻になる美滅公主か」

 偉そうに上から目線で私を見定めてくる男。これがどうやら私の夫となるらしい。

「春麗と申します。ふつつかものですが、国母として国を支え……」

「堅苦しい挨拶は良い。お前にはなんにも期待していない。跡継ぎさえもな」

 その言葉にお兄様はがっつり切れたようで『魔眼』とあだ名される鋭すぎる目で陛下を睨み付けた。

「それはどういう意味でしょうか? そちらの国に嫁ぐ我が妹に無礼では?」

「はっきりいおう、お前の妹はお飾りの皇后だ。俺の子供は月娘が産むからな」

「月娘? 陛下の側室でしょうか?」

「側室と呼ぶな!身分さえ低くなかったら正室に迎えたいほど愛しい女だ」

「なら正式な側室ですらない愛妾ごときのために我が妹を侮辱したと?」

 お兄様の声はかなり怒りに震えている。正直いって、権力者に愛人や側室がいない方が少ない。政治と子孫を残す関係で皇帝の妻が一人だけというのは難しいことなのだ。現に皇帝であるお父様は現在も後宮にたくさんの妃がいるし、皇太子のお兄様だって正室以外に何人か側室を娶っている。

 それでもまともな皇帝であれば、皇后となる娘とその家族の前で『側室が産む子供を跡取りにする』という発言はしない。特によその国の公主には絶対にしてはいけない発言だ。自分の国の貴族の娘でも大問題である。戦争のきっかけになってもおかしくない状態だ。

「陛下、ふたつだけお約束していただきたい。ひとつは李宰相とは妹と婚約を結ぶ際に約束をした『宝成国が滅びたら我が国の領土してもらうこと』、もうひとつは我が妹を蔑ろにしないことだ」

「はっ!約束だけはしてやろう。叶えるかどうかは別だがな」

 お兄様が大人だから争いになってないだけで、普通は戦争になってもおかしくない状況だからな?

 殺伐とした雰囲気のなかで無駄に豪華な式が終わり、お兄様が帰ったあと、夫となった陛下はまたも爆弾発言をした。

「さすがの『美滅』というあだ名のお前でも月娘の美しさに敵わないな」

「この世で一番美しいといわれた私より綺麗な女というのなら実際に見てみたいものですわ」

「ふん!一度月娘の美しさを見て自身の美しさが世間の評判とは違い、大したことないことを理解するがよい」

 そういって本来なら皇后である私が与えられる部屋に案内された。ここに月娘とやらがいるらしい。

「お前に紹介だけはしてやる。彼女がこの世で一番美しく、俺の最愛の女・月娘だ」

「はぁ?えっ?……豚じゃん!!人間じゃなくてどこからどうみてもただの豚じゃん!!!!」

 陛下が私を越える美女として扱った女は……いや、女というよりメスだった。というか正真正銘のメス豚だった。

「豚ではない!月娘だ!いくら月娘が自分を越える美しさだからといって、嫉妬で豚というのは失礼すぎだろう!」

 愛する女を豚と発言した私に怒りを見せる陛下。だが、私の目にはどうみても陛下曰く『絶世の美女』という月娘が宝石と上質な布で着飾った豚にしか見えなかった。

 結婚式の日に豚より不細工と罵られ、豚のために夫となった男に怒鳴られる。こうして私のとてつもなく不本意な結婚生活が開幕したのだった。


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