68ストライク チャンスメイク
『さぁ、試合も最後のイニング!!泣いても笑ってもこれで最後です!試合は1-0とイクシード選手がリードしたままですが、解説のシードさん。ここまでを振り返ってみてどうでしょうか。』
ユリアとソフィアがベンチから姿を現したタイミングで、実況の男が気合十分といった様子のままシードへと問いかけた。
対するシードは頷いて静かに話し出す。
『そうですね。確かに、ユリア様の多種多様なスキルには目を見張るものがありましたし、あのままイクシード選手は手も足も出ぬままかと思われましたが……ここにきてあのホームランには本当に恐れ入りました。黒雷という類稀なるスキルをあれほどまで完璧に打ち返してしまうとは……。それにユリア様自身はここまでイクシード選手のボールに対応できていませんからね。もしかしたら、イクシード選手リードのまま、試合が終わる可能性も考えられるのではないでしょうか。』
『なんと!ユリア様がこのまま負けてしまうという事でしょうか!?庶民に負けてしまうなど、いたたまれない!!我らのアイドル、ユリアさまにはこの最後のイニングで頑張って欲しいところです!!』
実況の言葉に対して、会場が大きく反応した事にシードは内心でため息をついた。
分かってはいる事だが、皆ユリアの勝ちを望んでいる。会場にいる観客のほとんどは貴族であり、彼らは庶民であるイクシードが勝ったところで、自分たちにはなんの旨味もないと考えているのだろう。
なんと浅はかな考えなのだろうかと、シードは残念に思った。ユリアのボールを……投げ損じたとは言え、あの黒雷を乗せたボールを打ち返したソフィアの才能は本物である事は間違いない。なのに、ほとんどの者はそれを理解しようとせず目先の利益ばかりを考えている。ベスボルというスポーツが、貴族たちの中ではまだ娯楽の域を抜けきれていない現実を改めて理解したシードは、もどかしくも感じた。
打席の前で素振りをするユリアに視線を向ける。
この試合に勝てば、彼女は念願だったベスボルプレイヤーの道を確実に手に入れる。そして、弱冠6歳という最年少でのプロ入りは国中で話題を呼び、プリベイル家に力を貸す貴族は今後増えるだろう。そうなれば、プリベイル家は大きな力を手にし、マルクスはその力により国内での地位を確固たるものにする事ができる。
それがマルクスが描いていたシナリオだったはずだが、今その計画が足元から崩れ落ちようとしている……となれば、このイニングでマルクスは必ずソフィアに何かを仕掛けてくるはずだ。
(さすがに、俺もここからでは手を貸すことはできない。彼女には踏ん張ってもらいたいところだが……)
ソフィアの投球を何かしらのスキルで妨害して、ユリアを勝たせる程度なら可愛いものだが、マルクスがその程度で済ませるはずはないだろう。ソフィアはこの試合だけでなく、今後のユリアの覇道の大きな障害となる……あの才能を見せつけられれば、マルクスがそう考えるのは自然な事だから。
今回ばかりは解説者という仕事を請け負ってしまった自分が憎い。所詮プリベイル家の戯れだろうと簡単に決めつけ、報酬の高さだけでこの任を請けてしまった自分の浅はかさが嫌になる。
目の前にダイヤの原石が落ちているのに、檻に入れられて手が届かないようなこの状況に、シードは人知れず拳を握りしめた。
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ユリアは数回ほどの素振りを終えると、バッターボックスに足を踏み入れた。彼女の雰囲気からは今までにないほどの気迫が感じられる。絶対に打って勝つんだというその気概に、俺自身も喜びと心配が半々といったところだ。
この試合、最後のイニング……泣いても笑ってもこれで彼女との勝負は最後になる。もちろん、打たせる気はさらさらないのだが、ユリアにそんなに怖い顔してプレーされるのも本意ではない。
(ユリアの父親……あれからずっとベンチにいるけど、何考えてんだ?)
ゲイリーと共にベンチに座っているマルクスにこっそりと視線を向けると、彼はどこかニヤついているようにも見えて気持ちが悪かった。
だが、今はそんな事よりもユリアが優先だと気を取り直し、再び彼女に視線を移すと同時にSゾーンからプレーボールの合図が鳴り響く。
「よぉし!最後のイニングだし、楽しもうね!」
「楽しむ……?言うじゃない。けど、すぐにそんな余裕なくしてやるわ!」
相変わらず不満を隠さないユリアに対して、俺はクスリと笑うと投球モーションを始めた。それに合わせてユリアもタイミングを取り始めるが、今回はバッティング用のスキルは発動しないようだ。魔力感知が意味をなさない事を嫌というほど体験させられたんだから、その判断は妥当だと考えつつ、今までスキルに頼ってきたユリアがどこまで対応できるのかと想像するとワクワクした。
1打席目の配球はすでに決めている。
1球目はユリアの胸元……内角高めにストレートだ。それもSゾーンぎりぎりのボールで体をのけ反らせ、内角に意識を向けさせてストライクを一つ。その次は外角低めにストレート。内角に向いた意識のせいで、外角のボールには思うように手がでないはず……それで2ストライク。そして、最後はチェンジアップを外角に放って1アウトといったところだな。2打席目からはユリアの様子を見ながら組み立てていくつもりだけど、まずこの1打席目は抑えさせてもらう。
そう考えながら振りかぶり、1球目を放ろうとしたその瞬間、突然バチッという音が響いて顔の横で何かが弾けた。
(おわっ……!)
すでにリリース直前だった俺は、驚いて体勢を崩してしまう。その拍子に手から放たれたボールは、予定していた軌道を大きく逸れて完全に甘いコースへと吸い込まれていく。
「バカにしてんじゃないわよぉぉぉ!!」
そんな俺の様子に気づいていないユリアは、コースの甘いボールを見てチャンスだと思ったのだろう。軸足を固定してテイクバックし、綺麗なフォームでそのボールを打ち抜いた。
快音が響くと同時に、弾道は高くはないが勢いのあるボールが俺の頭上を越えてて飛んでいく。
「やっ……やべっ……!!」
焦って振り返り、ボールの行方を追う。二遊間を抜け、完璧なセンター返しとなったボールは数度のバウンドの後、"ダブルエリア"と呼ばれているゾーンへと落ちて止まった。すると、待ってましたとばかりに大きな歓声が湧き上がる。
『綺麗なセンター返し!!ついにユリア様の本領発揮だぁぁぁ!』
実況が興奮気味に声をあげてユリアを称賛すれば、歓声はさらに大きくなるが、その中心である当の本人は不満げだった。
おそらくだが、本人はホームランを打つつもりだったんだろう。だが、魔力感知を使わなかった事で芯を完璧に捉える事ができず、さらにはスキルを使っていないが故に力が足りなかった為、その結果はただのヒット……その事実にユリアは納得がいっていないのだ。
(まぁ、シングルヒットだし、こちらとしてもまだ焦る場面じゃないけど……さっきのは一体なんだったんだ?)
リリース直前に起きた出来事に疑問符を浮かべる。
突然、顔の横で起こった小さな衝撃……あれは一体なんだったのだろうか。考えられる限りを思い浮かべると一人の人物の顔が頭に浮かび、ユリア側のベンチに顔を向ける。するとそこには、悔しそうに顔を歪めているマルクスと彼の横で無表情で立っているメイド服を着た一人の女性の姿が窺えた。
娘を勝たせたいマルクスが何か仕掛けてきたのかと推測しつつ、初めて見る横の女性が誰なのかと考えようとしたが、今度はSゾーンのアラームが鳴り響き、代替えランナーである魔動人形が2塁ベースに設置された事に気づいて驚いた。
「え?シングルヒットじゃないの?なんで2塁にランナーが……!?」
驚いてユリアを見ると、彼女は呆れたように肩をすくめる。
「あんた、ルールを知らないの?ボールがダブルエリアで止まったんだから、ツーベースヒット……基本的な事でしょ?」
ダブルゾーンに落ちているボールを指差してそう告げるユリアの言葉に、シルビアから学んだルールが思い出される。
言われてみれば確かにそうだった。これは俺自身、野球のルールと混同してる部分がまだあるって事だ。やっぱりちゃんと試合形式で練習しないと……しかし、ここで2塁にランナーってのは、ちょっと面倒くさい展開かもしれない。
一打で同点があり得る場面。
ベスボルのルールだと、野球よりも得点が入りやすい。しかも、野手がいない特別ルールの今回なら尚更だ。
この後もマルクスは必ず何か仕掛けてくるに違いないし、どう対処すべきか……だが、今の俺には一人でその答えを導き出す知識はない。
そこまで考えた俺は、ここである決断をしたのだった。
まさかの妨害工作!?
犯人の目星はついてますが、そうまでして勝ちたいのでしょうか…
そして、訪れたピンチ!
どう乗り切るのでしょうか!
ご期待ください!!