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151ストライク 納得するには

「遅くなりました……あれ?」



 協会前の通りを小走りでやってきたルディが、俺たちの様子を見て首を傾げた。彼には別動でユリアの情報を集めに行ってもらっていたので、このタイミングでの合流となった訳だが、その場の雰囲気を察したルディは、静かにミアたちのところまで歩み寄ると、声をひそめて何事かと尋ねる。



「これはいったい……」


「実はだにゃ……」



 問われたミアはルディへ一部始終を説明する。それを聞いたルディは驚いた顔を浮かべて協会長へ視線を向けた。


 その先では、相変わらず鋭い視線を向ける俺と笑みを浮かべる協会長が、目には見えない火花を散らしている。



「何でもかんでも、お見通しって訳ね。」


「僭越ながら、一応は協会長という肩書きをいただいてますので。」



 大した言葉は交わしていないが、それら1つ1つに載せられた重圧がその場の雰囲気を支配していく。ミアたちもそうだが、受付嬢のシャロンでさえいつもとは様子の違う協会長に動揺を隠しきれていない。



「でもなぁ〜。こっちもはいそうですかと言うわけにはいかないんだよね。」


「ははは……それはお互い様ですからねぇ。」



 相変わらず笑っている協会長への苛立ちを隠し、俺は平静を装いながらどう交渉すべきかを考える。


 彼は協会のトップである。

 協会長という肩書きは伊達ではなく、その権力は今のこと時代では絶大だ。ベスボルの強さで国の力を示すこの時代、彼らの言葉1つが全てをひっくり返す事だってかあるくらいに。おそらくだが、あの優しい表情の下には謀略が渦巻いて真っ黒に染まっているに違いない。


 そもそも、ケルモウは新規事業の事については協会関係者にも話してはいないと言っていた。なのに、なぜか目の前にいる男はその事を知っている。しかも、そこに俺が参加する事まで、だ。

 ケルモウは新事業を立ち上げる際、その情報は簡単には漏らさない様にかなりの配慮を行うそうだ。それが事業を成功させる為に重要な事だと知っているからだ。

 だが、それでも全ての人に隠す事ができないのもまた事実であり、経済を取り仕切っている国の主要機関などには事前に話を通しておかねばならない場合が多いらしい。そうする事で事業を立ち上げた時に、円滑に事を進める事ができるんだとか。


 俺には起業とか会社ってのには疎いのでよくわからないが、これらの状況から考えつく事はただ1つ。目の前に立つ協会長は国の上層部とも深く繋がっており、そういった重要な事実を事前に知り得るという事だ。

 そして、さっきの言動からこいつはすでに俺の事を調べて上げているようだから、同じようにユリアの事も調べ上げている事は間違いないだろう。



(簡単にはいかないな……)



 そう感じながらも、俺は平静を装ったまま協会長との会話を続けていく。



「単刀直入にお願いしますが、ユリアのこの国での選手登録を取り消してもらえませんか?」


「それは……聞けない頼みですね。」


「でも、選手にはベスボル自由権が認められているはずだろ?協会はそれを尊重し、支援していかなければならないはずだけど……」



 "ベスボル自由権"とはベスボル協会が定めた選手を守る為のルールの事だ。それは簡単に説明すれば「選手は活動する地域などが制限されず、活動する為に要求する支援を保障されるものである。」というものであり、協会はこれを遵守して選手を支援しなければならないのだ。

 だが、協会長は俺の言葉に一切表情を変える事はなかった。そして、その代わりにと言うように笑みを深める。



「フフフ……確かにあなたのおっしゃる事には一理ありますね。そのルールは協会自身が決めた事ですし。ですが、それはあなたが決める事ではないはずですよ。ねぇ、ユリア様。」


「……え?」



 協会長がその笑顔をユリアへと向けると、彼女は突然の事に困惑した様子を見せた。おそらくだが、ユリアは今の俺たちの話の意味を理解し、その上で自分はどうすべきか迷っているのだろう。

 公爵家から勘当され、その勢いで国を飛び出し、行き着いたこのファイス宗国で一からやり直そうと鍛錬を積んできた。

 しかし、そんな矢先に思ってもみなかった俺からの誘いが舞い込んできてそれに困惑している。俺からの帰国の誘いは、それだけユリアにとって悩むべき要素になり得るという事だ。


 彼女のベスボルに賭ける想いは本物であり、それはどこにいようとも変わらない。

 だが、やはりクレス帝国の選手としてマスターズを目指したいというのが、ユリア自身の本音である事は間違いないだろう。


 

 それに、たぶん協会長に対して策を弄してもあまり意味がない気がする。彼の方が持っている情報やパイプは多いし、なにより彼の権力は国の最高峰と並ぶ。俺があれこれ画策したところで、全て権力に押しつぶされてしまうだろう。

 ならば、ここはユリア自身の本音と情熱に語りかけるしか手はなさそうだ。

 

 そう考えた俺は、ユリアをじっと見据える。



「ユリア……これは君が決める事だから、よく考えてから答えてほしい。どんな答えだとしても、君が納得した形で俺は君を帝国に連れて帰る。」


「納得した……形……」



 ユリアは俺の言葉を聞いて静かに目を閉じた。その様子は何かを思い出している様にも見える。

 だが、彼女はすぐに目を開くと、先ほどの動揺など感じさせないほどにまっすぐな視線で俺を見てこう告げる。

 それはまるで、自分の中にしまい込んでいた何かを吐き出す様に。



「私はあんたに勝つのよ!」

ユリアの思いが溢れます!

ソフィアに勝つこと、それだけが今の彼女の望みなのですね!

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