45ストライク いざ実践!
「ソフィアちゃん!次、行くね!」
「うん!」
少し離れた位置からウィルさんがそう叫ぶ。俺がその言葉に元気よく返事をすると、ウィルさんは優しい笑顔で頷いて、ボールを持つ手を大きく振り被る。手に持つバットを構えながら、俺はウィルさんに対して左眼を集中させると、その眼に蒼炎が小さく揺らめいた。
「今度は……水色……という事は属性は水……かな?」
俺の左瞳には、彼の体が水色の光に包まれている様子が映し出されている。ゆらゆらとウィルさんの体の周りで揺めきつつも、力強さを感じさせる魔力の奔流を見れば、彼がかなりの魔力を練り込んでいる事がわかる。
おそらく、ウィルさんが次に投げるのは水属性のスキル……加えて、パワー重視ってところかな。
「さて、次はどんなスキルが見られるのか……フフフ……楽しみだな。」
俺は昂る気持ちを何とか抑えつつ、口元で小さく笑みを浮かべてさらに集中力を高めた。
俺たちが今来ているのは、アネモスの街外れにあるベスボル専用の広場だ。ここは街の人々が気軽にベスボルを楽しめるようにと、アネモスの領主が作った施設……言うなれば、公共のグランドであり、いつでも誰でも自由に利用ができる場所である。
今日は俺たちの他にも何人かの人が来ていて、家族や友達とベスボルを楽しむ姿が窺える。
……と、そう聞くと俺たちも遊びに来たように思われるかもしれないが、もちろんそうではないという事は付け加えておこう。
今日ここに来た理由……それは、俺の中に秘められていた能力の訓練のためである。
俺自身の偏属体質と光る両眼の秘密を解き明かす為に、帝都にある国立図書館を訪れた俺とスーザンーーー正確にはスーザンだけだがーーーは、目的であった"初代皇帝の手記"の内容について入手する事に成功した。
そこには、初代皇帝が女神から授かったとされる力の秘密が書かれている…………はずだったのだが、実際に読んでみるとそれは叶わない恋への想い……そう、女神への想いを患い過ぎた彼の恋心を綴ったものだったのだ。
あくまで推測だったけど、この手記には偏属を解消するための有力な情報が記録されていると期待していただけに、さすがの俺もちょっと落ち込んでしまった。
本来であれば別にそこまで焦る必要もなくて、他の方法を探すという選択肢もあったはずだったが、シルビアが勝手に組んでしまったムースたちとの試合の件もあり、俺たちは早急に他の策を練らなくてはならなかった。
だが、時間も無い中で、どうしようかと悩んでいた俺たちに光明が差し込んだ。ウィルさんが、誰も気づけなかったあるメモ書きに気づいたのだ。
ーーー"神眼の使い方"
手記の最後に小さく書かれていたそれは、とても曖昧で具体性に欠けており、非常に感覚的なものであったが、とりあえずみんなが胸を撫で下ろしたのは事実だった。
そして、周りから促されるままにその場で試してみる事になった訳だが、書かれている通りにやってみると今度は別の意味で驚いた。
だって、いとも簡単に"神眼"の発動に成功してしまったんだから。
「こ……こんなに簡単に使える……なんて……。なんだかなぁ。」
左眼に具現化された蒼々たる炎……決して熱いという事はなく、温かい流体で眼を覆われているような不思議な感覚。それに、手記の前半に書かれていた内容のとおり、その眼を通すとスーザンたちの体の中に在る魔力の動きを視る事ができた。
魔力を感じる事ができる……その温かく心地よい感覚に安堵を浮かべつつも、俺は驚きーーーいや、拍子抜けしてしまったと言った方が、表現としては正しいかーーーを隠せなかった。俺だって、これでいて魔力が使えないことについてはけっこう悩んでいたつもりなんだけど、こうもあっさり使えるようになってしまっては……ね。
だけど、実はまだわからない事もある。
「あの時とは少し違うな……お前が暴走した時は右の瞳にも紅い魔力が顕現していたんだが、今回はそれがない。」
「え……?そうだったっけ?」
スーザンが俺の顔をまじまじと眺めてそう言うが、俺はいまいちピンと来ずに首を傾げる。
「あぁ、お前が暴走した時は左眼に蒼い炎、右眼に紅い炎が宿っていた。だが、今は左の瞳の蒼色のみだ……まぁ、現状じゃ情報が少な過ぎて、調べようがないのも事実なんだがな。」
腕を組み、何かを考えるように視線を落とすスーザンの様子に俺は口を噤んだ。
正直に言うと、俺自身から共有できる情報はこれ以上ない。暴走した時の事はあまり覚えておらず、スーザンとジルベルトに教えてもらって驚いたくらいだし、その時の俺は自暴自棄になっていたらしく、死んでもいいなどと口走っていたらしい。この体はソフィアのものだというのに……まったく恥ずかしい話である。
蒼い瞳が顕現した今、その事だけでも喜ぶべきなんだろうが、まだ残る課題にスーザンが小さくため息をつく。すると、今度はその様子を窺っていたシルビアが何かを思い出したように口を開いた。
「父から聞いた話の続きだけど、初代皇帝が女神からもらった神眼は確かに両眼だったようね。だけど、眼の色が紅いなんて事は一言も聞かなかったわ。確か……"蒼々たる両眼はとても美しくて力強く、そして慈しみを兼ね備えていた"……私の記憶にはそうあるわね。」
シルビアは自身の記憶を辿って、瞳に関する情報を手に入れようとしてくれていたようだ。エルフ王との会話を思い出しながら、探るように言葉を並べていく彼女に俺が問いかける。
「ソフィアの眼は、皇帝さまとは違うって事……?」
「う〜ん……正直、情報が足りてないのよね。今のままでは何にもわからない……それが本音よ。」
シルビアもそこまではわからないようで、首を横に振って肩を落とした。そんな彼女からスーザンに視線を移せば、彼女もまた眉間に皺を寄せて難しそうに考え続けているようだ。
俺は場の雰囲気が少し重たくなるのを感じた。
俺としては、今はこれで十分なんだけど。だって、ようやく魔力を感じられるようになったんだ。まずは一歩進めたって事だし、この力がどんなものなのか詳しく調べる必要がある…………
ていうか、時間ないんだし早く試したいんだって!!未知の力……生前ではあり得ない人智を超えた力!!早くこれを試して、ベスボルにどう活かすか考えたいんだよ!!
もどかしい気持ちを必死に押さえていると、ウィルさんが突然こう告げた。
「とりあえずは、ソフィアちゃんのその眼を詳しく試してみたらいいんじゃない?右眼の紅い炎の事は、その後考えよう。」
心の声が、どうやら表情から漏れ出ていたようだ。俺の表情にいち早く気づいたウィルさんが笑顔でそう告げると、スーザンもシルビアもそれもそうかと頷いた。
そうして、翌日になってから、俺たちはこのグランドに来たという訳だ。
まず初めに行ったのは、神眼を発動してスーザンやシルビアが練り込む魔力を読み取る訓練だ。眼を凝らしてみると、練り込む魔力に色がついている事に気がつく。スーザンたちが属性を変える毎に、赤や黄色、緑や青などの流体がまるで血液のように体内を巡る様子が見てとれた。
「うわぁ〜綺麗だなぁ……」
「綺麗……?ソフィア、お前には私たちの魔力がどう見えているんだ?」
俺の言葉にスーザンが首を傾げる。
「え……?……んと、属性によって色が違って……赤とか黄色とかが体の中を流れてるんだぁ。とても綺麗なんだよ。」
「色……で識別できるのか。それは便利だな。」
何やら微妙な反応だったが、その理由について何となく俺には察しがついた。
確か、スーザンも魔力を読む能力を有していたはず……
「そう言えば、スーザンお姉ちゃんにはどう視えるの?」
彼女がどう感じているかわからない以上、気を遣って聞かない選択肢もあったが、ここは子供らしく好奇心に身を任せる事にする。
「私か……?そうだな。私の場合は魔力の"流れ方"で判別するんだ。」
「流れ…方…?魔力は体の中を流れ続けるものでしょ?それに違いがあるの?」
ーーー魔力は常に流れている……
それがこの眼を通して、俺がまず初めに理解した事だ。魔力を練らずとも、普通に生活しているだけで魔力は止まることなく、常に体をゆっくりと流れている。これは魔力を練っているスーザンやシルビアの状態と、何もしていないウィルさんを見比べて気づいた事だ。
じゃあ、スーザンの言う流れの違いとは、いったいどんなものなのだろうか。
「そうだ、魔力は常に体内を巡る……それが理だ。そして、私にもその流れが視えているんだが、お前と違うのは色のように効率的に判別はできない事だな。」
スーザンは羨望を交えた視線で俺を見た。もちろん、彼女からは嫉妬のような感情は見られない。
「私の場合は、言葉の通り"流れ方"が視える。例えば火属性なら炎のように流動するし、雷属性なんかは刺々しく視えるのさ。便利ではあるが、判別に慣れるまでには時間がかなり有したな。それに比べれば、お前のその眼は優れものだ。相手の属性を瞬時に判断できるから、それに対するレスポンスも早い。」
スーザンはそう告げると空を見上げた。その横顔はどこか寂しげでもあったのだが……
「よし!そろそろ実践に移ってもいいんじゃないかい?時間も限られてる訳だし、のんびりもしていられない。それにソフィアちゃんは実践向きでしょ?」
話を遮るようにウィルさんが手を鳴らした。
スーザンの事が少し気になったけど、これ以上は本当の意味で野暮である。それに、ウィルさんの言うとおり、俺は実践から入るタイプ……やって体で覚えるタイプなんです!
投手役を買って出てくれたウィルさんと共に、俺はグランドへと足を進めたのだった。
"神眼"がやっと使えるようになったソフィア。
ですが、まだ一つ謎が残っているようですね。右目に宿った赤い魔力の秘密とは…
でも、これで試合にはなんとか間に合いそうです!
魔力操作の練習だぁぁぁ!!