プロローグ・君が産まれた麗しい春の日に
「ああ、僕にそっくりな美しい女の子が生まれてしまった。きっと僕とおなじようにその美に振り回される不運な人生を送るだろう。神様も意地悪だ。もっと梅鈴に似た子にしてくれたらいいものを」
15年前、母の死を引き換えに、この世のすべての美しさを吸い込んで生まれてきたような赤ちゃんが生まれた。普通の父親なら、娘が美しく生まれたのなら喜ぶべきなのだろうが、父親である皇帝は頭を抱えた。理由は『人に過ぎた美は不幸を招くから』というものである。彼もまたその人には過ぎた美で人生を狂わされてきたからである。
六歳頃に息子である皇帝に美しさを抜かされた母が自殺した。彼の美しさに魅入られた父は彼を皇帝にしようと皇太子を含む数多いる直系の皇族を皆殺しにした。彼の数多いる妻は彼の美しさを恐れ、一晩ともにすれば例外を除き死を選んだ。部下も彼の機嫌を損ねれば、例外を除き、精神を病んだり、死を選んだ。
例外は彼の子を産んだ皇后・梅鈴と幼馴染みの司馬亮、彼の息子である皇太子である。
人の人生を狂わせる美しさを引き継いだ娘の将来には心配が尽きないのだ。
「父上!妹の名は何にするんですか?」
キラキラとした顔で妹を見る皇太子に皇帝はつい微笑んでしまう。皇族には基本、男子には名前がない。名前は呪いをかけられ、呪殺に繋がるとされ、嫁ぐ予定の公主と帝位継承権のない皇子のみ名前がつけられる。
皇帝にはその人間には過ぎた美貌のせいで、子供はきっとこれ以上増えることがない。それだからこそ、皇太子は妹の名前を楽しみにしているのだ。
「本当に『梅』の名前のついた女はいつも僕を置いて逝く。だからね、この子には『梅』を継がせてはやらないよ」
皇帝は自分が愛し、先に逝った母や、妻の名前にどちらも『梅』がついていたことから、娘には『梅』の字がつかない名前にしようと以前から考えていた。
「そうだ、麗しい春の日に生まれたから春麗。お前の名前は春麗だ」
「春麗……いい名前ですね!父上。春麗、お兄様だぞー!」
自分の子供たちのかわいらしいやり取りを見ながら、皇帝は誰にも周りに聞こえないような小さな声でこう願った。
「春麗……君は誰よりも春が似合う女になるだろう。神様、僕の呪われた美しさを引き継いでしまった娘にも、どうか僕のように素敵な出会いがありますように……」