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70ストライク 結末の末


『さて、今回イクシード選手が取ったタイムですが、やはりヒットを打たれた事が関係しているんでしょうか。シードさん、いかがでしょう。』



 ソフィアがタイムを取り、両選手がベンチへと戻った事を確認した実況は、この間を取り持つ様にシードへとコメントを求める。

 その問いかけに対して、シードは重々しく口を開いた。



『そうですね。今まで完全に抑えてきたイクシード選手ですが、初球が甘いコースに行ってしまいましたからね。それを見逃さなかったユリア様はさすがと言ったところです。ここからの場面、一打で同点、最悪ホームランを打たれればサヨナラですから、イクシード選手もここは間を置いたのかもしれませんね。』



 その言葉に実況は満足げに頷いている。

 だが、解説者として平然とした態度でありきたりな言葉を並べていたシードも、実はその胸の内は全くの真逆だった。

 ソフィアはリリース寸前に微妙にバランスを崩していた。あれはマルクスから何らかの妨害を受けた事を意味するのだと、シードは推測している。マルクスの妨害工作がどんなものか現時点ではわからないが、それでも投げ切ったところは賞賛に値する。それに今までの駆け引きが功を奏し、ユリアがスキルを使わずに挑んでくれた事で、結果はツーベースヒットで済んでいる訳だ。偶然でなく、必然的に今の状況にあるのだと考えているシードは、心底感心していた。

 タイムを取ったのは、おそらくマルクスの妨害工作に気づいたから……どこか怪我を負った様子はなかったし、このタイム中にソフィア側は何かしらの対策を検討しているのだと思われる。ソフィアの母はあのジャスティス家のご令嬢であり、そういうスキルに対しての対策には長けている人だから安心はしているが……

 それでもなお、胸の内から消えないこの不安は何なのだろうか。


 シードは周りにわからない様に、拳をギュッと握りしめた。





「ソフィア、あちらのお嬢様はどうやら準備ができている様だぞ。」



 スーザンの言葉を聞いて、俺はユリア側のベンチへと目を向けた。

 バットを片手にぶら下げ、脱力したままの状態でベンチの前に立つユリア。彼女は一つ間を置くと、俯いたままゆっくりとバッターボックスを目指し始めた。

 どことなく違和感を感じる彼女の様子からベンチ内へと視線を移すと、中ではマルクスとエルフ、そしてゲイリーが静かに腰を下ろしたまま、そんなユリアを眺めている。



(なんだ?あっちのベンチ……さっきまでと雰囲気が違う様な……)



 彼らの様子には、違和感を感じざるを得なかった。

 ユリアはどこか朧げというか……さっきまでの覇気が全くないし、あれほど激怒していたマルクスなんて、まるで憑き物でも落ちたかの様に冷静さを醸し出している。

 いったい彼らに何があったのか……そう考え込んでいる俺にシルビアが首を傾げる。



「ソフィア?どうしたの?」


「え……あっ、いや……何でもないよ。」



 シルビアに声をかけられて我に返った俺は、グローブを拾い上げてグラウンドへと踏み出した。

 相変わらず俯いたまま、バットを引きずってバッターボックスへと歩み寄るユリアを眺めながら、俺自身もマウンドへと足を運ぶ。さっきまで常に俺の事を睨んでいた癖に、今は人が変わった様に視線すら合わせないユリア。



(マルクスに何か酷い事を言われたのかな?くそぉ〜本当ならこんなタイミングでタイムを取って、ユリアと対話したかったのにな……)



 タイムは連続では取れないし、回数も決まっている。

 想定していたタイミングは今なのに、それを取る事ができないもどかしさが胸を締めつけた。


 マウンドについて一呼吸置こうとしたが、ユリアはすでにバッターボックスの中で構えていて、すぐにSゾーンから再開の合図が鳴り響く。

 試合が再開された事を実況が告げる声が聞こえ、再び観客席から歓声が上がる。ユリアへの期待が大きな声のうねりとなり、場内にこれでもかと言うほど響き渡った。

 セットポジションを取りながら、俺は2塁にいる魔動人形に一度視線を送る。彼は無機質な雰囲気のまま立ち尽くしており、あくまでも人形だという事を理解させられる。もしここで打たれれば、あの人形はユリアの意思で操作される訳だ。

 小さく息を吐いてユリアに視線を戻すが、彼女は顔を俯かせたままこちらを見ようともしない。表情は確認できず、漂う雰囲気は一言で"不気味"だった。

 


(1球目は外角で様子を見よう……)



 そう考えて、再び小さく息を吐く。

 そして、小さく素早い動きで投球するクイックモーション(メジャーではスライドステップと言う)で、外角ギリギリに渾身のストレートを放り込んだ。

 魔力不足のせいで握力が弱っている割には、少し伸びのあるストレートがSゾーンの枠ギリギリに向けて駆けていく。俯いたままで、こちらを一切見ようともしないユリアが、すぐに対応できる様なコースではないはずだ。そう感じつつ、ボールの行方を追う俺の視界の中に突如として驚く光景が映し出された。


 虚だったユリアの目が突然鋭く光り、口元に大きく歪んだ笑みを浮かべる。同時に、軸足を固定してテイクバックすると、そのまま俺が投げたボールを的確にバットで捉えたのである。

 しかも、さっきの打席とは違い、バットにはよく練り込まれた真紅の魔力が乗せられている。おそらくは火属性だと思われるが、直前まで楽観視していた俺にはどんなスキルかはすぐに分析はできない。



(なんで突然……?!やばい……完璧に捉えられたかも!)



 そう思った瞬間、目の前で轟音が鳴り響いた。

 まるでバットに火薬でも仕込んでいたかの様に、ユリアの前で爆炎が上がる。爆発の勢いを利用してボールを打つなんて、まさに異世界のスポーツらしい展開だが、ボールの行き先を理解した俺にはそれを喜んでいる暇などない。


ーーーマジかよ!ピッ……ピッチャー返しっ……!?


 紅く燃え盛るボールが、自分めがけて襲いかかる。まるで電磁加速砲レールガンを思わせる様な直線的な打球は、一瞬のうちに俺の腹部へと突き刺さった。


 同時に感じる浮遊感。

 まるで腰につけられた紐を思いっきり引っ張られた様な感覚に驚く暇もなく、今度は背中に激しい衝撃が襲いかかった。

 衝撃に息が詰まり、うまく呼吸ができない。同時に生暖かいものが喉を通って口から吐き出されるが、それが何なのか理解する前に今度は地面が目の前に迫ってくる。

 そのままうつ伏せに倒れ込んだ俺の姿に、場内は騒然となった。





『こ……これは激しいピッチャー返しだぁ!イクシード選手が大きく吹き飛ばされてしまったぁ!』



 ユリア推しの実況者もさすがに動揺を隠せずにそう叫ぶと同時に、Sゾーンから試合を中断する合図が鳴る。すると、奥で控えていた救護班数名が姿を現すや否や、現場へと急行する。



「急いで治癒を開始!お前はバイタルチェックを頼む。」



 ぼんやりとする意識の中で、的確な指示が飛んでいるのが聞こえた。それと同時に、腹部辺りに温かな感触も感じられる。



「出血の影響による血圧低下、それに多少の意識障害が見られます。」


「うむ。処置の方はどうだ?」


「肺や内臓には今のところ異常はありませんが、左手と腹部の火傷が酷く、裂傷も見られます。なんとか出血は抑えましたが、これでは試合を継続するのは無理かと……選手の年齢も踏まえて棄権させるべきかと進言します。」



 指示を出していたリーダー格の救護隊員が、その言葉に頷いた。だが、俺はその言葉に驚きを隠せない。


 棄権だと……?何を馬鹿なことを……まだユリアとの勝負はついてないのに、こんな事で終わる訳にいくかよ。


 望んでもいない判断に対して、俺はとっさに目の前の腕を掴む。



「まだ……終わり……じゃない……ユリアとの勝負が……」


「悔しいかもしれないが、今の状態で試合をさせる訳にはいかないの。君はまだ5歳でしょう?」



 腕を掴まれた救護班の一人が俺を諭す様にそう告げる。

 だが、それでも納得がいかない俺は、力を振り絞ってグローブの中を見せた。



「ん?グローブ……これが何か……?」



 首を傾げながら差し出されたグローブを見て、その隊員は驚いた。真っ黒に焼け焦げたグローブの中には、ボールがしっかりと掴まれていたからだ。

 


「あの状況で……ボールを離さなかったのか。」


「その様だな。この年齢でこの舞台に立つだけの事はあるという事か。だが、我々は君たち選手の命を第一に考える事が仕事だ。今の君の状態では、試合は続けさせられない。下手をすれば、命に関わるからな。」



 驚く同僚の横で、リーダー格の隊員が俺にそう告げる。その声は凛としていて、どうやっても判断を覆す気がない事を俺は悟る。

 ならばと考え、追いつかない思考の中で俺は今の願いを口にする。



「なら……もう一度……いつか……あの子と…………ユリアと……試合を……」


「わかった。君の願いを上に伝えよう。それに今の打席は君の勝ちだともな……。まずは休みなさい。」



 その言葉を聞くと同時に、ぼんやりしていた意識が薄れ始めた。観客席から聞こえる響めきの中、シルビアとスーザンの声が聞こえてきた。二人とも走ってきたのだろう。息も絶え絶えに俺に声をかけてくれているようだ。

 そして、頬に温かい体温……これはニーナの手だとすぐにわかった。



「ソフィア……無事でよかった。ゆっくり休んでね。あとは大丈夫だから。」



 温かな安心感が胸を満たしていく。

 そひて、優しさに包まれたまま、俺は静かに眠りについた。

まさかの結末……

ソフィアは大丈夫なんでしょうか。

右眼の力やソフィアを守った謎の力などなど、解明されていない事はたくさんありますが、一章は次のエピローグで終わります。

二章は一章から数年後の話から始まります。


ここまでご拝読いただいた皆様、本当にありがとうございます。引き続き、よろしくお願いします♪


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