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37ストライク 常識は非常識


「なっ…………!!?」



 突然の事にムースの顔には困惑の色が浮かんでいる。自分が何をされたのか理解できずに口を開けたまま、俺の事をジッと見据えるムース。そんな彼に対して、俺は笑いながらこう告げた。



「ごめんね、おじさん。そんなチームにソフィアは入らないよ。」


「な…なんだとぉ……!?お……お前、自分が何を言っているのか……わかっているのか!?」



 ようやく状況を理解したムースは怒りを露わにするが、対する俺が動じることはない。

 こういう奴らは、たいてい自分たちの立場が相手より上だと考えている。自分たちが話す言葉が正しくて、それを聞けば相手は泣いて喜ぶとさえ思っているんだ。まぁ、俺の場合、そんな風に飛び出した鼻を思いっきりへし折ってやるのがたまらなく爽快で、やめられないんだけどな。

 だいたい、そんな強いチームに入って当たり前に勝つ事の何が楽しいのか、俺にはさっぱり理解できん。スポーツってのは、どちらが勝つかわからない……そんなヒリヒリした勝負があるからこそ面白いんじゃないか。もっと言えば、弱者が強者を食らう番狂わせ……そう、ジャイアントキリングが起きるからこそ面白いのに。



「おじさんこそ、ソフィアの言葉の意味……わかってる?」



 その言葉を聞いて、さらに歯を食いしばり顔を赤くするムースに、俺はニコリと微笑みかけた。

 そういえば、思い出したぞ。生前でも、これと同じような事があったな。

 あれは確か高校へ進学する時だ。うちに来ないかと勧めてきたとある高校の野球部の部長がいて、そいつがまた、このムースって奴と同じようにいけすかない奴だったんだよな。確かにその高校は、野球の名門校で甲子園の常連校でもあったけど、俺はやりたい事が別にあったから他の高校へ行くと伝えたんだ。そしたらその部長、その高校の悪口を言い始め、終いには野球部もない高校に行くなんて馬鹿のする事だとか抜かしやがったんだ。

 だから俺も、イラッとしてこう言ってやったんだよな。


『2年半後、その馬鹿が作ったチームにあなたは負けるんですよ?』


 ……って。

 このムースのおっさんみたいに顔を真っ赤にして怒ってたのは爽快だったな。

 あの顔は本当に面白かったよなぁ。それに、ちゃんと野球部のない竜王高校へ進学して、チームを一から作り上げ、高校三年の時にはその部長率いる高校を本当に打ち破って甲子園で優勝したんだ。あの時の悔しそうな部長の顔と言ったら……今でも忘れられないな。

 こんな事言うと性格が悪いと思われるかもしれないけど、俺には懐かしい思い出であり、仲間たちと必死になって積み上げてきた大切な思い出でもある。

 そういえば、あいつら俺が死んだ事は知ったのかな……


 そう思うと、もの寂しさを感じてしまった。

 高校卒業後は、みんなそれぞれの道を歩んで行った。仕事もあれば家庭もあったから、みんなで集まる事は確かに難しかったけど、それでも節目節目で集まって近況を報告してたよなぁ。よく考えればそれはもう叶わない……もう彼らには会う事はできないんだ。



「く……オ…オホンッ……貴女の考えはよく理解しました。いいでしょう。しかし、私の誘いを断った事、後悔する事になりますよ。」



 せっかく感傷に浸っていたのに台無しだ。

 かつての仲間たちとの思い出に耽っていた時間を邪魔された俺は、ギロリと睨み返す。だが、いつの間にか冷静さを取り戻したムースは、再び笑みを浮かべてこう告げる。



「とりあえず、帝都に戻ったら協会にこう伝えさせてもらいますね。リトルチームにも所属していない5歳の子供が、補欠とは言え我がチームの選手と野良試合を許可なく行っていた……と。」


「……?」



 俺には、彼が何を勝ち誇っているのかが理解できなかった。

 別に子供同士の遊びじゃないか。それの何が悪いんだ?

 だが、ちらりとスーザンへ視線を向けて驚いた。彼女は驚愕の色を浮かべ、無言で俺を見据えていたからだ。



「……あれ?スーザンお姉ちゃん、ソフィア何か悪い事した……?」



 その言葉にスーザンは大きくため息をつく。



「さっき、こいつの言葉を聞いてもしやとは思ったが……お前、帝都でベスボルをやったのか?」


「え……?う…うん、三人組のお兄ちゃんたちが勝負しろって言うから……」


「はぁ……なんて事を……ったく、スロウの奴め。あれほどソフィアからは目を離すなと言っておいたのに……」



 額に手を当てて首を振るスーザンの様子に、俺も段々と不安を覚え始めた。スロウの名を出してまで憤るという事は、それほどまでの事なのだろう。なんだかスロウには悪い事をしたなと感じてしまう。

 しかし……納得もいかない。

 えぇ〜何がダメなんだろう。ちょっとベスボルで勝負しただけじゃん。側から見れば、子供同士の遊びだろ?いったい、それの何がいけないんだ?もしかして、5歳児はプレーしちゃダメとか言う決まりでもあるとか……?

 俺はやっぱり理解できずに首を傾げてしまう。

 すると、そんな様子を見たスーザンは、ムースを一瞥するとため息混じりに教えてくれた。



「帝都ではな、ベスボルに関して他の都市にはないルールがあるんだ。帝都はベスボルの発祥地でもあるから、昔は誰でも自由にベスボルをプレーして楽しんでいたんだが、ある時、事故や事件が多発してな……」


「事故や……事件……?」



 スーザンの話をまとめるとこうだった。

 元々、クレス帝国では国民は自由にスポーツを楽しんでいた。もちろん、ベスボルもその内の一つであったが、ベスボルには野球と同じでプロリーグが存在している。そこではご存じのとおり、魔力とスキルを駆使した試合が行われる訳で、それを観た国民たちも同じようにスキルを使ってプレーし始めたのだ。

 ルールがあるからスポーツは成り立つ。しかし、各地では基本ルールすら守らない試合が頻繁に行われれ、その結果、事故が多発したのである。悲惨なものだと、人が死亡する事例もあったらしい。

 それを問題視した皇帝が協会に指示を出し、あるルールを作った。それが帝国内に周知され、破った者には厳正な処分が下される事になったんだとか……



「そのルールって……?」



 俺がそう尋ねると、スーザンは改めてため息をつく。



「要は、帝都ではベスボルをプレーする事に制限を設けたという事だ。」


「制限……?」

 

「あぁ、基本的にベスボルをプレーするためには、各地にあるベスボル協会で選手登録が必要であり、それは15歳からしかできない。だが、これはあくまで構成されるリーグに所属する為のものだ。」



 これは重要な話だ。

 そう直感した俺は、スーザンの言葉に真剣に耳を傾ける。



「では、12歳未満の子供たちがベスボルをできないのかというと、そうでもない。帝都以外の都市では、5歳からベスボルをプレーしていいと定めているところが多いし、リトルチームがあればそこに所属する事でもっと早い歳からベスボルに触れる事も可能だ。」



 なるほど……意外としっかりしたルールがあるんだな。でも、帝都以外でって事だから、この話のミソはそこにあるのか。

 俺が真剣に聞いている様子に少し安堵したのか、スーザンは表情を少し緩めて話し続ける。



「だが、さっきも言ったとおり帝都は別だ。帝都ではリトルチームに所属しない限り、11歳までの子供たちはベスボルをしてはならない。これは皇帝の勅命であり、誰にも代え難い事実なんだよ。」



 スーザンはそう告げて、未だにニヤついているムースを再び睨み返す。

 そういう事か……なら、それを破った俺は協会にリークされれば厳罰に処される訳だ。だが、それをするには、ムースの奴にも一つ問題があるはずだが……



「おじさんがソフィアを協会に訴える理由はわかったんだけど……それだとあの三人も怒られるし、おじさんのチームにも影響があるんじゃないの?」



 そうなのだ。

 俺が一人でやっていたならともかく、インフィニティーズに所属している奴らと勝負したんだ。ムースがどう言おうが、俺がそう言えば少なからず彼らやチームにも影響があるはずなのだが、それくらいのリスクは飲み込むという事なのだろうか。


 それは単純な疑問だったが、浅はかでもあった。

 ここは異世界だ。日本のルールや文化、概念などが通用するはずもない。俺が考えている常識は、この世界では非常識……そんな基本的な事を、俺は見落としていたのだ。

 

 ムースは、俺の言葉にさらに笑みを深めてこう言い放つ。

 


「クフフフ……貴女と勝負したのは単なる補欠。と言ってもレギュラーの補欠ではなく、球拾いの補欠です。協会には、今回の件は彼らが勝手にやった事であり、チームとしても誠に遺憾……そう説明して謝罪するだけです。そして、そんな者たちが居なくなろうが、我がチームには全く影響はありませんよ。代わりはいくらでもいるのですから……」



 それを聞いた俺は言葉を失うと同時に、自分の浅慮さに気づくのだった。

いかがだったでしょうか。

スポーツはルールがあってこそ楽しむ事ができるんですよね。


しかし、ムースのやつは何と卑劣な…

ソフィア(二郎)はいったいどう対応するのでしょうか。


次回も楽しみに♪

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