18ストライク お姉さんとお呼び!
翌日、俺はジルベルトに連れられて、サウスの隣に位置する"四季の都市アネモス"へと向かうことになった。
もちろん、ニーナとアル、そして、不満気に頬を膨らませるジーナに見送られてだ。
ジーナを見ていると少しだけ気まずかったが、ジルベルトが決めたことだから仕方ない。何か土産話でも持ち帰ってあげようと、妹ながらに心に決めた。
アネモスまでは馬車で1日かかる距離だそうだ。
ジルベルト曰く、途中にある深い森を突っ切れば半日で着けるらしいが、その森は多くの魔物が生息するかなり危険な場所らしいので、サウスから出ている定期便で迂回することとなる。
「俺一人ならそうするが、今回はソフィアが一緒だからな。」
ジルベルトは少し自慢気にそう告げた。
遠回しに自慢しているのが、明らかに透けている。娘にカッコいいと思われたいという欲望がダダ漏れだ。
だが、ここは機嫌をとっておく方がいいだろう。
そう判断して、俺が目を輝かせて褒めると、彼は頬を赤らめて喜んでいた。
乗り込んだ馬車は、想像していたよりも大きなもので驚いた。ファンタジーや中世の世界でよく見かける四〜五名ほどが乗れる様な大きさではなく、まるで乗合バスの様に長くて広い。
馬車を引くのは、数匹の馬?の様な生き物だ。疑問符がついているのは、その生き物に長い髭が付いていたため。驚く俺にジルベルトが、「馬は初めてだったか?」と尋ねてきたので、これがこの世界の馬だと理解した。
馬車の中は日本でも見たことのある内装だった。狭い通路を挟んで、両脇に座席が並んでいる。座席の数はおおよそ20人ほどが乗れるが、ここから察するに、この世界では都市間の人の流れも活発なのだろう。これは明らかに大量輸送を考えた構造だからな。
そんなことを考えながら、俺はジルベルトと二人席に座り込んだ。
「父ちゃん、スーザン叔母さんってどんな人?」
馬車に揺られながら俺がそう尋ねると、ジルベルトが少し悩まし気な表情を浮かべる。
「う〜ん…簡単に言えば、魔道具を扱う店の店主…かな…」
なんだか歯切れが悪い。ジルベルトのやつ、姉との関係か上手くいってないのだろうか。でも、俺は一歳の時に会いに行ってる訳だし…
少し話題を変えて様子を伺ってみるか。
「…じゃあ、魔道具ってなに?」
「…ん?あぁ、そうだな…ソフィアは初めてか。魔道具ってのは、スキルを使う時に補助的な役割をしてくれる道具の事だ。」
「補助…?」
ハテナを浮かべる俺に、ジルベルトは簡単にだが説明してくれた。
本来、スキルを使うには緻密な魔力操作が必要だが、世の中みんなが、魔力の操作が得意である訳でない。どんな世でも、人それぞれ得手不得手があるという事だ。
魔道具は、そんな個人差を補ってくれる画期的な道具として発明されたらしい。ナイフや斧など、日用的に使用する道具が多く、魔力を通すだけで道具に応じたスキルが使える様になるため、その人気は爆発的に広がり、この世界で一気に普及したそうだ。
この世界は機械というものはなく、全てが手作業で行われる。一部では織り機などが存在するが、多くの事は人の力で行われている。
前にも話したが、人はスキルを使って生活する。その為、簡単にスキルを使える魔道具は重宝されるのだ。
今ではどの都市にも魔道具を扱う店が存在し、様々な用途の魔道具を扱っていると言う。
ただし、魔道具を作るには魔石がいる。魔石は魔物から得ることができるが、けっこう高価なものらしい。
「魔石は高いの?なら、魔道具も高い?それを売ってるスーザン叔母さんはすごい人?」
その問いかけにジルベルトは少し驚いていた。
4歳の俺が、モノの"原価"について尋ねてきた事にもだろうけど、あの感じはスーザンの名前に反応したようにも感じる。
だが、ジルベルトは何かを誤魔化すように俺を褒めた。
「ソフィアは頭が良いな!その歳でそんな事まで知ってるとは。結論から言えば、ソフィアの言う通り、魔道具は高い…」
やっぱりか…まぁ必然ではあるな。
「まぁ…魔道具については、今から会う俺の姉さんに聞けばいいさ…」
彼はそう言って苦笑いを浮かべていた。
やっぱり誤魔化された様な気がする…
スーザン叔母さんか…魔道具店を営み、その流通にも一翼を担っている人?いったい、どんな人物なのか…
俺は窓の外に目を向け、流れていく風景を見ながらどんな人なのか想像に耽っていた。
・
アネモスに着いたのは陽も落ち始めた頃だった。
停車場に降り立って辺りを見渡すと、街はオレンジと群青に染まり、ポツポツと明かりが灯り始めている。
キョロキョロとしていた俺の手を、ジルベルトが引いて歩き出した。
「このまま姉さんの店に行く。父さんの手を離すなよ。」
俺はジルベルトの言葉に頷いてその手を握り締め、彼の横を歩き始めた。
アネモスは活気に溢れた街だった。陽も落ち始めているにも関わらず、多くの人が行き交っているし、道も石畳みの様なもので綺麗に舗装されていて、人だけでなく馬車も通れるほどに広い。それに道の脇にはたくさんの店の軒先が並び、多くの買い物客で賑わっている様子はサウスでは見られない光景だ。
「父ちゃん、大きな建物がいっぱいだね。」
「そうだな。四季の都市とは言われてるが、ここは一年を通して温暖な気候が長いんだ。だから、住みやすいと人気でな。自ずと人が集まるし、そうなれば街は発展するものさ。」
なるほどなと俺は一人で納得した。
確かに人が住む上で、その土地の気候は重要な要素だろう。大雪や日照りがなければ、作物も育ちやすいだろうし、行動を制限されることもない。
気候が安定している場所には、人が多く集まる事は必然だろうからな。
そんなことを考えているうちに、ジルベルトは俺の手を引いたまま、細い路地へと入り込んでいく。俺は拒むことなく彼に続くが、その路地は賑わう街とは隔絶されたかの様に静まり返っていた。
そのまま閑静な路地を少し進むと、さほど広くはない路地裏に出る。
「ここだ。」
興味本位で辺りを見回していた俺は、ジルベルトの言葉に視線を前に向けた。目の前には少し古びた小さな建物が静かに腰を据えているが、明かりはついておらず、人がいる気配はない。それに、見た限りこれが"店"だとは到底思えなかった。
本当にここなのかと疑問に思っている俺をよそに、ジルベルトは正面の扉をノックする。
………
中から返事はない。
「父ちゃん…間違えた?」
間違えるはずもないのだろうが、ついつい聞いてしまった俺に、ジルベルトはなんだか微妙な表情を浮かべながら、「合ってるよ。」とだけ呟く。
すると、その時だった。
「はぁーはっは!!よく来たな、我が弟よ!!そろそろ来る頃だと思っていたぞ!!」
どこからともなく甲高い声が響き、それに驚いた俺は声が聞こえた方に顔を向けた。
反対側の建物の屋根の上…
そこには、ジルベルトと同じく金色の髪を携え、腕を組み、仁王立ちする女の姿があった。
驚いている俺の隣で頭を抱えるジルベルト。その様子から考えれば、これは初めてではないという事だろう。
そんな俺たちを見てニヤリと笑うと、彼女は大きく飛び上がり、クルクルと体操選手のように体を捻って、目の前に着地する。
ものすごい目立ちたがりだな。
「姉さん、毎回勘弁してくれよ。」
「あ?別にいいだろ?私がどうやってお前たちを出迎えようとも…」
さすがは姉だ。
悪びれる素振りもなくジルベルトの言葉を一蹴して、すぐに俺に目を向ける。
「お前がソフィアだな!大きくなった!」
「こ…こんばんは…スーザン…叔母さ…ん…」
内心で戸惑っていた俺は、とりあえず子供なりに挨拶をしてみたが、それを聞くや否や、スーザンはジルベルトの頭を目にも止まらぬ速さで叩き抜いた。
え!?なんで!?
混乱する俺と痛みを堪えて頭を抱えるジルベルトに、彼女は怒った表情でこう告げる。
「ジル!甥姪にはスーザン"お姉さん"と呼ばせろと言ってあるだろうが!!」
「痛てて…知るかよ!そう呼ばれないって事は、姉さんがそれ相応だって事だろ!!」
「なんだとぉぉぉぉ!!!」
「姉さんは手が早いんだ、手が…!!」
睨み合う姉弟…
驚くことばかりだが、そんな二人を見てるとなんだか呆れてきた。
お姉さん、個性強過ぎだろ…
ついにジルベルトのお姉さん登場です。
かなり個性強そうですが…
ジルベルトのお姉さんって感じ、出てかなぁ笑
次話はいよいよソフィア(二郎)の体質についてです!
ぜひよろしくお願いします!