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48ストライク お約束


「くっそぉ……あのくそ女神め……」



 窓の外から小鳥の囀りが聞こえてくる。

 まるで絵に描いたような気持ちのいい朝なのに、俺はベットの上で座ったままムスッとしていた。

 窓からは太陽の光が差し込んでいて、とても清々しい朝のはずなのに、昨晩の夢のせいで全部台無しに思える。ソフィア本人に会えた事はとても嬉しかったし、今後のやる気を改めて起こさせてくれたというのに……もう一人のおじゃま虫のせいで、寝起きは最悪だった。



「次もし会ったら、絶対にぶん殴ってやる……」



 小さくそう呟いて、ため息を吐いて気を取り直す。

 改めて窓の外に目を向ければ、朝焼けの綺麗な空が目に飛び込んでくる。

 今日は本当にいい天気のようだ。こんな日に"あいつ"なんかの事で、気分を落としておくのはもったいない。俺はそう考えながら、ベッドから降りて背伸びをする。



「ソフィアちゃん!朝ご飯、もうすぐできるから起きてるなら降りておいで。」



 下の階からウィルさんの声が聞こえてきたので、俺はそれに返事をして、寝巻きから着替え始めた。

 だが……



「ソ……ソフィア……!!」



 突然、驚いた声が自分に向けられた。

 何事かと振り返った俺の視界に、見覚えのある少年の顔が映し出される。その顔にはまさに驚愕の色が塗りたくられ、パクパクと魚のように口を動かしている様子には少し笑ってしまう。



「あれ……?ラルじゃん……なんでここに……」



 何気なくそう告げるも、慌てふためくラルの言葉に遮られてしまう。



「ソフィ……おま……おま…………」



 何言ってんだ、こいつ……

 そう訝しんで首を傾げるが、自分の今の姿をよく見てラルの態度の理由を理解する。

 上半身裸のまま、パンツ一枚でズボンを履こうとしている自分の姿。普段ならなんの問題もないはずだが、これは"ソフィア"の体なのだ。まだ5歳児だという事もあり、自分でもあまり気にしていなかったが、この体は女の子であって、それに対する配慮も必要という事だ。



「あぁ……そうか……そうだそうだ……」



 未だに言葉を発することができずにいるラルをよそに、俺は一人で納得しながらズボンを履いていく。

 そして、上半身は裸のままでラルに対してビシッと人差し指を向けた。



「ラルのエッチ!女の子の部屋に勝手に入っちゃダメ!」


「……!ご……こめん!」



 その言葉にラルはハッとして、転がるように階段を駆け降りて行った。その様子を満足げに眺めると、俺は再び着替えを始めたのだった。





「勝手に部屋に行ったラル君もだけど……ソフィアちゃんも対応が男らし過ぎるでしょ。」



 朝食のパンを頬張る俺に、ウィルさんが苦笑いを向けた。その横では、ラルが顔を真っ赤にして座っている。

 今、この場にはエプロン姿のウィルさんと、俺とラルの三人しかいない。スーザンは昨晩ずっと研究に没頭していたようだから、たぶん今頃は爆睡中だろうし、シルビアに限っては、貸し出す部屋はないので店舗スペースで寝かせているが、まだ起きてはきていないようだった。



「そういえば、ラルはなんでいるの?」



 素っ気なく尋ねると、ウィルさんがそれに笑う。



「ソフィアちゃん、今日もベスボルの練習するんでしょ?俺は今日仕事で外せないから、その代わりをラル君に頼んだんだよ。」


「ふ〜ん、そうなんだ。」



 そう応えながらパンを頬張ると、鼻を通り抜けるバターの香りが俺の心を踊らせる。やっぱり、ウィルさんが焼くパンは美味い。味も香りも柔らかさも全てが一級品で、毎日でも食べていられる。

 まったく……この人の家庭的スキルは、なんだってこんなに高いのだろうか。どうやればここまでスキルを高められるのか。

 男として完敗だな……そんな感情が頭をよぎり、男として自尊心が砕け落ちそうになっている事に気づくが、なぜだがそれが心地良くてクスリと笑みを溢してしまった。

 それにしても……

 俺はもぐもぐと口を動かしながら、ちらりとラルに目を向ける。相変わらず予想外の現れ方をする幼馴染みだなと感心しつつ、肉屋の仕事はいいのかと疑問が浮かぶ。ラルは肉屋のサムの息子でアネモスには後継の修行として来ていたはずだけど、けっこう俺たちとつるんでいる時間が多い気がする。まぁ、本人が来てるって事はちゃんと許可を得てるんだけど、なんだかサムに悪い気もするな。



「ラル、お肉屋さんの仕事はいいの?」


「ん?あぁ……大丈夫。今日の分の仕事は昨日きっちり終わらせてるから。」



 ラルは今の会話で落ち着いたようだ。まだ顔は少し赤いが、パンを手に取り口に運ぶ。

 しかし、相変わらず超真面目なやつだ。そうまでしてここに来たいのだろうかという疑問で首を傾げる俺を、ウィルさんはクスクスと笑っている。

 ウィルさんの行動がいまいち理解できずに首を傾げたが、どうでもいいかと切り替えて、今日の訓練の相手がラルだと事について考えてみた。

 確かに、ラルはベスボルの才能があるみたいだ。この前の勝負でも、けっこう凄いスキルを放ってきたし、同年代ではけっこう飛び抜けてるんじゃないかと思う。まぁ、俺が知ってる子供と言ったら、あの帝都で会った三馬鹿くらいだから、比べるには微妙だけど……

 そもそも、約2週間後に試合するのは俺と同じ子供……正確には15歳未満の子供たちだ。そうなると、5歳の子供の相手をするよりも、やっぱり大人に相手をしてもらった方が効率的で実践的な訓練になるし、得られるものも多いだろう。

 どうしたものかとため息をつく。



「別にラルが嫌だって訳じゃないけど、ソフィアはやっぱりウィルさんと訓練したいな。」


「え………!?」



 ついつい出た本音に、横で聞いていたラルが悲しそうに驚いている。だが、ウィルさんはニコリと笑みを浮かべて、首を横に振った。



「気持ちはわかるけどね……この数日はここの店番で自分の仕事を部下に任せっきりにしてるんだよ。そろそろ戻らないと彼らに怒られちゃうんだ。」


「そっかぁ……」



 あからさまに残念がる俺の横で、微妙な表情を浮かべているラルは無視する事にする。

 仕事ならば仕方がない。無理を言える立場でもない訳だし……だけど、やっぱり俺は大人と勝負する方がいい。確かに、この世界は子供でもスキルが使えるけど、その練度は大人の方が絶対に上であるはずなのだから。

 再びちらりとラルに目を向けると、俺に真面目な顔を向けてくる。まるで、幻滅はさせないとでも言うように……チャンスをくれと顔にそう書いてあるのだ。

 そんなラルを、まるで忠犬みたいな奴だなと思いつつ、それはそれで好都合だという悪い考えが頭をよぎる。ウィルさんに頼みにくい事も頼めるし、ここはラルに花を持たせてやるかと思い直して、小さくため息をついた。



「わかったよ。ラル……よろしくお願い。」



 ラルの表情が一気に明るくなり、その様子を見ていたウィルさんはニコリと微笑んでいた。





 朝食を終えた俺とラルは、さっそく街外れのグランドへと向かった。早朝のグランドにはさすがに誰もおらず、気持ちの良い風が吹き抜けていく。輝かしい陽の光に照らされたグランドを眺めていると、どこか特別な感じがして笑みが溢れてくる。

 大きく深呼吸をして気持ちを切り替える。ラルにはマウンドに立つように指示し、自分自身もバットを持って打席に立った。

 そういえば、ラルとは前回もここで勝負したんだな。そんな事を考えながらバットを構える。



「ラル、とりあえずボールを思いっきり投げてもらえる?あっ!"スキルは使わずに"思いっきりね。」


「わかった。」



 俺の指示に、ラルは素直を首を縦に振ってくれた。さすがは忠犬ラルだ。その様子を確認した俺は、左眼の神眼を発動させて、自分の魔力を感じ取るために集中する。

 目を瞑り、昨晩の夢でアストラが言っていた事を思い出す。


ーーー魔力が感じられるなら、魔道具も使える…


 今、俺が手に持っているベスボル用のバットも魔道具の一種である。ベスボルは魔力とスキルを駆使して競うスポーツなので、その道具も魔道具であるのは必然という訳だ。

 魔道具を使うには、自分の魔力を魔道具に流すイメージ……だったっけ?

 自分の魔力の動きを捉えようと、集中力をゆっくりと高めていく。昨日、ウィルさんの魔力の動きを捉える練習の成果もあって、自分の魔力を把握するのにはそう時間はかからなかった。

 体の中の魔力の奔流……胸の辺りから溢れ、血液のように全身にくまなく流れるそれらを、バットへ注ぐイメージを持つ。すると、白い……いや銀色にも見えるオーラが、バットの周りをゆっくりと包み始めた。



「おぉ…すごいな……」



 改めて、異世界にいる事を実感する。自分の中に存在する力が目に見える……こんな嬉しいことはない。だって、元の世界ではそんな事、絶対にあり得ないのだから。

 温かいが、どこか無機質な感覚が手から伝わってくる。その感触を確かめると、俺はラルへ向けて声を上げた。



「ラル!いいよ!」



 こくりと頷くと、ラルは投球モーションに入る。だが、その体に魔力の変動は見られず、この前のようにスキルを発動する様子はない。俺の指示通りにスキルは使わずに投げてくれるようだ。

 よしよしと頷きつつ、ラルのモーションを左眼で観察していく。筋肉の動きや重心移動の推移など、ラルがこれからどう動くのかが手に取るようにわかる。そのことに感心しているうちに、ラルの手からボールが放られたのを確認する。



(この回転はジャイロボールっぽい……ラルのやつ、もしかして天然のジャイロボーラーなのか!)



 ある意味、ラルの才能の一端に触れる事ができた事を嬉しく思いながら、飛んできたボールの軌道を読み切って打撃モーションを瞬時に行った。

 だが……


 

「あ……あれ……?」



 想像に反して、俺が振ったバットは空を切り、後ろの木にボールが当たる音が虚しく響き渡った。

今回はちょっとドキッとする回……のはずでしたが、ソフィアが男らし過ぎましたね。


さて、気を取り直してラルと特訓再開をした訳ですが、なぜか空振りしてしまったソフィア(二郎)。

この前の勝負ではちゃんとバットには当てられたのに、いったいなぜ……

次回もご期待ください!

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