34ストライク まったくあなたと言う人は!
「ソフィアさん、まったくあなたと言う人は!」
そう言って、手を後ろで組んだまま右へ左へとウロウロする初老の紳士。
何を隠そう、いま俺はスロウに怒られています。
でも、それも仕方ないのかもしれないね。だって、勝手にスロウの側を離れて見知らぬ子どもたちとベスボルで勝負し、挙げ句の果ては勝った見返りとして相手に食べ物を奢らせるという恐喝まがいの事をしていたので……
とりあえず、あの三兄弟にはお詫びとして俺が奢らせた代金分の小遣いを支払って帰ってもらった。もちろん、スロウがだけど……
だけど、彼らからはいい話を聞くことができた。なんとベスボルにも、ちゃんとリトルリーグが存在しているというのだ。しかも、他の都市にも数チームずつ存在しているらしいし、アネモスにおそらくはあるはずなので、帰ったら調べてみようと思う。
まぁ、この世界のベスボル普及率を考えればおかしな話でもない訳で、気づかなかった自分が少し恥ずかしい気もするが……
「すみません!俺が無理矢理にでもこいつを止めておけば!」
俺がスロウの話を右から左へ受け流している横で、ラルがそう言ってスロウに頭を下げた。その様子を見たスロウも、君がそこまで頭を下げるなら仕方がないなぁと言う表情を浮かべているのだが、俺にはどうも腑に落ちない。
なんでラルが謝ってんだ……真面目か!と言うか、こいつがここにいることについて、スロウさんはなぜ何も言わないんだ……もしかして本当にグルなの?
そんな疑問すら湧いてくるが、スロウが次に発した言葉を聞いて俺は幾分か安堵を覚える。
「ところで、君は誰です?」
そうだよね……いや、もっと早くに聞くべきじゃね?俺と一緒に怒る前に先に気づくべきじゃない?この人、アホなの?
その言葉はグッと飲み込んで、ラルの返答を待つ。
「あ…!すみません!お……俺はソフィアの幼馴染みで……」
あくまで自称な……
そんな事を考えて、少し呆れたように口元で小さく息を吐く。スロウも片眉を顰め、ラルの話に耳を傾けている。ラルの人となりを確認するつもりなのだろう。
「じ……実はこの街に来たのには訳があって……」
ラルは少しあたふたとしている。
どこか混乱しているような……まるで、俺が理由を知っているのでは?というように、何かを訴えるような視線をちらちらと向けてくる。
そんな目を向けられてもなぁ。お前がここにいる理由は俺も知らないんだが……
そんな俺の態度を見て、ラルは小さくため息をつくと、何かを決意したかのような表情をスロウに向けた。
「お…俺は、スーザンお姉さんに招待されてここに来たんです!」
「はぁ…?!しょ…招待……!?」
その言葉を聞いた瞬間、大きく開いた口が塞がらなくなった。
なんでスーザンがラルを……?てか、招待っていったい何に……?
混乱しているのはスロウも同じのようだ。どうやらスーザンは、彼にもこの事を伝えていなかったのだろう。虚をつかれたという表情でラルを見ている。
まったく、あのスーザンお姉さまは!いったい何考えてんだか……しかし、ラルのやつ、スーザンの事をちゃんと"お姉さん"て呼んでやがる。どれだけ真面目なんだよ……もしかして、洗脳されてたりして。
そんなずれた考察を行なっている俺をよそに、スロウが何かを思い出し、すぐに気を取り直してラルへと問いかける。
「招待……ですか。なるほど……この時期にこの街には招待となると"あれ"ですな。」
「……あれ?あれって何のこと?スロウさん……」
頷くラルを横目に、何の事だかまったく想像がついていない俺がそう尋ねると、彼はニヤリと笑みをこぼした。
「この時期、ここヘラクでは特に大きなイベントはありません。となると、考えられるものはただ一つ。それはベスボルの試合観戦でしょうね。」
その瞬間、これ以上ない反応スピードで俺は飛び跳ねて喜んでいた。
◆
「うわぁぁぁぁぁ!これがクレス帝国立競技場かぁぁぁ!」
目の前にある建物に対して、心の底から歓喜の声をあげた。
それもそのはず、俺の前には日本では考えられないほどの荘厳なスタジアムが静かに腰を据えているのだ。
その様相は巨大にして壮大。
床や壁には様々な装飾が施されていて、その一つ一つが精巧に造られ、さらに精密に並んでいる。
こういうのを豪華絢爛と言うんだろうか……言葉を失うとはまさにこの事だな。
つい目を輝かせて魅入ってしまう俺にスロウが声をかける。
「ソフィアさんは競技場は初めてですかな?」
そう言われると確かに初めてかもしれない。サウスにはなかったし、アネモスにはあるのは知ってるけど、まだ行けてなかったし……
彼の言葉に振り向く事なく、何度も頷く俺を見兼ねたのか、ラルがため息混じりにスロウへと説明を始める。
「俺たちが住んでいる辺境都市サウスには、グランドはありますが、こういった競技場はないです。アネモスにはあるにはありますが、ここまで豪華じゃないですし……」
ラルの言葉にうんうんと頷くスロウは、一つ咳払いをすると楽しげに説明を始めた。
「これが見初めとは、ソフィアさんもついてますな。帝国の歴史はかれこれ約600年ほどになりますが、その中で第10代目皇帝であるインペリ=トウ=クレスは、大のベスボル好きだったと聞きます。彼が残した功績はこの競技場の設立です。ここ帝都ヘラクにおいて開催されるマスターズリーグの……」
やばい……また始まったぞ。スロウさんの観光案内癖が……
つらつらと言葉を並べていくスロウは、気持ち良さげな表情を浮かべており、完全に自己満足の世界に入り込みかけているようだ。ラルもその様子には苦笑いを浮かべているし……
このままだとずっと喋り続けるため、俺はそれを阻止すべく行動することにした。
「あっ!あれは何かなぁ?あれはあれは?あっちのもすごい!!」
ーーーいろんなものに興味が湧いて仕方がない。
というように周りに見える出店や施設へと向かって走り回り、スロウの話を妨害する。
すると、スロウも前科のある俺の事を放っておく事など出来ず、興を削がれたと言わんばかりの表情を浮かべて追いかけてくる。
こういう時、子どもって便利だな!
スロウの様子を見て、そう心の中で笑ってはいたが、本音を言うと俺自身はけっこう楽しんでいた。
異世界のスタジアムなんて、なかなか拝めるものじゃないし……
「はぁ……仕方ないですね。ソフィアさん、そろそろ入場ゲートへ向かいましょう。」
このまま放っておくと、どこへ行くかわからない。スロウの顔にはそう書いてある。なんだかちょっと不本意ではあるが、呆れたようにそう告げたスロウに俺はこくりと頷いた。
そのまま、俺たち三人は競技場の中へとつながるゲートに向かった。日本の球場には中に入るためのゲートが等間隔にいくつか置かれているが、こっちの世界では違うらしい。スロウに聞けば、観戦は外野席のみなのでゲートは2つだけ。そこでチケットを係に見せて入場する訳だが……
「スーザンお姉ちゃん、遅いね。」
「そうですね。彼女しかチケットを持ってませんから、ここで合流予定なんですが…」
そうなのだ。肝心のスーザンがまだ来ていないのである。
自分で誘っておいて遅刻とかあり得んな。だけど、あの人が今やっている事を想像すると、万が一の場合、来れないって事もあり得るよなぁ。
"捕まる"とか冗談にもならないのだが、正直言ってその可能性も否めない。そうなると、俺はこの先どうすればいいのだろうかと考え始めたその時だ。
「悪い悪い!遅くなった!」
聞き覚えのある声に三人が同時に振り向いた。
昨日ぶりに見た叔母の顔には、満遍の笑みが浮かんでいて、興奮冷めやらぬといった感じに頬が紅潮している。その様子から察するに、彼女の願いは成就したのだろう。そして、そうなると俺の魔力についても進展があるって事だ。
それが頭に浮かんだ瞬間、喜びと好奇心が胸を埋め尽くす。
ーーー早く知りたい!早く魔力を使えるようになりたい!
はやる気持ちが抑えられず、声をかけようとした俺の口をスーザンが突然グッと塞いだ。驚いてその手を外そうとする俺をそのまま腰の位置に抱き抱えると、スーザンはスロウにチケットを手渡してこう告げる。
「私とソフィアは今からアネモスへ帰還する。悪いがスロウ、君はこの小さなヒーロー君と今日の試合を観戦してくれ。」
一体何が起きているのかわからない。
スーザンの腰の横で口を塞がれ、抱えられた俺は必死に体を捩るが、びくともしない事に驚いた。その様子を見るラルの目にも、明らかに困惑の色が浮かんでいる。
だが、スロウだけは違った。
彼はチケットを受け取ると、全て理解したかのように笑顔で頷いたのだ。スーザンもニヤリと笑うと、スロウと握手を交わし、俺を抱えたまま移動を始める。
「ちょ……スーザンお姉ちゃん!いったいどういう事なの?」
抱えられたまま、解放された口でそう疑問と嫌悪を投げつける。
だが、スーザンからは返事はない。
諦めてされるがままになっていると、近くで響き渡る笛の音がいくつか聞こえた。それはまるで、何かを追いかけて行動しているような……
その瞬間、ハッとしてスーザンの顔を見上げると、彼女は笑みを浮かべてサムズアップしていたのであった。
ーーーまったく!あなたと言う人は!
歳上をカツアゲするソフィア(二郎)…
やばい5歳児ですね…
しかし、せっかくのベスボルの試合観戦も残念な事にお預けという事に。そして、スーザンが手に入れた情報はいったいどんなものなのか。
まずは追っ手を振り切りましょう笑
今回もご拝読、ありがとうございました。