表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/178

49ストライク あべこべ


「完全に読み切ったと思ったんだけどなぁ……」



 素振りをしながら、なぜ打てなかったのか想像していると、ラルが駆け寄ってきた。



「ソフィア……」



 なんとなく気まずそうにしているラルを見て、真面目なやつだと小さく息をつく。



「別にラルは何も悪くはないよ。でもなんでかなぁ……ラルの球筋、読み切ったつもりだったのに。」



 顎に手を置いて考えてみる。

 今回、ラルは魔力は使ってないから、スキルのせいではないはずだ。しかし、ボールの回転はジャイロボールに近いものだった。

 一般的に、ジャイロボールは回転軸が進行方向を向いていて、ボールそのものはピストルの弾やドリルのように螺旋ジャイロ回転しているのが特徴だ。この螺旋回転により、空気の流れがボール全体でほぼ均一になり空気抵抗が小さくなるため、ボールが重力によって沈みづらく、手元から離れた瞬間の初速とキャッチャーミットに届く時点での終速の差が小さい、ノビのある球になる。

 この世界の物理法則は元の世界と一緒のようだから、ラルのボールがジャイロボールと同じ変化をした為に読み違えた……その可能性は大いにある。

 そもそも、ジャイロボールは体の作りや動かし方が未熟な子供の方が投げやすいとされているし、ラルが以前に使ったスキル"スパイラルウィンド"では、ボールはジャイロ回転そのものを行っていた。もしかすると、その影響でラルは自然とその投法を会得しているのかもしれない。



「はぁ……この世界では変化球がどうだとか偉そうな事考えてたけど、結果がこれじゃなぁ……」



 なんだか、調子に乗っていた自分が恥ずかしくなってきた。ラルの事を子供だと、無意識のうちに馬鹿にしていたのかもしれない。

 そう反省している俺に、ラルが声をかける。



「ソフィア……ちょっと気になる事があったんだけど……」


「なぁに……?」



 少し落ち込んだ俺にどこか気を遣っているのか……ラルは言葉を探すように視線を泳がせながら、俺にこう告げる。



「ちょっと違和感があって……」


「…違和感……?」



 下げていた視線をラルに向ける。



「うん。ソフィアがバットを振るタイミング、ぴったりだと思ったんだ。また打たれたって思ったくらいだし……でも、その後のタイミングがあべこべと言うか……」


「あべこべ……それはどういう意味?」



 ボールを見極めて振ったバットのタイミングは、ドンピシャだった。だけど、その後がおかしいとは……いったいラルが何を言いたいのか分からずに、眉間に皺を寄せる。

 タイミングが完璧なんだから、あとは一連の動作の流れに身を任せるだけだ。ボールの軌道も読み切っていたつもりだし、バットの芯にボールを当てるだけだったはず……



「えっと……わかりやすく言うと、先にバットが振り抜かれて、その後ソフィアの前をボールが通過したって感じかな。」


「なにそれ……バットが先に……?」



 ラルの言葉を聞いて俺は驚いた。

 客観的な意見と言うものは、とても大切だと思う。自分自身では見えなかったものが、違う目線からだと見えるものだから。野球のトレーニングの時も、周りからの意見は必ず聞くようにしていたものだ。

 だが……ラルの今の意見は、正直言ってよくわからない。タイミングは完璧だったはずなのに、ボールよりもバットが先に通過したとはいったい……もしかして、ラルにタイミングがずらされた?いや、それはあり得ないだろう。ラル自身が打たれたと思ったと言っていたんし……じゃあ、なぜ……

 どう考えても、原因など微塵も浮かんでこない。原因がわからない以上、どう対処すればいいかもわからない状況ではあるが、何もしない訳にはいかないので必死に考えを巡らせる。


 ……と、そんな俺たちに大きな欠伸とともに、笑い声が向けられた。



「ふわぁ〜……あらあら、何やらお困りのようね。お二人さん。」


「あれ……シルビアさん、どうしてここに?」



 視線の先には、スーツ姿の白髪エルフが眠たそうな顔を引っ提げて、パンを頬張っている姿がある。



「実はね、起きたら誰もいなくて……貴女の魔力痕に出掛けた形跡があったから、それを追ってきたのよ。」



 何それ探偵みたいな能力!

 俺はついつい目を輝かせてしまった。ムースとの一件で見せた能力と言い、エルフっていろんな能力持ってるんだな。やっぱ、種族独特のものなんだろうか。確か拓実の話だと、エルフは森に住んでいるのが基本で、追跡など狩りの達人……だったっけか。なら、その能力も納得だな。

 そんな事を考えていると、シルビアはパンの残りを口に頬張り、咀嚼しながら楽しげに歩み寄ってきた。



「さっきの一打席、観させてもらったわ。面白い打席だったわね。でも、ソフィアちゃんはなんで自分が空振りしたのか……それがわからないのよね?」



 こくりと頷きつつも、その言い方だとシルビアは原因がわかっているのだろうかと疑問が浮かんできた。



「じゃあ、シルビアさんはわかったの?」


「えぇ、もちろんよ。」



 腕を組み、自慢げに話すシルビアの様子になぜだが少しイラッとしてしまったが、ここは素直に聞いておく方が良さそうだ。

 そう判断した俺は、ラルと顔を合わせると改めて彼女へと問いかける。



「タイミングは完璧だったでしょ。なのに、なんでソフィアは空振りしたのかな?ベスボルには、ソフィアの知らない事がまだあるのかなぁ。」



 すると、シルビアは自身の顔の前で人差し指を左右に振る。その気取った態度が、やっぱり気に食わないと思うのはなんでだろう。

 そんな俺の感情に気づく事なく、シルビアは嬉しそうにこう告げた。



「そんなに難しい事じゃないわ。ソフィア……貴女はまだ、自分自身の力を理解できてないのよ。意識と体の動きがバラバラなの……そう言えばわかるかしら?」



 その言葉にハッとする。シルビアの言葉に気づかされるものがあったからだ。

 確かに、自分は生前の感覚で体を動かしている。それは、この世界は重力などの物理法則が元の世界と同じだと理解していたからだ。地球と同じならば体の動かし方も変わらない。そう無意識に思い込んでいたのだろう。

 もしも、地球との違いが顕著な世界であったなら、その理を学び、それ相応の行動をとったはず。しかし、俺はそこに疑問は持つ事なく、地球と同じ感覚でこの世界での生活を過ごしてきた。なぜなら、それで問題なく過ごす事ができていたからだ。

 先入観……意識していたとしても、人はそれに飲み込まれてしまう。それを改めて教えられた気がした。

 ゆっくりとシルビアに視線を戻し、自分の推論を告げる。



「要するに、魔力で強化されたソフィアの身体能力が、自分の予想を超えているって事……?」



 それに対して、シルビアは満足げに頷いた。そして、持っていた袋に入っていたパンを取り出して、再びモシャモシャと頬張り始める。

 俺はラルの方へと振り返り、微笑みかけた。



「ラル!もう一回、お願いしてもいい!?」


「あ……あぁ、いいよ。」



 突然の事で、ラルはたじろいで視線を逸らし、恥ずかしげに頷いた。


 再びラルがマウンドに立つ。

 俺はその様子をゆっくりと打席から見据えながら、構えていたバットに魔力を注ぎ、そのまま軽く振り抜いてみる。すると、バットの動きが異様に速く感じられ、そこから生み出された風圧が周りに小さな砂埃を巻き起こしたのだ。

 感嘆とともに、自分に対する非難が混じった声が漏れた。そもそも、俺は周りが驚くような特大ホームランを打った実績があるのだ。なら、こういった身体能力のおかしさにも、早々に気づいておくべきだったはずである。

 なのに気づかなかったのは、本当に異世界の生活に浮かれていたからではないだろうか。ソフィアとの約束があるというのに、なんという始末か……

 そっと目を瞑り、深く反省する。

 この体をソフィアへ帰すためには、ベスボルのトッププレイヤーとなり、俺自身の夢を叶えなくてはならないのだ。


ーーー浮かれている暇なんてないんだ……


 誰もが驚くほど、最短でベスボルプレイヤーになってみせる。そして、そのトップに君臨し、栄光を手に入れた暁には、この体をソフィアへと無事に返してみせる。


 そう改めて決心し直した俺は、ラルにボールを投げるように催促した。彼は小さく頷くと、投球モーションをし始める。

 神眼はラルの体の動きを先ほどよりも繊細に捉えており、俺の視界の中ではラルの未来の動きが予測されたように映し出されている。


ーーーここに……このタイミングで……


 ボールの到達する位置とタイミングが、視界の中で予測される。しかもそれは、風や気圧など様々な情報を踏まえた上で、だ。

 ボールがラルの指から放たれた。ゆっくりと近づいてくるそれに、寸分違わぬタイミングで打撃モーションを開始する。さっきの素振りの感覚を思い出し、その感覚に基づいてバットを振るタイミングを修正する。


 全てがスローモーション……

 左足が地面につく……腰の捻りから体の回転が生み出され……自然と腕が伸びて……バットが……ボールを……


 音はしなかった。

 無音の世界で、バットの芯が捉えたボールはあり得ない"角度"と"スピード"で飛び抜けていく。野球では絶対にあり得ないその"ライナー性"の打球は、そのまま遥か彼方へと消えていった。残ったのは、発生した衝撃波により抉られた地面のみ。



「これよ……」



 それを見たシルビアが感極まった顔で身震いしている事など、今の俺には知る由もなく、ただ茫然と打球の行方を見据えていたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ